第75話「最強にして秘密の最終決戦兵器」

「この調子で進軍すれば、ハーフィールド軍は明日の早いうちに、ヴェルニア軍もお昼くらいには集結地点に到着すると予想できるのですが……」


 ニコラが机の上に広げた地図を見ながら首を傾げる。


「カールランド軍は夜通し行軍して、やっと明日の深夜に到着するペースなんですよね。恐らく明日の夜にはウェリンストン山脈の麓、つまり西側には到達できると思うんで、そこで再び野営して翌日到着ってところでしょうか」

「確か集結する予定日は……」

「確か明後日ですよ、バルバトスさま。ってことはカールランドが遅れているってわけじゃなくって、むしろ時間ピッタリなんですよね」


 ラスティンが使者の持ってきた書状を確認しながら感心している。確かにそうだ。今回のように3カ国の連合軍ということであれば、1日程度の誤差は生じても不思議ではない。だが……。


 そもそもなぜ集結地点にここを選んだのだろうか?


「バルバトスさま、あの辺りって……」


 アルエルが以前旅したときのことを思い出しながら言う。そうだ、ウェリンストン山脈の東には小さな宿場町がある。しかしそれはそれほど大きな町ではない。街道自体はそれほど広くはないが、ある程度開けた場所にはなっている。だが、やはり軍が進むにはやや手狭とも言える。


 それにそもそも、そこはホウライに近すぎる。


 地の利を考えると、山脈西で一旦合流し軍を編成したのち山脈を超えるのが、素人目に見ても定石だと言えそうだ。


「どうしましょうか? このまま進めば、間違いなくぼくたちが一番乗りしそうですけど」


 ニコラの問いかけに即答できない。ここでの立ち回りは、後々重要になる気がしてならない。合流地点で彼らの到着を待つか、それともカールランド軍と歩を揃えて遅めの到着にするのか……。


「いや、一番乗りしよう」


 迷った末にそう答える。最も気がかりなのは、この飛空艇の存在だ。ここまでできるだけ見つからないように進んできた。しかし集結地点に近づけば、飛空艇の存在を知られることにもなりかねない。もし飛空艇を戦闘に使うよう命令があれば、非戦闘員であるレイナも危険に晒すことになりかねない。


 それにいざと言うときの切り札として、これは隠しておいたほうが賢明だとも思う。ならば、先にウェリンストン山脈を超えて飛空艇を森の中に隠しておく。何食わぬ顔で軍と合流するというのが一番よい手に思えた。


 そうと決まれば急いだほうがいい。すぐさま飛空艇を出発させる。以前魔導馬車で進んだ街道を避け、やや北向きの進路を取る。人や車両は通ることができないほどの難所ではあるが、飛空艇であればその心配も必要ない。


 時折吹く突風に注意しながらも慎重に山脈を越えると、ちょうど宿場町の北寄りの森へと出た。適当な空き地を見つけ飛空艇を着陸させる。さて……。


「バルバトスさま、ぼくたちの準備もOKです!」


 出立の準備をしていると剣士四人組が意気揚々と声をかけてきた。彼らに言わなくてはならないことを思うと気が重くなってくる。


「いや、お前たちはここに残ってくれ」

「えっ、どうしてですか!? またぼくたちを置いてけぼりにするおつもりですか!」


 不満顔のラスティンに言って聞かせる。いいか、お前たちは最後の切り札なのだ。言い換えれば鮮血のダンジョンチームの最終兵器。お前たちにしかできない。私がお前たちを信頼しているからこそ、こんなことを頼めるんだぞ。


 だが、話を聞いた彼らは一様にジトッとした目つきで唇を尖らせる。


「なんか乗せられてる気がするんですよねぇ」

「だよな。大体、物語でよく『お前たちは最終兵器なんだ』って言われてるのって、お荷物役だもん」

「まー、ぼくはごはん食べられればどっちでもいいけどぉ。お荷物ってのはちょっと嫌かな」

「そそそそ、そうですよ。ここまで来てぼぼぼぼ傍観はできません!」


 むぅ……。前だったら「そうなんですか! 任せて下さい!」となってたはずなのだが、いつの間にか彼らも大人になったというかスれてしまったということなのか、素直に言うことを聞く様子ではなさそうだ。


 仕方がないので、彼らに私の考えを伝えることにする。


 この戦争。順当にいけば連合軍の圧勝で終わるだろう。連合軍でホウライを包囲し彼らが大人しく降伏に応じれば、犠牲もないまま平穏に終結するだろう。万が一抵抗したとしても今のホウライの軍事力では満足な戦いは望めまい。


 前にも言ったが、私たちの最も重要な目的は「キョーコを救い出すこと」だ。戦闘のどさくさに紛れて彼女を見つけ出せれば最善だし、それが叶わぬとしても終戦後に捜索を進めることはできるだろう。


 だが……。


 どうしても頭の中にある嫌な予感が拭いきれない。万が一、想定外のことが起こった場合。そのときの切り札は必要なのだ。それがお前たちというわけだ。ほら、これを渡しておく。通信用の魔導器だ。音声のみで映像などは送れないが、その分長距離でも通信できるようになっている。ここで私の合図を待て。いざと言うとき、お前たちだけが頼りなんだからな。


「ば、バルバトスさまぁ……ぼくたち誤解してましたぁ……」


 涙を拭いながらラスティンが魔導器を受け取る。


「分かりました! ぼくたち、いつでも突撃できるようにここで待機しておきます!」

「う、うむ。まぁそうならないことを祈るばかりだが――」

「おい、ニコラ。今のうちに兵器のチェックをしておこうぜ!」

「えぇ!? ラスティン、この飛空艇にそんな物騒なものはないよ?」

「なんだよ、じゃぁ何か作ろうぜ」

「たたたた確か、いくつかまままま魔導器の予備がああっあったはずです」

「おっ、それだコーウェル」

「ぼくはお菓子が出てくる魔導器が欲しいなぁ」

「お菓子ならレイナさんに作ってもらえよ、ヒュー」


 あの〜……。何やら勝手に盛り上がっている様子に呆れつつも、彼らを説得できたことにホッとする。


 翌日、朝日が登るのを待ってから私、チーロン、サキドエル、エル、ラエの5人で森の中を宿場町に向けて出発する。さぁ行こうか、と思ったところで大きなリュックを背負ったアルエルがついて来ようとしているのを見つける。


「えっ、私も居残り組ですかっ!?」

「そりゃそうだろ、お前がいないと飛空艇は飛べないんだから」

「いやですぅ! いつもいつも置いてけぼりばかりじゃないですか! 今度は行きますぅぅ!」

「いいか、アルエル。お前は秘密兵器なんだからな。最後の最後でバーンと登場するためには、ここは飛空艇に残らないとダメだって分かるだろ?」

「秘密兵器……」

「そうだ、最強にして秘密の最終決戦兵器だ」

「それならば……仕方ないですねっ!!」


 こっちは純粋バカなままでよかった……。


 休憩を挟みながら森を抜けていく。昼を過ぎたころにようやく宿場町に到着した。以前訪れたときは、いかにも辺境の宿場町というのんびりした雰囲気だったが、今回は少し様子が違っているように見えた。


 それもそのはずだ。宿場町の前の街道沿いは、既に到着していたハーフィールド・ヴェルニアの両軍の兵士たちで埋め尽くされていたからだ。彼らは町に立ち入ろうとはしていなかったが、それでも辺りはピリピリした雰囲気に包まれているのがよく分かる。


「おい、お前たち。見かけないやつだな。所属と階級を述べよ」


 私たちが近づいて行くと、ひとりの兵士が前に立ちはだかった。


「カールランド、鮮血のダンジョンマスターのバルバトスとその一行です」

「あぁ、そう言えばカールランドはダンジョンからも徴兵しているんだったな。ったく、素人の寄せ集めなど、戦争でどんな役に立つというのか――ひぃっ」


 兵士が突然悲鳴をあげる。振り返るとサキドエルが低く唸り声をあげながら、ハンドアクスを身構えていた。


 いや、気持ちは分かるけどさ。一応、この人たち味方だから、ちょっと落ち着いて。ほら、チーロンさんを見ろよ。上級モンスターってのはちょっとのことでうーうー唸ったりしないの。な、我慢我慢……って、あれ、なんでチーロンさんもそんな怖い顔してるの? え、あぁ……チーちゃんって呼べってことね。


 ムスッとしているチーちゃんの頭を撫でてやっていると、今度はその隣に立っていたエルがぷくーっと頬を膨らませる。はいはい、エルもナデナデしてあげるから……。


「おい。あれ、本当に鮮血のダンジョンマスターなんだよな?」

「さっき自分でそう言ってたが……」

「噂では残虐非道、冷酷無情のマスターだって聞いてたけど……案外、普通のおじさんって感じじゃね?」

「噂ってのは背びれ尾びれが付くものだからなぁ」


 背後でハーフィールド軍の兵士がひそひそと話しているのが聞こえてくる。あぁ、またダンジョンの評判が……てか、おじさんって! 我、そんな歳じゃない!!


 満足げなチーちゃんとエルにぽんぽんと頭を軽く叩きながら「はい、もうおしまい」と告げたとき、突然街道に大きな声が響き渡る。


「なにっ!? 肝心のカールランド軍が遅れているだと!」


 声の方を見ると、立派な武具に身を包んだ中年の男が、報告に来た部下に向かって怒鳴っているようだった。口ひげを生やし眉間にシワを寄せているその男は、鎧に刻まれた紋章を見るにどうやらハーフィールド王国の武人らしい。名や階級は分からないが、他の若い兵士たちの様子から、どうやら指揮官のようだ。


「ヤツから申し出た戦だと言うのに、随分のんびりしたことだ」


 その前に立っている別の男がやれやれといった口調でそれに答える。ヴェルニア共和国の紋章がマントに刺繍されており、立ち振舞から見て同様に指揮を任されている者のようだ。


 恐らく両軍の指導者に違いない。カールランド軍がまだ到着していないのを知って揉めているようだった。


「昔からカールランドは腰抜けぞろいだからな。しかしどうしたものか」

「良いではないか。わざわざ待ってやる義理もなかろう。我々だけでホウライを攻め落とし、後の権益を独占すればよいだけ」

「それもそうだな。遅れて来た者に分前など与える必要はなし、ということだな」


 そうだ、当然そうなる。そしてそれはカールランドにとって、不利益しかもたらさないはず……。なのにどうして、わざわざ迂回するルートを取ったのだ? やはりこれには何かあるに違いない。


 私はそれを進言しようとした。だが、両指揮官は既に軍に「進め」と伝令を出しており、軍列に近づこうとする私は「下がってろ。カールランドは最後尾担当だ」と兵士たちに取り囲まれてしまう。


 何か引っかかりを覚えながらも、私はそれに従う以外になかった。

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