第71話「明け方までには」
「浮遊魔導器動作確認……よし!」
「左右バランス確認……誤差3度、2度、1度……修正OK!」
「高度計表示チェック……正常確認」
「サブ魔力蓄積装置残量よし!」
「進路確認、オールグリーン。問題なし!」
「魔力流入量は……やや不足気味です。アルエルさん、もうちょっと頑張って下さい!」
「やってますぅ〜!!」
「ほら、アルエル。レイナがおやつ作ってくれたぞ。ケーキ食べて計器を安定させろ」
「魔力……急下降! バルバトスさま、親父ギャグは逆効果ですっ!」
「なん……だと!?」
操縦席に座っているニコラの言葉にややふて腐れながら、左側の操縦席に座っているアルエルに「おい、落ち着け」と声を掛ける。だが、アルエルはよほど面白かったのかケラケラと笑いが止まらない様子だ。時折「ひっ」と引きつけを起こしたようになりながらも、シートの肘掛けを必死で掴んでそれを押さえつけようと努力している。
「大丈夫か、アルエル?」
「……はぁはぁ……なん……とか」
「よかった。ほら、ケーキ。とりあえず一口食べて落ち着け」
「ケーキ……ケーキ食べて計器を安定……プッ……プププッ!!」
「あの、バルバトスさま? わざとやってらっしゃいます?」
副操縦席からラスティンが呆れ顔で覗き込んでくる。いや、そんなつもりはないんだが……。
肩を震わせながら何とか笑いを堪らえようとしているアルエルに、なんて言葉をかけるべきか悩んでいると、背後から「食べないんだったら、ぼくがもらうよ〜」とヒューがひょいっと手を伸ばしてきて、お皿のケーキをつまみ上げるとポイッと口の中へ投げ込む。
「あああああーーー!!」
「んー、おいしー」
「ヒューくん、ヒドイですぅ!」
「おい、ヒュー! アルエルさんのだぞ。勝手に食べるんじゃない!」
「だってラスティン。アルエルちゃん、食べないし」
「食べようと思ってたんです! 今まさに食べようとしてたんですぅ!」
「ちょ、アルエルちゃん。お腹をポコポコ叩かないでよ」
「ポヨンポヨンですぅ……」
コントのようなやり取りに呆れながらも、話題が逸れたせいかアルエルはようやく落ち着きを取り戻したようだった。「アルエルちゃん、ケーキならまだあるから。後で用意しますからね」とのレイナの言葉に「がんばります!」とぱぁっと顔を輝かせる。
「魔力流入量……10……100……500……2000……1万、アルエルさん、ちょっと多すぎます!」
「難しいですぅ」
「もう少しだけ落として下さい……そう、そのくらい」
「ニコラ、こっちはOKだ」
「ラスティン、了解。バルバトスさま、行けそうです」
振り返って問いかけてくるニコラに、私は黙ったままうなずく。「発進!」という掛け声で、魔導飛行船は軽い衝撃とともにふわりと上昇を始める。操縦席を出て後方にある広間に行くと、左右に設置してある窓から外の景色がうかがえた。
下を見ると既に小さくなり始めているダンジョン前に、ボンや薄月さん、ランドルフさんなどが手を振りながら見上げているのが見え、私もそっと手を振り返す。
「戦争に勝つとかカールランド王国の行く末とか……そんなものはどうでもよい。お前のやるべきことは皆を無事にダンジョンに戻すこと。それとキョーコのやつを連れ戻すこと。それを忘れるな、バルバトス」
出立前にランドルフさんに言われた言葉を思い出すと、再び身が引き締まる思いがした。
彼の言う通りだ。積極的に戦争に加担することなどない。どう考えてもこの戦争はカールランド・ヴェルニア・ハーフィールド連合軍の圧勝で終わるだろう。私がこの目で見た限り、ホウライに抵抗する兵力など残ってはいない。ハクとやらの行動は気になるところだったが、いざ開戦してしまえばその努力も水の泡と消えるだろう。
唯一の問題は……キョーコの行方だ。
前にも言ったが、私は何らかの形でキョーコが関わってくると思っている。当然、彼女が主導しているとかという話ではない。だが、ホウライ出身で、彼の地の魔法を操るキョーコは、かつてハクが彼女の身柄を要求してきたことから考えても、ホウライにとって重要な存在であることは間違いあるまい。
だから、この戦争を追っていれば彼女との再開ができる……と私は思っている。
しかし問題はそれが勘でしかなく、具体的にどうすればキョーコと再開できるのか? と聞かれれば答えようがないということだ。いざホウライとの戦闘に入れば、自由に動くことはできないかもしれない。できればその前に何か手がかりだけでも掴んでおきたい。そのためには――。
「失礼します、バルバトスさま。今後のフライト予定ですが」
コーウェルと操縦を変わってもらったニコラが広間に姿を現す。
「予想
ニコラの計算によれば、魔導飛行船の速度をもってすれば既に出立しているカールランド王国軍に、指示されていた集結地点――ウェリンストン山脈以東――より前に追いつけるらしい。
無駄に早く合流する必要はないとも思ったが、私には戦闘が始まる前に確認しておきたいことがあった。だが、それにはニコラの言う時間帯はあまり好都合ではない。
「明日の夜に……具体的には軍が野営している時間に接触したい」
「それは……公式に、ですか?」
「いや、こっそりに、だ」
私は皆を集めて、自分の考えを話すことにした。これからやろうとしていることは危険を伴うし、場合によっては反逆行為と見なされる可能性すらある。だから事前にしっかり話をしておく必要があると思った。
「そんな……バルバトスさま! あまりにも危険です!」
「ニコラさんの言う通りです。お一人でそんなこと……しゃせるわけにはいきません」
真っ先にニコラとエルが反対の声を上げた。そうなるだろうとは思ってはいたが、実際に言われると説得しなければならない苦労に直面する反面、我が身を心配してくれる有難さに感謝を覚える。
「いいではありませんか、長。行くというのなら行かせればよいのです。どうせ死んだとしてもバルバトスひとり。大した犠牲ではありません」
エルの隣に座るラエが、わざと私に聞こえるくらいの声で耳打ちをしている。いや、お前はもう少し心配してくれよ……。
だが、この場合に限って言えばラエの言葉は正しい。
ニコラ、エル以外にもサキドエルが「我も行こう。
しかし私はその提案を全て断った。
それは危険だからという話だけではない。これは私にとっての因縁にも関わる話だからだ。
もしも彼が……私の思っている通りならば……それは私がケリをつけなければならない。
翌日、ニコラに指示をして大きく迂回した我々は、森の中にポツンと開いた平原に魔導飛行船を着陸させた。既に日は地平線に姿を消し、辺りは暗闇に包まれつつあった。更に数時間ほど待ち、私は船外へと降り立つ。
相変わらず心配そうな顔をしている皆に「明け方までには戻るから」と伝える。渋々ながら「無理はしないで下さいね」と送り出してくれた彼らに感謝した。ここから王国軍が野営していると思われる地点までは数時間ほど。万が一、王国軍の魔術師が探知魔法を使っていた場合に備えて、飛翔魔法は使えない。
私はもう一度だけ振り返り、彼らにしばしの別れを告げる。
そして漆黒の森へと姿を消した。
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