第80話「忘れないでね!!」
首都へ迫る軍。それはかつて魔法を手にしたホウライが最初に下した王国だった。
戦後、復興した王国はホウライに対し資源、食料、人員などあらゆるものを要求するようになった。それは一度にとどまらず、何度も何度も繰り返された。
側近たちは『これ以上は突っぱねるべき』と何度も主張したが、瓦解した軍しか持たないホウライにはそれを実行する力はなかった。
アスカへとやってきた王国軍は、ホウライに対し『無血開城』を要求した。
『ホウライは城を明け渡し、速やかに我が王国の傘下に下るべし』
彼らは100年前の恨みを忘れてはいなかった。が、本気で併合を望んでいるわけでもなかった。これは言わば『国内向けのパフォーマンス』であり、王室に向けられる不満のガス抜きのようなものであった。
それは王国が送ってきた使者が、わずか10名足らずだったことからも明らかだった。要は『無血開城』をふっかけ、今まで以上の搾取を試みようとしている。皇帝の側近たちはそれに気づき、皇帝への謁見を拒否した。
使者と側近たちの押し問答はやがてちょっとした小競り合いへと発展した。事態が進展しないことに苛立ちを覚えた王国の使者の一人が「それならば、皇族の誰かを王国へ招待し協議しようではないか」と提案してきた。それは事実上の人質の要求だった。
その報を受けた皇帝は愛娘の身を案じ、信頼のおける側近のひとりに「アリサを連れて一時城を離れるよう」伝えた。皇帝の命を受けた側近、キリツはわずかばかりの従者を伴い、アリサと共にその日の内に城を後にする。
キリツは当初、ホウライに対し敵対的な意思を示していない国を訪問し、数ヶ月ほどで帰国するつもりでいた。だが出国から1ヶ月ほど経った頃、ホウライの北に位置する共和国に滞在しているとき、祖国が王国に屈したことを知る。
皇帝の地位は継続を許されたが、実質的な政治などは王国の支配下に置かれることになった。それを知ったキリツは、いつかアリサを祖国に帰すことを模索し始めた。それにはやはり帝国の復興が必要だと結論づけたキリツは、国内に残っていた皇室関係者と接触を図るようになる。
かつての仲間だった者の多くは「既に帝国は瓦解してしまった。皇帝陛下も無駄な争いはするべからずと申されている」とキリツの提案に首を振った。だが、その中の一人、旧帝国軍幹部だった青年が、彼の言葉に賛同を示した。
キリツと青年は、何度か今後のことを協議した。固有魔法も失われ、軍隊さえも解体された今、すぐに行動するのは困難だとの結論に達した。彼らはアリサが成人するころまでに準備を整え、彼女を女王陛下として仰ぎ、新しい国造りをすることで合意した。
「では、それまで私はアリサ皇女と共に全国を回りながら身を隠す。お前に課せられた使命は大きく、困難なものになるだろうが……頼んだぞ、ジン」
こうしてキリツとアリサは旅へ出た。
キリツはふたりの容姿――すなわち中年男性と少女という取り合わせを不審がられないために、旅の途中で出会ったキャラバン隊に加わった。彼らと共に大陸全土を旅をした。それは決して楽なものではなくむしろ困難を極めるものであったが、それでもアリサの前向きで明るい性格が失われることはなかった。
「キリツ、みてみて! 夕日がとってもきれいだよ!」
「オアシスって本当にあるんだ! わたし本で読んだことしかなかったからおとぎ話だと思ってた」
「ねぇ、キリツ。寝られないわ。いつものお話を聞かせて」
「凄い! こんなにたくさんのたべもの見たことないよね。あれもおいしそうだなぁ」
「キャラバン隊の人たちってとっても真面目な人が多いよね。わたしはもう少しくだけた人の方が好きだけれど……キリツはキャラバン向きの性格よね」
旅を始めるとき、キリツはアリサに事情を正直に話した。アリサは少しだけ悲しそうな顔をしたあと「でも、いつかお父様の元に帰れる日が来るよね」と笑顔を見せた。それ以来アリサは不満を言うことも自暴自棄になることもなく、キャラバン隊との旅を楽しんでいるように見えた。
その様子を見ていたキリツの心に、彼女を護りいつか祖国へと連れ帰らないとならないという思いが強くなっていく。自分たちの先祖がしたことは、確かに許されることではないのかもしれない。だがそれは彼女に課せられるものではないはずだ。彼女のような人が幸せになれない世界などあってはならぬ。
祖国を離れ1年ほど経った頃、キャラバン隊は遂に大陸の西側へとやってきた。キャラバン隊の隊長が「少し寄るところがある」と言って立ち寄ったのは、ある国の首都近くにあった、とあるダンジョンだった。
隊長は「小さなダンジョンだが、ここの魔導器はなかなか優秀なのだ」と笑いながら、キリツをダンジョンマスターに紹介した。そのダンジョンマスターを見てキリツは驚いた。混血しているのかややその特徴は失われつつあったが、それでもその風貌にホウライのものを見たからだ。
彼は慎重にダンジョンマスター『バルバトス』にホウライの現状を話してみた。それを聞いたバルバトスは、キリツに対し自分の先祖もホウライであることを告げ、祖国の現状を憂いていることを伝えた。
そこでキリツはバルバトスに対し、自らの正体を明かした。バルバトスはじっとその話を聞いていたが、やがて「私にできることがあればご協力いたしましょう」と確約してくれた。
「カールランド王国からいくつか依頼されていることがあります。今までは断っていたのですが、それを通じていくつかお役に立てそうなこともあるでしょう」
キリツはバルバトスの言葉に安堵した。ある意味賭けではあったが、協力者を得られたことに素直に喜んだ。ジンに全てを任せている以上、あまり表立った行動は取るべきではないとも思ったが、それでも何か帝国復興のための自分ができることがないかと思案していた彼にとっては申し分ない成果だった。
「ねぇ、キリツ。リョータくんがダンジョンを案内してくれるだって! 行っていい?」
振り返ると「ねぇいいでしょ?」と珍しく自己主張しているアリサと、その隣に立つひとりの少年の姿が目に入ってきた。青年はどこか気まずそうにしながら、アリサと繋いでいる手を見ながら顔を真っ赤にしていた。
「あぁ、もちろんいいとも」
彼の言葉を聞いたふたりは顔をパァッと明るくさせ、手を取り合ってダンジョンの奥へと消えていった。それを見たキリツは、久々の同年代の子とのふれあいがアリサにとって大切なことだと実感しつつも、それが束の間のことであることに少しだけ心を痛めた。
「えー! ヤダ!! もっとここにいる!!」
ダンジョンを離れることになったとき、案の定アリサは駄々をこねた。それは旅の中で初めてアリサが見せたわがままだった。
「しかしいつまでもここにいるわけにはいかない」
心を引き裂かれる思いで、キリツは辛抱強くアリサを説得した。彼の少し困った顔を見たアリサは「……分かった」と渋々ながらそれを受け入れた。
「リョーちゃん、またね! 約束、忘れないでね!!」
ダンジョンを後にしながら、アリサは何度も何度もそう叫びながら手を振っていた。その約束が何なのかはキリツには分からなかったが、決して守ることができないものということだけは理解して、更に心を痛めた。
だが、もう見えなくなったダンジョンを振り返るアリサの横顔に、固い決意の意思を見て(もしかしたら……)という思いが湧いてきたことに驚いた。そんなことはあり得ないはず、と思いながらも、彼女なら自分の言ったことをやってしまうのではないかとも、感じていた。
キリツとアリサはその後も各地を旅した。アリサが10歳になるころ、キャラバン隊と別れ再び彼らはふたりで旅を続けることになった。その頃からアリサの様子がおかしいことに気づく。
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