第78話「考えても分からないことは」

「敵襲!」

「陣形を崩すな! 魔道士は後退しろ!!」

「敵の数は少ない! 怯むな、前進!!」

「よし、その調子だ。囲め、包囲して殲滅せよ!」


 戦場に勝利の雄叫びがこだまする


 もう何度同じことを繰り返しただろう。地に横たわるホウライ兵の間を歩きながら、私はため息をついた。


 ホウライとの国境近くで彼らに初めて遭遇してから、既に4日が経過していた。本来であれば2日ほどで首都アスカに到着できる予定であったのだが、度重なるホウライの襲撃の度に我々の足は止められており、進軍のスピードは遅くなる一方だった。


「まるでバカの一つ覚えだな」


 サキドエルが戦斧バトルアクスを肩に担ぎながら、呆れたように言う。確かに彼の言う通りだった。ホウライ兵は必ず少数で襲ってきた。そして一定数の連合軍をふっ飛ばした後、彼らに包囲され敗れていった。


「でしゅが……ですが、何かの罠かもしれませんよ?」


 エルの言葉にラエが私の心を代弁するかのように答えた。


「しかしエルさま。罠と言っても一体どのような……」

「それは、きっと――」

「お前には聞いていない、ダンジョンマスター。黙ってろ」


 少し前に「可愛らしいところもある」と思ったが、あれ以来ラエは相変わらずのラエに戻ってしまった。鋭い眼光を向けられ、少しだけシュンとしてしまう。


「ラエ、ダメですよ。バルバトスさまはどうお思いなのですか?」

「う、うむ……」

「エルさまがお聞きになられているのだ。答えないか」

「お前さぁ……」


 黙ってろと言ったり答えろと言ったり、どっちなんだよ。若干ふてくされながらも私の考えを伝える。


「恐らく消耗戦に持ち込もうとしているのではないかと私は思う」

「消耗戦?」

「あぁ、度重なるゲリラ戦を仕掛けて、我々が消耗し切ったところを本体が襲う、という手はずなのではないか」

「だが、こっち連合軍の士気は戦いを重ねるごとに上がってきているぜ」


 確かにサキドエルの言う通り、連戦にも関わらず連合軍の士気は高い。それは「過去の恨みを晴らせる機会」であるのと同時に、何度も戦っている内にホウライのを学んでいった部分も大きいのだろう。


 ホウライ兵は固有魔法を使う。肉体を強化するその魔法は確かに強力だ。しかしキョーコほどの魔法であれば一騎当千の戦力になるかもしれないが、彼ら程度のものであれば戦い方を考えればそれほど脅威にはならない。


 初戦でやったように数に任せて囲い込み包囲殲滅することで、戦いを優位に進めることが可能なのだ。要は「数は力に勝る」というわけだ。


 それが彼らの士気を高めていることに間違いないのだが……。


「心は高ぶっていても、身体がそれについて来られなくなるときは必ず来る」

「身体が……あぁ、なるほど」

「そう。1戦や2戦であれば問題ないだろうが、これほど連日、朝に夜に戦いを続けていれば、いずれ身体は消耗していく」

「ホウライはそれを待っていると?」


 エルの問いかけにうなずく。既に我々はホウライ領内に深く足を踏み込んでいる。明日には首都であるアスカにたどり着けるだろう。恐らくその前のどこかで、ホウライ軍の本体が待ち受けているのではないか。そしてそのとききっと――。


「キョーコもそこにいる……ってことか」

「あぁ、たぶんな」


 ホウライがキョーコを捕らえていたと仮定しても、その理由はいまだに分からない。だが彼女に人質としての価値はない。私たちにとってはそれは有効な手段だろうが、連合軍にとっては交渉の余地などない。ならば何らかの手段で彼女を味方に引き入れて、その力を利用しようとしているのだろうか……?


「ま、考えても分からないことは、考えても仕方がないことだろうさ」


 サキドエルの言うとおりだ。それにそろそろ……。


「全軍停止! 本日はここで野営する。明日はいよいよホウライの首都、アスカに進軍を開始する。歩哨は予定通り警戒にあたれ、それ以外の兵は明日に備え英気を養うように」


 馬に乗った伝令が駆け去っていく。日は傾きかけ、辺りは薄暗くなり始めていた。私たちもテントを設営し、焚き火を囲んで夕食を取ることにした。


「やっぱレイナを連れてくればよかったな……」


 サキドエルが低い唸り声を上げる。


「文句を言うヤツは食わなくていい」


 ラエが私の手から皿を取り上げる。


「いや、ちょっと? 文句を言ったのはサキドエルだろ。私は何も言ってないぞ」

「部下の躾は上司の責任、だろ? ダンジョンマスター」

「こんな場所で上司も部下もないだろ。ってか直接言えよ」

「……くっ、もういい! ほら」


 再び皿が帰ってくる。ん、もしかしてお前……。


「サキドエルが怖いのか?」

「な、何を言う!? 私は誇り高きダークエルフの戦士。ミノタウロスの1匹や2匹、恐れるわけがないだろう!」

「ムキになるところが怪しいな……」

「貴様っ! それ以上愚弄するなら――」

「ラエ! 止めなさい!!」


 エルにたしなめられ、ラエは振り上げた拳を渋々ながら下へ。こういうやり取りは何度もあったものの、あれ以来剣を抜かなくなったのは私が話したことに対して気を使っているのだろう……彼女なりに。


「ラエはですね、サキドエルさんが怖いってわけじゃないんですよ。むしろ――」

「エルさまっ!!」

「いいじゃない、この際はっきりさせておきましょう」

「ですが……」

「私たちは戦友ですよ? お互いが心を開かなくてどうするのですか? 戦士とはそういうものでしょ」

「それは……まぁ……確かに」


 流石はエルだ。完璧にラエをコントロールしている。見た目はまだ幼女だし、よく言葉を噛み噛みするので忘れがちだが、彼女はダークエルフの長。その片鱗を見た気がした。


「ラエはサキドエルさんを尊敬しているんですよ」

「何っ!? 尊敬だと……俺をか?」

「はい。飛空艇に乗ってから、ずっとチラチラ見ていたので、問い詰めました」


 エルの言葉に、サキドエルが動揺しているのが分かる。いや、だからってそんなに顔を真っ赤にするなよ。ミノタウロスの株が下がるぞ。


「ちなみに……いや、別にどうでも良いのだが……参考までに、どの辺が尊敬に値すると? いや、言いたくないなら言わなくてもいい。特に聞きたいわけじゃないしな。ちょーっと気になっただけだから」


 ミノタウロス株が大暴落中だ。落ち着けサキドエル、そのキャラはお前じゃない。どっちかって言うと、私のキャラだぞ、それは。


「えっと、筋肉がですね。とても素敵だそうで」

「エルさまぁ……もうお止め下さい……」

「いいじゃない。ほら、折角なんだからちょっと触らせてもらったら?」


 エルに促されてラエは恐る恐るサキドエルの腕に触れる。


「凄い……完璧に鍛え上げられた上腕二頭筋。そしてそこへ繋がる三角筋も素晴らしい! 文句のつけようのないほど……。それに何と言ってもこの大きく膨れ上がった大胸筋……とても人とは思えない!」

「いや、人じゃないから。ミノタウロスだから」

「黙ってろ、ダンジョンマスター。お前のようなヒョロに用はない」

「むっ、ちょっと待て。私だって魔王と呼ばれる男。見てみろこの腕を! サキドエルほどではないにせよ、それなりのものを――」

「……フッ」

「なっ、お前っ! 今、鼻で笑ったな!?」

「まぁまぁ。私はバルバトスさまのお腕も素敵だと思いますよ? ね、チーちゃん?」


 突然エルに振られたチーロンが、一瞬目を左右にキョロキョロさせながらも、慌ててうなずいていた。


 いや、まぁ……ありがとう、ふたりとも。


「さて、もう寝るか」


 ラエにたっぷり触られまくって、昇天しているサキドエルをテントへ放り込む。長距離移動のために小さめのテントにしたせいで、彼が入った時点で私が寝るスペースは残されていない。もうひとつのテントにはエル、ラエ、チーロン。


 よって、今夜も外で寝ることが決定、というわけだ。


 焚き火の脇に腰掛け、転がっていた薪をくべる。パチパチという爆ぜる音。遠くでは連合軍の兵士たちが騒いでいる声が聞こえていた。我々外様は、彼らの野営地に入ることさえ許されていない。


は自分たちで野営しな』


 行軍初日の夜に、厭味ったらしく言われた言葉だ。


 そう、問題はそのカールランド軍だ。距離が開きすぎ連絡の取れなくなったニコラたちには今後の指示をしてあるので、そっちの心配はしていないのだが、問題は王国軍。そろそろ追いついてもよい頃だとは思うのだが、一向に姿を現さない。ペースを変えず、ずっと1日遅れでついて来ているのだろうか……?


「ま、『考えても分からないことは考えても仕方がないこと』……か」


 あくび混じりに言う。私もそろそろ寝るとしよう。明日はいよいよホウライの首都だ。少しでも身体を休めなくては。だが、その前に……。


 探知魔法を使う。ホウライ方面には連合軍の歩哨が立っているはずなので心配は要らないと思うが念の為だ。呪文を唱えると、周囲の様子が頭の中に浮かび上がる。ハーフィールド軍、ヴェルニア軍の野営地。その周辺を取り囲むように配備されている歩哨。


「特に問題はなさ――」


 突然、我々の北側。探知魔法の索敵範囲ギリギリの位置に、何かが動いているのを見つける。なんだ……? こっちへまっすぐ歩いてきている。ホウライの夜襲か!? いや、人数は一人だけだと? これは……。


 飛翔魔法で空へと飛び立つ。探知魔法の指し示す方角へ、一直線に飛んでいく。月の明かりだけがうっすらと平原を照らしている。やがて風に揺れる草むらの中に、人影を見つけることができた。


 長く黒い髪が、風を受けて艶かしく揺れている。衣服が違うせいか、どこか違った印象にも思えた。だが、私を真っ直ぐ見据えているその目の輝きを、私が忘れるはずはない。


「……キョーコっ!!」

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