第70話「行こう」
「なんだこれは……」
新しい魔導馬車を用意したと聞いてダンジョン前の広場に出た私は、そこに置かれたものを見て思わず絶句した。バルバトスの辞書によれば馬車とは
『人や荷物を運搬するために荷台があり、それに二輪、もしくは四輪の車輪が付いたもの』
と書いてあったはずだ。通常は荷台を引くために馬が用いられるのだが、その動力源を魔動機にしたものものが魔導馬車であり、前にニコラが用意したものも馬のいない荷台の形に似ていた。
だが目の前にあるそれは、私が今まで見たことのない物体だった。
縦に長い立方体の箱。大きさは少し小さめの民家ほどもある。ボディは木製でも鉄製でもないように感じられ、艶のない黒で塗装されていた。ニコラによると「カルボン」という特殊な素材を使用しているそうだ。
「ダークエルフたちが独自に作った特殊な素材で、鉄よりも固くとても軽いのが特徴です!」
へぇ……と手で軽く押してみると、それは音も立てずにスゥッと少しだけ動く……って、いや重い軽いの問題じゃないぞ、これ。慌てて手を引っ込めながらふと足元を確認すると、驚くことにその物体は地面から少し浮いているように見える。
疲れているのかな……。目をこすってもう一度確認してみたが、やはり浮いているようにしか見えない。
「ニコラ、これ……浮いてるように見えるのだが」
「はい。浮いてますよ!」
「そうか、やはり浮いて……って、どういうこと!?」
「それはですね。前の魔導馬車の動力には魔導掘削機のエンジンを使ったって言いましたよね?」
「あぁ、そうだな」
「今度は浮遊魔法の魔導器を使ってみたんです」
浮遊魔法の魔導器? 確かにそれは存在する。魔法なしで浮遊できるとあって、一時期とても流行ったのだが「装置が巨大になりすぎる」「魔力消費量が多すぎて飛行時間が短い」「複雑な魔法術式を封印するためとても高価」という欠点があり、あっという間に廃れてしまった。
確か私も何年か前にいくつか買ってコレクションしていたはず……おい、まさか……。
「はい。納屋にあったのを使わせてもらいました。4つの魔導器を四隅にセットし、かつ本体の重量を軽くすることで魔力消費量を抑え、長時間の飛行が可能となってるんですよ!」
なんてこった! あれは「あまり売れなくてコレクターズアイテムとしての価値が高まりそうだ」と私が目をつけていた一品だったというのに。将来ダンジョンを引退したあと「魔導器博物館」を開いたとき、それの目玉にしようと思っていたものだった。
って言うかさ、いつもいつもなんで勝手に納屋のもの使うの? どうしてちゃんと許可取ろうとしないの? 問い詰めるとニコラは「あれ? 取りましたよ?」とキョトンとしている。
「おっかしいなぁ。ぼく、ちゃんと使っていいか聞いたんですけどね」
キッとアルエルを睨むと「違います違いますよっ」と必死で両手を振っている。
「いえ、アルエルさんじゃありませんよ。納屋を漁っていたらたまたまキョーコさんがいて『いいんじゃない? 使ってないんだし』って言ってくれたので」
あいつか、全く。由緒正しい魔王のローブのときと言い、どうもキョーコはモノに対して無頓着すぎる。固執しすぎるのもどうかとは思うが、もう少し気を使うべきだろう。連れ帰ってきたらコッテリ言って聞かせないとな。
おおよその事情を把握したところで、早速準備を始める。魔導馬車改め、魔導飛行船の中は前方に操縦室、その後ろに少し広めの広間があり簡素な椅子とテーブルが設けられている。更にその後方にはキッチンやトイレなどを挟んで、やや狭いながらもいくつかの部屋まで用意されていた。さながら空飛ぶ家と言った感じだ。
「部屋には限りがありますので、2人一組でお願いします」
ニコラの説明に一同が顔を見合わせる。まずエルとラエ、そして剣士四人組はそれぞれ2人ずつ分かれることになった。問題はここからだ。残ったのは私にアルエル、赤龍チーロン、ミノタウロスのサキドエル、そしてレイナの5人だ。
奇数! そして残った部屋はちょうど3部屋。
順当に行けば私がひとりで使って、残り2部屋を2人ずつで……となるのだが……それだと誰かがサキドエルと相部屋ということになる。当然ながら――
「師匠は尊敬してますけど、相部屋はダメですぅ!」
とアルエルの抗議が室内に響き渡る。そりゃそうだよな。もちろん、残ったチーロン、レイナも口には出さないが同じだろう。必然的に「私・サキドエル」「アルエル・レイナ」「チーロン」という部屋割りになった。
「すまんな、バルバトス」
「いや……お前のせいじゃないし」
小さな部屋は巨体のサキドエルが入室した時点で「定員オーバー」、私のいるスペースはどこにも残されていない。まぁ……広間で寝るか……。
既に夜もふけていたので、翌日から荷物の積み込みなどを開始する。「できるだけ最小限にして下さいね」と釘を刺すニコラと、大量の箱を抱えるアルエルが揉めていた。
渋々いくつかの箱を戻しながら「ニコラくんは融通がきかない子ですぅ」とぼやいている。だが、お前分かっているのか? これが何を動力にして飛ぶのか。
「は? へ?」と不思議そうな顔をしているアルエルを操縦席に連れて行く。横に3つのシートが取り付けられており真ん中は操縦士の席、右は計器などをチェックする副操縦士が座る。そして左にあるのが……。
「な、なんですか? どうして固定されるんですかっ!?」
シートにバックルでガッチリ固定され抗議の声を上げるアルエルに、ニコラは「途中で魔力の供給が止まったら墜落しますからね。我慢ですよ、アルエルさん」とニカッと笑いながら頭にカポッとヘルメットのようなものを被せる。
「魔力供給端子ですから脱がないで下さいね」
「ご飯は? 寝るときはどうするんです!? おトイレとか……」
「さすがに夜は飛行を停止でしょうねぇ。ご飯は座ったまま……ってことで。おトイレ休憩は途中で適時取りましょう!」
「前の馬車は魔力を貯めるのが付いてたじゃないですか!?」
「あぁ……軽量化です。魔力蓄積装置って結構重いんですよ? だから最小限しか積んでいません!」
「それは困りものですぅ!」
さすがに少し不憫にも思えるが……ここは心を鬼にして「諦めろ、アルエル」と伝える。まだブツブツ言っていたが「おやつも持ってきてやるから」と言うと、やや不満そうながら「ケーキが希望ですぅ……」と答えていた。レイナが作ってくれると思うぞ。
そんなこんなでようやく出発する準備が整ったのが更に翌日。ニコラによれば魔導馬車とは比べ物にならない速度を出すことは可能ではあるが、アルエルの休憩などを考えると無理はできない。それでもまだまだ余裕はある。
「どうしますか、バルバトスさま? 余裕があるのなら、もう少し準備万端整えますか? それとも早めに出発して、有利なポジションを確保するという手もありましゅ……が」
久々に噛まずに喋れてドヤ顔してたのに、最後の最後でやってしまってがっくりしているエルの問いかけに私は「行こう」と答える。
ひとつ確かめておきたいことがあると思ったからだ。
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