第68話「いい加減にしなさい!」

 『最後の晩餐食堂』に集まったダンジョンクルーたちとの話し合いは混迷を極めた。


 私が今までのことを赤裸々に話すと、クルーたちからは様々な感情が噴出した。カールランド王国を含む連合軍がホウライとの戦争に突入したことについては――私自身がそうだったように――皆驚きを隠せないようだった。一方でその戦争に我々が駆り出されることについては、完全に意見が割れた。


「大義のない戦争に加担すべきではない!」

「しかし、だからって協会の命令に逆らえば――」

「何を言うかっ! そんなもの無視すればよいだけだ」

「そんなこと、できるわけないじゃない!」


 テーブルを挟みクルーたちが言い争いになっている。それを見た私は「止めるべきだ」と思った。立ち上がって彼らに言うのだ。「今はダンジョン内で割れているときではない。一致団結しないでどうする」と。


 だが――私には言えなかった。


 キョーコの失踪。彼女を探さねばと思っていた矢先にこの開戦の報せだ。そのふたつが関連している出来事だとは思えない。彼女が魔力の制御を失い暴走した挙げ句、どこかへ消えたのは私が原因だからだ。


 だが恐らくホウライにルーツを持ち、彼の地の魔法を操るキョーコはなんらかの形でこの戦争に関わってくるような気がする。あくまでも勘ではあるが、私はそれを確信に近い形で抱いていた。


 ならば協会の要請に従い、戦争に参戦するのが問題解決の糸口になりそうな気はする。だが、そのためにクルーを危険に晒していいものだろうか……。いかに蘇生技術が発達した昨今とは言え、戦場での混乱したなかで仲間を全て救うことなどできるのだろうか?


 クルー全員を思う気持ちと、ひとりの女性を想う気持ちの間で私は揺れていた。だから、安易に言葉にできない。既に殴り合いにまで発展しそうな空気の中で、私は何もできずただただ座っていることしかできなかった。


「いい加減にしなさい!」


 テーブルをドンと叩く音に、部屋の空気が一気に引き締まる。顔をあげると雪女の薄月さんが立ち上がりテーブルに拳を叩きつけていた。白く細い手は赤く腫れ、彼女の顔は今まで見たことがない表情を見せている。


 薄月さんは父の代からこのダンジョンで働いてくれている。私を生んだ直後に亡くなった母の代わりに、私が大きくなるまでずっと私を育ててくれた。だから私にとって彼女は他のクルーよりも身近な存在でもある。


 普段の彼女はもちろん怒らせると怖いのは確かだが、それでもこんなふうに顔に出すことは今までなかった。私自身何度か怒られたことはあるが「ダメよ〜、バルバトスさま〜」という感じでいつも穏やかな印象だった。


 その薄月さんが眉間にシワを寄せて怒っている。


「あなたたちが言い争ってどうするの? 今はバルバトスさまの元、力を合わせて困難に立ち向かわないといけないときじゃないの!?」


 静まり返った部屋の中に薄月さんの言葉がこだました。皆、一様にシュンとした顔になり口々に「ごめんなさい」「俺も言い過ぎたよ」と言いながらおとなしく席につく。当の薄月さんは「熱くなりすぎたわね。溶けそうだから、ちょっと冷やしてくるわ」と手を振りながら部屋を出て行った。


 その背中にそっと礼を言うと立ち上がる。薄月さんありがとう、お陰で目が覚めました。そう、私は魔王なのだ。このダンジョンのマスターなんだ。まったく、毎回毎回真っ先にしょげててどうするよ? お前のやるべきことは落胆することでも悩むことでもないはずだ。


「戦争には参加する」


 無論、個人的には反対だ。とは言え、例えそれで戦争を回避したところで、終戦以降の我々の居場所はないだろう。大どんでん返しでホウライが勝ち、王国が滅ぶことになったとしても、それは同じことだ。


 ならば戦争に参加し、最小限の被害でそれを終わらせる。一ダンジョンにできることはそう多くはないかもしれない。だが、ただ指をくわえて見ているだけでは何もできやしない。首尾よく失踪中のキョーコを見つけ合流できれば、我々にとって大きな力になってくれるに違いない。そうなれば、色々なことが一気に解決へと向かうことになるだろう。


 私の言葉を黙って聞いていたクルーたちから歓声が上がる。


「バルバトスさまっ、俺も戦うぜっ!!」

「私もやります!」


 彼らがそう言ってくれたのはとても嬉しかった。だが私はもうひとつ決断をしなくてはならない。


 協会から受けた令は「戦争に兵を出すこと」だ。そこに「全ての」という文言はない。基本的にダンジョンにいるモンスターは冒険者との戦闘を想定しており、特に我がダンジョンではこれまで「地場の気軽に入れるダンジョン」を墓標してきただけあって、それほど高位のモンスターは揃っていない。


 ダンジョン内の戦闘であれば、負傷しても蘇生は可能だ。しかし戦場となれば勝手は違うだろう。先程も言ったが、混乱した中でそれらを間違いなく行える自信は私にはない。だから個々の戦闘能力に頼ることになる。全員は連れていけない。


 それを告げたとき、当然不満の声が出てくるものと思っていた。だが意外にも彼れは多少の戸惑いの後、それを受け入れてくれた。先程の薄月さんの言葉が効いていたのかもしれない。自分の主張よりも私の意見を受け入れてくれた彼らに感謝しつつ、出立するメンバーを選定する。


 随分悩んだ結果、私の他にミノタウロスのサキドエル、赤龍チーロン、そしてアルエルを選んだ。ダンジョン内でも屈指の高位モンスター二人は戦争でも十分力になってくれるだろう。


 アルエルはどうしようか悩んだのだが、彼女の目が「連れていかないと許さない」と言っているように見えたし、何より彼女の無限の魔力は必要だろう。


「バルバトスさま、ホウライまでの旅路は長いんでしょう? でしたら、お料理を作れる人も必要じゃないですか?」


 振り返るとレイナがフライパンを手に立ち上がり微笑んでいた。いや、しかし……な。危険な地に連れて行くのは――。「それなら私が行こうかね」と言うのは、いつの間にかレイナの隣に立っているマルタ。


「私の方が老い先短いからね。死んじまっても問題はないだろう?」

「おばあちゃん、なんてこと言うのよ!」

「バルバトスはレイナじゃダメだって言うんだから、仕方ないだろ」


 いや、そんなことを言っているわけじゃなくてだな……。困っていると「ま、レイナもそこらのヤツよりは力はあるからね」とマルタが言う。以前、酒に酔ったレイナの記憶が甦る。そう言えば、あのときキョーコ並みの力で頭を掴まれたよな……。


「私はバルバトス、お前さんのことを信頼しているからね。きっとレイナを無事に帰すんだよ」


 マルタは鋭い眼光を向けたあと、ニヤッと私に笑いかける。自分の孫娘を戦場に進んで送り出す者などいないだろう。マルタは本当に私を信用してくれているのだ。そう思うとグッと胸が熱くなる。あぁ、何があってもレイナを守る。必ず無事に連れて帰るからな。


 そういうわけで、最終的に私、アルエル、レイナ、チーロン、サキドエルがダンジョンを代表して出立することとなった。しかし5人か……。他のダンジョンがどれほど出してくるのかは分からないし、それを競うつもりはない。


 それにあくまでも最小限の人数であった方が、色々と動きやすいのも確かだ。だが、もう少し戦力が欲しいというのも正直なところ。少し基準を緩めてもクルーの誰かを連れていくべきだろうか……?


 一旦解散し、自室へと戻る。連れて行くメンバーについて悩んでいたときのことだった。誰かが廊下を歩く音とガヤガヤという話し声。ドアをノックする音が聞こえた。


「失礼しまーしゅ……まーす」


 開かれたドアの向こうに顔を見せたのは、自分の背丈よりも大きなリュックを背負ったダークエルフの長、エルリエンことエル。そして、その後ろには刺すような目つきで私を見ている護衛役のラエ。更にその奥から剣士四人組が「おひさしぶりですっ、バルバトスさま!!」とひょこっと顔を出す。


「援軍に来ました!」

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