第74話「変なんです」

「バルバトスさま、おかえりなさい!」

「あぁ……」


 魔導飛空艇に帰ってきたときには、既に辺りは明るくなり始める時間になっていた。出迎えてくれたアルエルが椅子に座るように促し自分も隣に座る。レイナは「朝食、すぐにお出ししますね」と言って奥へと下がっていった。


 だが私はそれどころではなかった。


 ハイドフェルドとの会話に、何か引っかかるものがあるように思えて仕方なかった。野営地から帰ってきながらずっと考えていたが、恐らくそれは――。


 「私には目がある」王都親衛隊の隊長ハイドフェルドは確かにそう言った。同時にそれは私の知らない目だとも言っていた。このような場合、目と聞いて普通に連想できるのは「間者」つまり密偵のようなものだろう。


「バルバトスさま。はい、レイナさん特製のご飯ですよ。冷めない内に召し上がって下さいね」


 この私がつけられていたということ……か? 確かに探知魔法は使っていなかったので、その可能性は否定できない。だが王国軍の上空を飛翔していたとき、感づかれた様子はなかったはず。


「バルバトスさま……? お食べにならないんですか? 冷めちゃいます〜」


 それに万が一、私の存在を補足されていたとしても、それをどうやってハイドフェルドに伝えたというのだ? 彼が野営地を後にして湖にたどり着くまで、他の者と接触していなかったのは間違いない。


「聞いてます……? 食べないんなら私が食べちゃいますよ?」


 どうやって私があのとき、湖畔に降り立ったのを察知したのだろうか……。それこそが彼の言う「目」というものの正体であるのならば、なぜそれをわざわざ私に教えようとした?


 正直分からないことだらけで頭が混乱してくる。一晩活動し続け、疲れているのもあるのだろう。ここはレイナの言う通り食事でも摂って英気を養うことにするべきだろう。頭を切り替え、テーブルに目を向ける……。


 そこには空になったお皿。そして隣ではお腹をさすりながら「美味しかったですぅ」と満足げなアルエル。


「ちょっ、お前。何勝手に食べてんの!?」

「だって、バルバトスさま。全然返事してくれないですし」

「そりゃ……まぁ、悪かったけど……。でも魔王を差し置いて、部下が食事に手を付けるとかさ、普通そう言うの――」

「……私だって心配してたんです。それなのにバルバトスさまは帰ってきてから考えごとばかりで……」


 アルエルは悲しげな顔でうつむく。


 そうか。確かにそうだな。「悪かった」と謝ると「いえ……そんなつもりじゃなかったんですぅ」と気まずそうに苦笑いしていた。


「はいはい。バルバトスさま、新しいお食事をお持ちしましたよ」


 我々のやり取りを見ていたレイナが、お皿をテーブルに並べてくれる。シチューか。おぉ、これは美味そうだな……。


「でしょでしょ? そのごろっと入っているお芋さんが特に美味なんですよ!」

「ふむ、どれどれ」


 隣でじぃぃぃぃぃっと私の口元を見つめているアルエル。緩く開いている口からヨダレがたらーと垂れていた。いや、そんなに見つめられたら食べにくいのだが……。


「……食べる?」

「いいんですか!?」


 スプーンを口に放り込んでやると、もぐもぐと美味しそうに頬張っていた。


「美味しいですぅ。これはきっといいお芋を使っているに違いないんです! 私が察するにこれは……王都でも屈指の野菜の産地『アピタ』のお芋に違いないと思うんですぅ!」

「ええっと……アルエルちゃん、このお芋は自家製なんだけど……ね」


 なんとも言えない微妙な表情になっているアルエルに「まだまだだな」と笑いをこらえながら言う……って、えっ、自家製!?


「あー……ええっと……」


 レイナによると、まだ閉鎖されたままのルート10。そこに植えられていたお芋だそうだ。マルタが「どうせ当分使わないんだから」と魔導照明を設置し(これはニコラが手伝ったのだそうだ)色々なお野菜を栽培しているらしい。いや、我知らなかったんだけど。


「ごめんなさい。私てっきりバルバトスさまもご存知だと思ってまして」

「いや、いい。レイナは悪くない」


 いつの間にかダンジョンが開墾されていた事実にクラクラしながらも、確かにマルタの言い分にも一理あるだけに何も言い返せない。


 それにしても。ルート10は閉鎖とは言え、『この先危険。立ち入り禁止』という立て看板を設置しているだけだ。もしやんちゃな冒険者が「行ってみようぜ」と足を踏み入れたら……。


 危険と言われている未踏のダンジョン。人の手が入っていないように見える荒れ果てた通路。ジメジメと湿った空気。奥に何かぼぉっと明るく光るものが……。そこにはなんと! たわわに実った美味しそうなお野菜たちが!!


 なんて展開になったら、どうなんだろうな。王国屈指の老舗ダンジョンとして。


 帰ったら厳重に封鎖しておこう。


 そんなことを考えながら食事を済ませると、いつの間にか全員が集まっていることに気づく。皆、一様に私が食べ終わるのを待っていたようだ。そうか、そうだよな。ちゃんと話さないとな。


 私は昨夜あったことを全て話した。と言っても、私自身分からないことだらけなので、正直うまく説明できているかは自信がない。


「でも、その目ってなんでしょうね?」


 やはりアルエルもそのことが気になっているようだ。


「魔導器的な……ものでしょうか?」とはニコラ。だが、それに対して「うーん、でもそんな魔導器は聞いたことがないでしゅ……しゅ、しゅ、すっ!」とエルが顔を真赤にしながら否定する。


「まぁ、それについては分からないことだらけなので、ここで議論しても仕方がない」

「そうですねぇ。とりあえずはこれから……って、そう言えばバルバトスさま。王都親衛隊の隊長さんとの話し合いはつかなかったってことです?」

「そうなる……な」


 そうだ。私がここを離れる前、彼らに語ったこと。私がハイドフェルドに会いに行った理由。それはキョーコに関わることだった。キョーコが帰ってこない理由がホウライに拘束されていることだとしたら、この戦争自体が彼女に何らかの関係を持っているのではないか?


 キョーコが消えた約1週間後に、突然戦争が始まった。正確にはカールランドなどの連合軍がホウライに対して戦争をふっかけた。また、私がホウライを調査してから1ヶ月も経っていない時期とも言える。


 これが偶然だと言えるだろうか?


 しかも今になっても王国は開戦理由を公にしていない。キョーコがホウライに捕らえられているのが本当だとして、それを察知した王国が脅威に感じたから? いや、いくらキョーコが強いからと言って所詮は個人だ。軍隊相手に勝てるわけはない……はず。ましてや王国には、あの王都親衛隊もいる。脅威などにはならないはずだ。


 だが事実として、偶然と切り捨てるにはあまりにもタイミングが合いすぎている。何か裏があるのではないか。ホウライの首都、アスカにまで出張っていた親衛隊隊長ハイドフェルドなら、何か知っているのではないか。


 彼に会って尋ねたところで答えを引き出せるとは思っていなかった。だが、多少でもヒントは掴めるのではないかと……。実際にはほとんど意味のないものになってしまったが。


「では、これからどうするんだ? ダンジョンマスター」


 ラエがエルの頭を撫でながら問いかけてくる。


「そうだな……。連合軍が最終合流地点に達するのはいつになる、ニコラ?」

「それがですね、変なんです」

「変? 何がだ」

「ここまで飛空してきたとき、途中で遠くにハーフィールド王国の軍列が見えたんです。また、ここに到着するちょっと前には、ヴェルニア共和国の軍も発見しました」

「ふむ、別に変なところはないと思うが?」

「いえ、その二国の軍は街道を真っ直ぐに進み、最終合流地点であるウェリンストン山脈東を目指していました。でも……」

「でも?」

「ここは、そこから少し外れているんです。と言うことは、カールランド軍も街道から随分北にズレた位置に野営していたんです」


 ニコラの説明にハッとする。私がホウライを訪れたときに使った街道。あれが王国とホウライを繋ぐ最短のルートだ。ニコラの言う通り、ここは確かに北に寄り過ぎている。


「どういうことだ……?」

「わざと……遅れるようにしているとしか思えんな」


 サキドエルの言葉にうなずき返す。確かにそうだ。だが、一体なぜ……。

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