第83話「お前は分かっていない」
ハクの説明は自信に満ち溢れており、そこに私を騙そうという意図は感じられない。ならばなぜそのようなことをここで私に話すのか? その答えは続けられたキョーコの言葉の中にあった。
「りょーちゃんのこともちゃんと考えているから。だから今は帰って」
それはつまりハクの言うことが事実であり、少なくとも彼らは連合軍を撃退することに自信を持っているということを現している。そして同時に私がここを離れることの大義があるということを指し示している。
「アリサさま。私が説明致します」
一時的に身を引いていたハクが、再び私とキョーコの間に割って入る。
「バルバトス。先程言いかけた妙案の続きだ。アリサさまのおっしゃられるように、お前は国に帰るのだ。心配するな、戦線を離脱したことを罪に問う者などいやしない。カールランドを含め、連合軍はここで全滅するのだから」
ハクのその言葉を聞いてハッとする。そういえば……。この戦争が始まる前、ダンジョンに王国からの使者が携えてきた書簡。あれにはダンジョンからの参戦を促すことと共に、国王自らが出陣することも記載されていた。それは10日ほど前、夜間にカールランド軍の上空を飛んだときにも確認したことだ。
当時はキョーコのこともあり混乱していたため、それほど深くは考えなかった、いや考えられなかった。だが、よくよく考えてみるとそれがおかしいことに気づく。ハーフィールド・ヴェルニアの両国の軍は、それぞれの指揮官が軍を統制している。当然ハーフィールド王国国王や、ヴェルニアの首相はこの戦いに参加してなどいない。
なぜ我国だけが国王自らが参戦しているのだろうか……?
おかしいなことは他にもある。それは王都親衛隊の存在だ。国王がいるのだから親衛隊がいることも当たり前だと思っていたが、そもそも彼らはその名が示す通り王都を護ることが主とした任務のはず。無論、国王や王族の警護もその仕事の範疇なのだろうが、だからといって王都を空にしてまでこのような極東にまで来るものだろうか?
私が感じている疑問を悟ったかのように、ハクがニヤリと笑う。まさか……これらもハクたちの仕業だというのか? 彼らの策略により、国王や王都親衛隊などの国の中枢がここに集められ一網打尽にされようとしているのか?
「お前は先程『ホウライは再び大陸に侵攻しない』と言った。だが、それならばどうしてこのような手段を取るのだ? お前が自信を持っているその兵士たちがいるのならば、連合軍を排斥するだけで十分なはずではないか」
私の言葉を聞いたハクは「お前は分かっていない」と小さくつぶやく。
「お前は……お前たちは分かっていないのだ。あの男……カールランド7世の本当の正体が」
「陛下がなにを――」
「あの男がどれほどの策略を巡らせ、何を企んでいるのか? お前に想像ができるのか?」
かつて王都で国王陛下に謁見したときのことを思い出す。人の話を聞かぬ不遜な態度。有無を言わせぬ高圧的な姿勢。確かにカールランド7世は好戦的で野心家に見えた。国民の評判は悪くないものの、直接会ってみると確かにハクのいうようにそれほど純粋な人間には思えないのは確かだ。
だが、王がこの戦いにどのような策略を巡らしているのか、という点については想像すらできない。そもそもこの戦争の動機すら聞かされていないのだから。この10日間ほどハーフィールド・ヴェルニア両軍と行動を共にし、彼らが『ホウライが再び大陸制覇を狙っている』という噂話くらいは聞いた。
それが連合軍出兵の理由だとしたら、せいぜいホウライを連合軍で制圧。植民地とし分割統治し、東の地において影響力を持つ……ということだろうか。それがハクの言う『カールランド7世の策略』だというのだろうか?
確かにハクたちにすれば、自分たちの元へ兵を派遣する国は敵対的な目で見て当然だとは思う。彼らが連合軍に警戒心を持つのも当たり前だろう。だが、ホウライが秘密裏に軍を増強していたのは事実だ。
いや待て……。
もう一度、私が提出したホウライの調査書のことを思い出す。ハクたちにとってはあれは自分たちが隠し持っている兵の存在を知られるかもしれない危険な存在だった。だから彼は策を講じ、私にカイの存在を悟られないようにした。先程はそれで納得したのだが、もうひとつおかしなことがある。
私が王国に提出した調査書にはカイのことは書かれていなかった……のならば、敢えてこの時期にホウライへ進軍する理由はなんだ? それはカイの存在を何らかの手段で入手したからに他ならない。ではどうやって連合軍――カールランド7世はそのことを知ったのか? ハクがこれほどまで巧妙にカモフラージュをしたことだ。他から情報が漏れたとは考えにくい。
あ……そういえば……。
ダンジョン協会会長レンドリクスの言葉を思い出す。
『ホウライに関する報告書はお前が出したものとは別に存在する』
彼はそれが王都親衛隊の手によるものだと言っていた。そうか、そういうことか……。
カールランド7世にとって「本命」は王都親衛隊の報告書だった。とはいえ王都親衛隊が動けば、それがホウライに察知される恐れがある。そこでホウライの使者と接点があった私が使われた。私が
私にホウライの調査を命じる。ハクたちが私の動向に目を引きつけられている間に、本丸である王都親衛隊はホウライについて調査を進める。現に私は首都アスカで親衛隊隊長グンター・ハイドフェルドに出会っている。
それで全て辻褄が合う。
「まぁお前の国王など、この際どうでもよいことだ」
ハクの言葉で思考の世界から呼び戻される。私が彼の言葉に返事をしないことに苛立ちを覚えているのか、先程よりやや顔が強張っているように見えた。だがすぐにいつもの無表情に戻ると、再び口を開く。
既に月は頂上を超え、西の空に傾きつつある。風の収まった草原には、虫の鳴く音すら聞こえない。静寂の中、ハクの言葉だけが静かに響いた。
彼の言葉を聞いた私は、まるで自分が大地に立っているのか、それとも宙に浮いてるのか分からないような感覚に陥った。それは自分が全く想像していなかった話だったし、とても受け入れられないものだったからだ。
「アリサさまはこの戦いのあと、正式に即位される。そして世継ぎを授けられるであろう。やがてその御子は新しいホウライの象徴となり、国を引っ張っていく存在になる」
何を言っている……。
「恐らく10年後、遅くても20年後にはアリサさまは退位なされる。我々はそのように彼女と約束をした。それは必ず守る」
約束……だと。
「そのあと、アリサさまはお前の元へ戻られる。お前との約束はやや後回しになるが妥協しろ。それがお前たちもアリサさまも、全ての人が幸せになれる唯一の方法だ」
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