第69話「この戦争が終わったら」

 お前たち……。


 いや、気持ちはありがたいんだけど、分かってる? 戦争だよ? あまり言いたくないけど、正直足手まと……。


 私の心配をよそにラスティン、コーウェル、ヒュー、ニコラの剣士四人組は「作戦があるんです」と自信満々の様子だ。


「いいですか、聞いて下さい」


 ラスティンの解説によると、4人を前衛後衛に分ける。体格のよいラスティンとヒューが前衛、ちょっと頼りないコーウェルとニコラが後衛。そして前衛が敵との戦闘を担当し、後衛は大量の薬草を手に回復役に徹する。万が一死んだとしても、蘇生ポーションを使って何度でも生き返らせる、というのが彼らの作戦らしい。


 正直、ガバガバな作戦だとは思うのだが……いや、サキドエルとチーロンを加えたパーティとして考えると、有効な手段と言えなくもない。いくら戦闘に特化した彼らと言えども、戦場では何が起こるか分からない。


「私もいますから、大丈夫でしゅよ!」


 と胸を張るのはエル。いや、ちょっと待って。もしかして君たちも行く気……? ダークエルフの長とその護衛役が抜けても、森は大丈夫なの?


「それはまぁ……実務的なことはみんながしっかりやってくれていますから……」


 ちょっとしょげてしまった。あぁすまない。でも分かるぞ、その気持ち。なんだか分からないけど、すっごくよく分かる。そう言って頭を撫でてやると、嬉しそうに「えへへ」と笑う。うーん、相変わらずエルはかわいいなぁ……。


 久々に癒やされた気がして、思わず何度もエルの頭を撫でていると、首筋に冷たい感触がした。なにか刃物っぽい感触に思わず首をすくめると、背後から「おい、ダンジョンマスター。あまり調子に乗るんじゃないぞ」と低い声がする。ラエだ。ちらっと横目で確認すると、相変わらずゴミを見るような目で私を……。


 いやだな、冗談だって。ほら、その物騒なものしまって。血、ちょっと血出てるから。軽く刺さってるから。「次はないぞ」と剣を収めるのを見てほっとする。


 まぁこれで、うちのダンジョンから5人。剣士四人組、エル、ラエと加えると11人。戦場に駆り出される兵士の数からすればほんのごく一部ではあるが、モンスターや魔法を使える私がいることを考えれば、戦力的にはそれなりに活動ができる体にはなったと言えるのかもしれない。


 それにそもそも私はこの戦争に対して、特別な感情は持ち合わせていない。もちろん、祖国であるカールランドが負けるのは嫌だし、今後のダンジョン運営を考えてもそれはマイナス要因だろう。


 だがとは言え、ホウライに対しても特別恨みがあるわけでもないのも確かなのだ。彼の地を訪れて先の大戦ですっかり疲弊している惨状を見ると、同情すら覚えてしまうほどだ。大戦の原因が彼らにあり、だから自業自得だとも言えるのだが、それも100年も前のことだ。


 もしかすると私のルーツが彼の国にあることが関係しているのかもしれないが、いずれにせよ、戦争自体には否定的だし、どちらの国も傷つくのを見ているのは忍びない。


 それにそもそも最大の目的はキョーコを探すことだ。戦争に加担しているように見せかけて、上手くホウライ内を探索し彼女を探し出す。できるだけ戦闘は避け、遊撃部隊として振る舞えれば一番よい。そう考えれば、このくらいの人数の方が最適だとも言えそうだ。


「よし、それじゃあ準備が整い次第、出発するか」


 私の言葉に、いつの間にか集まっていたアルエルらも「おー!」と声を上げる。アルエル、前のときみたいに荷物を山のように用意するんじゃないぞ。今度はあのときとは違うんだからな。


「前のときにも思ったんですけど、馬車で行くんなら荷物は多くても大丈夫じゃないですか?」


 あぁ、そう言えば馬車……か。ホウライから帰ってくるときに大破した魔導馬車。あれって直ってる? 使えそうかな? だが、ニコラは首を横に振る。


「思っていた以上に損傷が酷くって……あれは破棄しました」


 なんということだ。あれ魔導馬車があれば1週間ほどで交流地点であるウェリンストン山脈までは到達できる。カールランド王国の軍隊は既に出立したとのことだが、彼らがそこに着くまでには2週間ほどは掛かるだろう。


 だから魔導馬車があれば、1週間ほどの準備の猶予があるし、戦場でも高速移動ができるので有利だとと思っていたのだが……。そうなると、できるだけ早く出立しなければならないし、キョーコを探す段取りも考え直さないといけない。私が飛翔魔法を使って戦場を駆け巡るという手もあるが、彼らと離れ離れになるのも心配だしな……。


 私が思案顔になっているのを見て「おい、ニコラ。もったいぶるなよ」とラスティンが彼を肘で突っつく。


「こういうのは劇的にやった方がいいんだよ」

「面倒くせぇなぁ。もうバーッンと言っちゃえばいいんだよ」

「ぼくはどっちでもいいけどなぁ。ところでご飯まだ?」

「ででででででも、ニコラの意見にもいいいい一理あるとも思います」


 相変わらず凸凹な四人組だよな。よくこれで会話が成立してるものだと感心する。だが、どういうことだ? 何が劇的に、なんだ? 私が問いただすとニコラは「ええっとですね……どうしようかな」とモジモジしながら迷っている様子。


 彼らが「もう言えよ」「えー、でも」とやりあっているのを隣で眺めていたアルエルが、ふと何か思い出したように口を開く。


「そう言えばニコラくん。ダンジョン前に止まってたアレ、新しい馬車じゃないんです?」

「あーーー!! アルエルさん、ダメですよ!!」慌てるニコラ。

「えっ、そうなの?」

「おいニコラ。アルエルさんは悪くないだろ」珍しくラスティンが食って掛かる。

「あ、いえ。すみません。そういうつもりじゃなかったんですが」

「ううん。私もごめんね」


 新しい馬車? いや、それよりもだ……。


 部屋を出てダンジョン前に向かいながら、前を歩くラスティンとアルエルを見ていた。エルと楽しそうに会話をしながら歩くアルエル。その隣で、彼女の方をチラチラ見ながら顔を赤くしているラスティン。


 え、何? お前もしかして……そうなの?


 「ラスティンくん、話しかけられないですね。なんかかわいいな」いつの間にか隣にきていたレイナが、微笑ましいものをみるかのような視線を彼らに向けていた。えっ、レイナ。知ってたの?


「もちろんですよ。私とおばあちゃんがここに来てすぐ気づきました……って、バルバトスさま、もしかして気づいてな――」

「言うな。みなまで言うな」


 私がそういうこと恋愛事情に疎いことは認めよう。だが、それは魔王としての資質とは何ら関係のないことだ。そう、魔王とはそういう浮ついたこととは無縁の存在であるべき。チャラチャラした恋愛感情など要らない……のだ……。


「キョーコちゃんのことを考えてました?」


 うっ……それは……その通りなのだが。ニヤニヤしているレイナの顔を見るとなんだか素直になれない。


「いや? 別に? なぜ我がキョーコのことなど考えなければならない? 我が彼女を助けないといけないと言っているのは、あくまでも部下を救うのは魔王の役目ということであって、決してそういう浮ついた気持ちではないのであって……そう我こそは魔王バルバトス。『鮮血のダンジョン』に君臨する恐怖を具現化した存在であるべきであり、そのような感情など持ち合わせていないわけであって、恋愛感情とか持ってるわけがないし――」

「はいはい。そうですよね、すみませんでした」


 うむ、分かればよろしい。


 だが……改めて考えてみる。私がキョーコに対して持っている感情の中に恋愛的な要素がないとも言い切れないのは確かだ。それは彼女と交わした会話や、彼女から寄せられる好意によって生まれてきたものかもしれないと思っていた。


 端的に言えばキスされたから好意を持ったのだ、と思っていた。だが、本当にそうだろうか? きっかけは確かにそうだったのかもしれない。しかしそれ以前からキョーコに対してそのような感情は存在していたのではないか?


 何年も前の約束を律儀に守ってくれたこと。それを果たすためにどんな苦労も厭わなかったこと。そんな積み重ねが彼女に対する敬意へと変わっていき、いつしか彼女を愛おしくなることになったのかもしれない。


 それは私が自分が魔王であるということを自覚しており、より理想に近づくためにこれまで考えないようにしていたことだ。だが、いつまでもそのままではいけないとも思う。


 私はキョーコを愛している。だから彼女を救いに行く。そのために仲間を危険に晒すかもしれない。彼らはそれでもいいと言ってくれるかもしれないが、私はどちらも失いたくはない。ならば……全身全霊で彼らを守り、キョーコも救い出す! 可能かどうかじゃない。やるかやらないかの問題だ。必ずやる! そう心に固く誓う。


 ふと顔を上げると、相変わらずモジモジとアルエルの隣を歩くラスティンの姿が目に入る。変なテンションになった私は、思わず彼のことも応援してやりたいという気持ちになってきていた。そっと近づき彼の肩に手を置いてアルエルから引き離す。


「ラスティン……言いたいことは言えるときに言っておかないと後悔するぞ」

「バルバトスさま……。そのお言葉、なんだか凄く説得力があります!」

「……うむ。ま、まぁこれでも魔王だからな」

「……ぼく、決めました」

「ん? 何をだ?」

「ぼく、この戦争が終わったら彼女に告白します!」


 おぉ、その意気だ、ラスティン。

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