第21話 半魔物

 城の入り口にはユミナが立っていた。

 見た感じ、ユミナはどこも怪我をしていないようだ。

 そのことに安堵しつつユミナに話しかける。


「悪い、遅くなった」


「いえ、大丈夫です。それより、早く城の中に入りましょう」


「わかった」


 周辺の気配に気を配りながら、足音を立てずに城内を移動する。

 セレナの言った通り城内のいたるところには魔物の死体があった。

 しかも、どの魔物の死体もで殺されていた。


「この死体達は多分、セレナ様が倒されたものだと思われます」


「そうだよな」


「まだ、十二歳にもかかわらず素晴らしい腕前です」


 ユミナは城内のいたるところに転がっている魔物の死体を見てセレナを褒め称える。


「ドゴォォォン!」


 いきなり天井が割れ、上から俺の体の数十倍はあるであろう魔物が瓦礫とともに降ってくる。


「クロエル様!」


 ユミナが俺の前に出て来て一瞬で炎の壁を展開する。

 さすがはこの魔法の開発者と言うべきか、必要な範囲だけを炎で守っている。


「大丈夫ですか?」


「ああ、俺は大丈夫だ。ユミナどうだ?」


「私も大丈夫です」


「その声は‥‥‥クロエル?」


 魔物の死体の上から聞き覚えのある声が聞こえる。

 セレナの声だ。

 だが、魔物の死体の上にいたのは水色のドラゴンの翼のようなものを背中から生やし、腰辺りから尻尾を生やした少女だった。

 少女はセレナに似ている、と言うかそっくりなのだが、セレナは人間であってドラゴンではないはずだ。

 これは何が起こっているのだろうか?


「セレナなの?」


 恐る恐る少女に尋ねてみる。


「うん、この姿を見ても怖がったりしないんだね」


 どうやら本当にセレナのようだ。


「その姿はどうしたの?」


「これは、私の一族に代々伝わる水龍化レヴィアタンって言う魔法。体をドラゴンと同化させて半魔物になる代わりに身体能力をあげ、レヴィアタンの能力の一部を使えるようにすることができるの」


 ということは、今のセレナは人間ではなく半分人間で半分ドラゴンということだろうか?

 というか、そんなことが現実的に可能なのだろうか?

 学園の図書室に置いてある本にもフレアが貸してくれた魔法についての本にもそんな魔法が存在するなんて書いていなかった。

 レヴィア家に代々伝わる魔法なら多少その魔法のことが本に載っていてもおかしくない。


「この魔法は邪法の部類に入るから本当は使っちゃいけないんだけど、今はそんなことを言ってる場合じゃないから使ったの」


 確か邪法は危険すぎる魔法や非人道的な魔法を指す言葉だ。

 邪法を一度使えば人間をやめた人とみなされ、国に入れず、何らかの形で使用した本人に危害が及ぶと言われている。

 セレナももちろんこのことは知っているはずだが、それを使わなければいけないほど追い詰められていたのだろう。


 城内に騎士達の死体がなかったのを見て推測するに、この城の守りは全てセレナが引き受けていたのだろう。

 まだ十二歳の少女がこの城を守るには体力も精神力も足りない。

 それを補うために半魔物になり、この城を、リュミラ王を守っていたのだろう。


「それよりクロエルの前にいる娘って誰? それにクロエルの腰から出てる炎の尻尾とか耳とか」


 耳? 何のことを言っているのだろうか。


『クロエル様は気づいてないかもしれませんが、しぽだけではなく狐耳まで炎で形作られています』


 え、ユミナそれって本当?


『はい』


 言われるまで気づかなかったが割れたガラスの破片で自分の姿を確認すると確かに尻尾だけではなく、耳が頭から生えていた。


「本当だ」


「あれ、もしかして気づいてなかった? それ、クロエルが作った魔法じゃないの?」


「この魔法はこの娘、ユミナが教えてくれたの」


「セレナ様ですね、ユミナと申します。宜しくお願いします」


 ユミナはフレアの時と同様、礼儀正しく挨拶をする。


「クロエルから聞いてると思うけど私の名前はセレナ=レヴィア。よろしくねユミナちゃん。

 ところで、ユミナちゃんも魔物だよね?」


 ドラゴンと同化したからか、セレナは一瞬でユミナの正体に気づく。

 ここはごまかしたほうがいいのだろうか?


「はい。私は遥か昔から生きてる狐の魔物です」


 誤魔化すか、正直に話すか迷っている俺をよそにしてユミナは正直にセレナに話す。


「そうなんだ、人間の姿をしてるからてっきり私と同じように半魔物になった人かと思った」


「長く生きた魔物であれば人型になるのも造作のないことです」


「そうなんだ」


 なんか、思ったより打ち解けてる?

 いきなり戦うかもしれないと思って警戒してたけどいらぬ心配だったのだろうか?


「ところでクロエルはここに何しに来たの?」


「俺はセレナを探しに来たんだよ」


「え、私を探しに? 何で?」


「何でって、そりゃあ友達なんだから当たり前でしょ?」


「‥‥‥ありが、とう」


 なぜかセレナは顔を赤くして下を向く。

 何でだろう?


「クロエル様、セレナ様!」


 いきなりユミナが俺とセレナの名前を叫び、容赦のないタックルを食らわしてくる。


「いきなり、何するん‥‥‥」


 何でユミナがいきなりタックルをして来たのかがわかった。

 俺たちがさっきまで立っていた場所にはナイフが数本刺さっていた。

 そのナイフからは何か禍々しい魔力を感じた。

 嫌な予感がした。


「クロエル様、手だれです!」


 ユミナはそう言うと炎を天井に向けて放つ。

 炎が天井に近づくと高速で移動する人影があった。


「なんだあれ?」


 つい言葉に出てしまう。

 今もユミナが高速で移動し続けている人影に炎を放ち続けているが当たる気配がしない。


「ユミナ、一旦攻撃をやめてくれ」


「なぜでしょうか?」


「あいつの姿を確認したい」


「わかりました」


 ユミナはそう言って炎を放つのをやめる。

 高速で移動していた人影はピタリと動くのをやめる。

 そうしたことで人影の姿を確認することができた。

 金色の目を持ち、一本のドラゴンの尻尾を腰から生やした男だった。


「あれも、半魔物か?」


 ユミナにそう尋ねると、ユミナは少し男を観察した後「おそらくは」と答える。

 まさか今日で半魔物を二回も見ることになるとは思わなかった。


「見た目からしてリザードナイトと同化した半魔物だと思います」


「半魔物って意外に多いのか?」


「いいえ、二百年前までは多かったですけど今は数えるほどしかいないはずです」


 だとすると今日の俺はとてつもなく運がいいと言うことだろうか?

 形はどうであれ一日に二人の半魔物に出会えたのだから。

 まぁ、素直に喜べる話でもないがな。


「グァァァ!」


 男がいきなり雄叫びをあげる。

 直後、男の右腕がふた回りほど大きくなる。


「ユミナ、あれも半魔物になった時の能力なの?!」


「あの能力はトロールの能力です。おそらくあの男は少なくとも二つ以上の魔物と同化しています」


「それって現実的に可能なのか?」


「同化するための条件さえ合えば可能だと思います」


「勝てると思うか?」


「正直、厳しいと思います」


「そうか」


 炎と魔力を拳と足にまとわせ、俺は男に殴りかかる。

 男の右腕に拳を打ち付け、そうすることでガラ空きになったわき腹に蹴りを入れる。

 それと同時に俺より少し後に動いたセレナが水を凝縮して作った剣で男の両足を切断する。

 俺は足の切断面に手を触れ、男の体の中に炎を流す。

 男の体はすぐに炎に包まれ、徐々に溶けていく。


「ヴァイスを倒した技だ、さすがにこれを喰らえば死ぬだろ、ナイス連携だったよセレナ」


「そ、そう? だったら嬉しいな」


「クロエル様、セレナ様、それで終わりではありません」


 俺とセレナが話しているとユミナが真剣な顔をして叫ぶ。

 直後、セレナの体が俺にあたり、セレナごと壁にぶつかる。


「クロエル様、セレナ様!」


 ユミナはすぐに走って来て回復魔法を俺とセレナにかける。

 体から痛みが引き何が起こったのかを確認すべく目線を男が燃えているところに向ける。

 そこには燃えていたはずの男が立っていた。

 しかも、弱い魔物が触れるだけで消滅していた青い炎を食らい溶けていたはずの体が完全に再生していた。


「なんだよあれ、ヴァイスより回復能力が高いんじゃないか?」


「私も驚いています。まさかあの炎をくらって死なないとは思いませんでした」


 俺とユミナがそんな話をしているとセレナが男に向かって斬りかかる。


「私が時間を稼ぐから、その間にリュミラ王とフレアを連れて逃げて」


 セレナは男と戦うが、その差は歴然だった。

 セレナの攻撃が当たってもすぐに回復する男と違い、セレナはダメージを負ったら回復しない。

 回復魔法を使えばダメージは回復するが、フレアのような天才ではない限り普通は魔法を詠唱しながら戦うことはできない。


「‥‥‥もう一度聞くけど、セレナは俺たちだけで勝てると思う?」


「‥‥‥出てもいいのなら、勝てます」


 ユミナはそう言い切った。

 だが、街に被害が出てもいいという言葉が気になった。


「仮にその方法をとったとして、街にはどれぐらいの被害が出るんだ?」


「街の半分が消えます」


「‥‥‥は?」


 今ユミナはなんて言った?

 街が半分消える?

 何をやったらそんなことになるんだ?


「どうしますか? フレア様がいるところとは逆の方に撃てばフレア様は巻き込まずにあの男を倒すことができます。

 この方法を取らないという選択肢もありますが、今の私たちでは勝てる確率は0パーセントです。

 逃げると言う手段もありますが、あの男から逃げ切れるとは思いません」


 まるで、すでにユミナの中では答えが出ているかのような瞳で俺を見つめる。

 その瞳が怖くて俺はユミナと目を合わせることができず、目線をそらす。

 この男を倒しても倒さなくても生き残っている街の人は死ぬ。

 仮にこの男が街の住人を殺さなくても街に入って来た魔物達によって殺されるだろう。

 この男を生き残っている街の人たちを巻き込んで殺すか、この男に殺され後のことは全て投げ出すか。

 この二つの選択肢を俺は選ばなければならない。


「クロエルよ、自分の本当に守りたいもののために戦え! そのためにお主は戻って来たのであろう?」


 背後から声が聞こえて来た。

 振り向くと、そこにはボロボロの鎧を着込んだリュミラ王がいた。


「お主が街を住人ごと消すのなら我はリュミラ王国の王として貴様を恨む! だが、貴様が自分の守りたいものを手放すのなら、我は貴様をジルフィア=リュミラという一人の人間として恨む」


 リュミラ王は音魔法を使ってもいないのに鼓膜が破れそうなほどの声で言う。


「どちらを選んでも我は貴様を恨む、だから好きな方を選べ!」


 ‥‥‥セレナ、少しいいか?


『何でしょう?』


 わがままを言っていいか?


『‥‥‥精神年齢はどうであれ、主人はまだ。ですから、少しぐらい主人はわがままを言ってもいいはずです』


 わかった。‥‥‥ユミナ、俺は街を壊すよ。

 フレアやセレナから嫌われるかもしれないけど、俺はやるよ。

 俺は自分の守りたい人たちを優先する。


『わかりました。それでは、今から方法を説明しますね』


 俺はユミナから男を倒すための魔法を教えてもらう。


『準備はいいですか?』


 ああ、いつでも大丈夫だ。


『では、行きます』


 体の中から魔力をごっそり持っていかれる。

 頭痛がし、多少ふらつくが何とか耐える。


「終焉の炎よ我が主人の名により敵を穿て!」


 ユミナが相違叫んだ直後、ユミナの目の前に黒色の魔法陣が出現しそこから真っ黒な炎が男に放たれる。

 黒い炎は男を飲み込み、そのまま城の壁を飲み込み外に放たれ、一瞬で街の半分を飲み込む。

 黒い炎の中からたくさんの人々の悲鳴が聞こえる。


 俺は今日、初めて罪のない人たちを大量に殺した。

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使役術師の転生者 空式_Ryo @Ryou77

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