第86話「全てを薙ぎ払え!」

「一体どれだけ……」


 呪文を詠唱する。それを放つ。


「倒しても倒してもきりがない……」


 死角からホウライ兵が拳を振り上げながら飛びかかってくる。咄嗟に無詠唱魔法を放つ。


「前線を崩すな! 慌てることはない、隊列を守って叩けば恐れるほどではない!!」


 連合軍指揮官の怒声が鳴り響く。


 彼の言っていることはある意味正しかった。前線に合流した私は、連合軍の兵士と共にホウライ兵に立ち向かった。ホウライ兵は確かに強力だった。だがキョーコやハクなどと比べると、肉体強化魔法の威力は劣っているのがはっきりと分かる。


 だが問題は――その数だ。目の前に迫っているホウライ兵の数は、これまでの戦いとは比べようもないほど多い。倒しても倒しても、彼らはその屍を乗り越えて攻めてくる。


 幸いにも連合軍に魔導部隊がいたおかげで、今は善戦している。しかし前線の兵士たちの顔には徐々に疲れの色が見え始めていた。数時間に及ぶ戦闘によって両軍とも損傷が激しく、すでに半数以上の兵が失われていた。このままではいずれ前線が崩壊し、後方の魔導部隊が叩かれるだろう。そうなれば……。


 『大地の守護アースシールド』を発動させる。地面が隆起しホウライ兵の進軍を困難にする……が、想定しているより壁が低いことに気づく。まずい、魔力が枯渇しつつあるのか……。


 引くわけにはいかない。キョーコのことはもちろんだが、目の前の連合軍を見殺しにはできない。かといって、このままでは一方的に消耗していくだけだ。どうする……?


 そのときだった。


 我々から見て右手。南の方に小高い丘がある。そこに突然、何かが動くのを視界の隅で捉えた。一旦、後方に下がり改めてそれを確認すると同時に、近くにいた兵士の歓声が聞こえてきた。


「援軍だっ! カールランド軍が到着したぞ!!」


 目をこらすと確かに丘の上に無数の兵の姿。たなびく旗はカールランドの国旗だった。戦場にわっと歓喜の声が上がる。だが私は違和感を感じずにはいられなかった。ここまで姿を現さなかったカールランド軍。このタイミングで現れたのは、たまたまなのかそれとも……。


 丘の上の兵士たちの一部が左右に別れ道をつくる。一頭の馬が白い息を吐きながら、ゆっくりと前へと進んできた。手綱を華麗にさばき、背にはマントをたなびかせている。年齢にはそぐわないほどの引き締まった身体。


 カールランド7世だ。


「世界を正しく導くべく、カールランド王国軍ここに参上!」


 側近のひとりの声が、一瞬静まり返った戦場に響いた。王はそれに満足げにうなずくと、鞘から剣を抜き頭上に掲げる。距離があり彼の表情は伺えないが、私はその所作にどこか冷たいものを感じずにはいられなかった。


「誇り高きカールランドの精鋭たちよ! 今こそ我らの力を見せつけるときだ!」


 そしてそれは、ある疑念へと変化していく。


「全てを薙ぎ払え! 残してはならん!!」


 カールランド兵の声がこだまのように轟いた。と同時に丘を駆け下り我先にと戦場へ迫ってくる。その光景に思わず鳥肌が立つ。王の言っている「一兵たりとも」とは、何を指し示しているのか? それは普通に考えれば、ホウライ兵のことだろうと思える。だが、王から感じられるオーラのようなものが、それは違うといっているように見えた。


 連合軍はカールランドの参戦に沸き立っていたが、すぐに我に返ると再びホウライ兵へと剣を向ける。指揮官たちも「押せっ! 一気にケリをつけるぞ!」と、兵を焚きつけホウライへの対応に全力を注いでいた。


 そしてその側面からカールランド軍が迫ってくる。兵のひとりと目が合う。そうか、やはりそういうことか。


「ど、どういうことだっ!?」

「我らは友軍だ。何をしているカールランド!」


 カールランドは確かにホウライ兵へと襲いかかった。だが同時に、我々連合軍にもその牙を剥いた。兵力的にはカールランド軍は、連合軍とホウライ兵を合わせたものより若干少ない。しかしホウライはカールランドへの対応が遅れていた。連合軍はそもそもカールランドが襲ってくることを想定していかなった。


 結果として、カールランドによる攻撃は戦場を混乱させることに成功した。連合軍もようやく状況を把握し、軍を立て直そうと試みる。ホウライは連合軍への攻撃を緩めない。板挟みになった連合軍は烏合の衆と化す。


 一方で、ホウライは一部の兵がカールランド軍と相対したが、多くはまだ連合軍への追撃に躍起になっている。そうこうしているうちに徐々に兵力を失ってきていた。


 もちろんカールランドも一方的に攻撃を進められたわけではなかった。一部では反転攻勢した連合軍とホウライ兵に挟撃され兵を失っていた。それは時間が経つにつれ顕著になっていく。


 そうして戦場は、混沌の様相を呈するようになってきた。


 私は混乱に紛れて、連合軍の後方へと下がることに成功していた。戦場は3つの軍隊が入り混じり、最早どこかに前線があるのかすら分からないほどになっている。丘の上を見上げる。王とそれを取り囲むように十数人ほどの護衛。


 その光景に違和感を覚える。そしてすぐにその原因が理解できた。


 親衛隊――王都親衛隊はどこだ!?


 王の周りを固めている護衛は、一見それと見間違いそうだが、放っているオーラが異なる。戦場を見回す。野営地で見た王都親衛隊の紋章を掲げた旗はどこにも見えない。


 首筋から冷たい汗が一筋流れ、背中を伝っていく感触。


 ふたつの懸念が私の頭を支配していた。ひとつは王都親衛隊がキョーコの元へ向かったこと。あの夜、野営地で王都親衛隊隊長、グンター・ハイドフェルドと出会ったとき。彼はキョーコのことを知っていた。彼女のことを知っており、彼女の力を理解しているのなら、それを取り込もうとしているのではないか?


 だが、その懸念はすぐに否定された。ハイドフェルドはキョーコに関心を持っていないように感じられたからだ。彼はキョーコがホウライにいることも知っていた。もし彼女を手に入れたいと思うのならば、もうすでに動いていたに違いない。先程まで私がキョーコに会っていたという事実が、それを否定する材料となる。


 ふたつめは……ある意味こちらの方が深刻なのだが、魔導飛空艇の存在を知られ、その迎撃にあたっている場合。アルエルたちには「カールランド軍を監視しつつ、戦場へ近づけ」と最後の交信で伝えておいた。もちろん戦闘に参加させるわけではない。あくまでも緊急時の脱出用にスタンバイさせておくのが目的だ。


 チーロンに乗ったエルたちもそこに向かっているはず……となれば、彼らが危険だ。


 戦場の行方も心配だったが、まずは飛空艇に合流しなくてはならない。飛翔魔法の呪文を唱える。足元に魔法陣が浮かび上がる。だがそれは、いつもとは違いやや色を失い揺らいでいる。やはり魔力が……。


 それでも多少は飛べるはず。魔法を発動しようとしたとき、念の為確認した丘の上に奇妙な光景を目にする。


 王を取り囲んでいた兵士たちが、戦場に背を向けていた。剣を抜き、何かを叫んでいるようにも見える。王自身も馬の手綱を操り、それを確認しようと馬を制御していた。


 何をしているんだ……?


 疑問が脳裏をかすめると同時に、兵のひとりの血飛沫を上げながら倒れる。そしてそれはふたつ、みっつと増えていく。やがて王を護衛していた兵士は全て地に伏してしまう。残された王は鞘から剣を引き抜こうとする。しかし馬が暴れてそれもままならない。手綱を握って馬を落ち着かせようとしている。


 そして次の瞬間、王の首が宙を舞った。

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