第67話「あくまでも仮説ではあるが」
「本日未明、カールランド王国、ヴェルニア共和国、ハーフィールド公国の三カ国連合軍が旧ホウライ帝国に対し宣戦を布告しました。王国軍はすでに東に向けて進軍を開始しています。貴殿らダンジョン関係者も、準備が整い次第それに合流して下さい。最終合流地点はウェリンストン山脈を超えた地点になります」
書状を手に淡々と読み上げる使者の言葉が静まり返った室内に響く。それを聞きながら、私の頭の中にはいくつもの疑問が湧いていく。戦争? ホウライと? 今更なぜ?
私がホウライ調査の資料を提出したのが約一ヶ月前のこと。と言うことは、あれが何かしらのきっかけとなり、開戦へと繋がったというのだろうか? いや、だがあの報告書では「ホウライはすでに脅威にならない」ということを裏付けたにすぎない。
ダンジョン協会の使者に開戦の理由を尋ねるが、彼は「私の知るところではありません」の一点張りだ。やむを得ず、一旦書状を預かり彼を帰す。すぐさま自室に戻ると、魔導器を操作してダンジョン協会へと繋いだ。
画面にいつもは眠そうにしている受付兼秘書のリーンが、珍しく緊張した面持ちで現れた。
「リーン、会長はいるか?」
「いますけど……」
「繋いでくれ」
「でも、今は何を聞いても――」
「繋いでくれ!」
はぁっとため息をついてリーンが魔導器を操作する。画面が切り替わり、老人の後ろ姿が表示された。ゆっくりと振り返り「バルバトスか」とダンジョン協会会長のレンドリクスがいつになく険しい顔を見せる。
「会長、これはどういうことですか!?」
「まぁそう言うとは思っておったがの。実際のところワシもよく分かっておらん」
「分かってないとは……」
「お前のところに出した書状を受け取ったのが昨夜遅く。ワシも何度か城に出向いたのじゃが、完全に門前払いなのだ」
どういうことだ……? 会長の顔にはどこか疲れが見え、それが彼の言っていることを証明しているとも取れるが、それだけでその言葉を鵜呑みにしていいのものだろうか?
「しかしそれならば、せめてダンジョン協会からの協力は拒否するわけにはいかないのですか?」
ダンジョンマスターとしては当然の主張だろう。私だけならともかく、理由が分からないのに部下を危険に晒すわけにはいかない。だが、会長は深くため息をつく。
「ワシが聞いたのはただひとつ。『協会が協力を拒否するのであれば、今後のいかなる事態についても保証はしない』だそうだ」
「それは……完全に脅しじゃないですか!?」
「まさにその通りなのだがな……かと言って、そう言われてしまうと何も反論できないのも確かじゃろ」
ウソにしては少々稚拙だとは思う。もし協会がなにかを隠そうとしているのであれば、もう少しマシな言い訳をするものだろう。ましてや相手はレンドリクスだ。彼がこのような「知らない」「分からない」などといった、言い訳がましいことを言うとは思えない。
だが、信じるにはもう少し何かが足りないとも思う。探ってみるか。
「例の報告書……私があなたに提出したホウライの調査書はどうなりましたか? あれがきっかけになったのではありませんか?」
「あぁ、あれか……ふむ、そう言えば」
会長は腕組みして何か考え込み始めた。やがて苦虫をかみつぶしたような顔を上げ説明を始める。
私の出した報告書の内、ハクから受け取ったものは王国に提出していないとのことだった。「万が一出処が知れたら、お前さんが不利になるかもしれんからの」と会長は言う。私自身もそれを危惧して、一瞬どうしようか迷ったのだが会長も同意見だったようだ。
「だが、それが間違っていたのかもしれぬ」
「どういうことですか?」
「ワシが報告書を王国に提出した後、裏ルートで噂を聞いたのじゃ。ホウライに関する報告書はお前が出したものとは別に存在するとな」
「別に? もしかしてハクの資料があると知られたのでしょうか?」
「いや、それじゃない。王都親衛隊がホウライを探っているという噂じゃな」
王都親衛隊……。主に王都と王を護る、国内でも最強の師団のひとつだ。そう言えば、以前キョーコと王都での武闘大会で戦ったときにも、そこの隊長が出ていたよなぁ……ということを思い出す。
あ、え……王都親衛隊隊長……?
私の頭の中でひとつのパズルのピースが組み上がったような感じがした。ホウライでの調査の最終日。夕暮れの市街地を歩いていたとき、私たちはひとりの男とすれ違った。あのときは誰だったか思い出せなかったのだが、よくよく考えるとあれは王都親衛隊隊長ではなかったか?
武闘大会のときは兜を被っていたせいでよく顔を見ることができなかったが、あの刺すような目はよく覚えている。切れ長の見るものを凍りつかせるような瞳。あれを私はホウライで見た。だから一瞬違和感を感じた。だが、あのときはすれ違っただけだったので、それ以上追求しなかった。
王都親衛隊がホウライを探っていたというのにも合致する。が、ひとつだけ疑問は残る。わざわざ隊長自らがホウライに出向くものだろうか……?
「どうした、バルバトス?」
会長に問いかけられ我に返る。この話をするべきか悩んだ挙げ句、私は言うことにした。ここは少しでも情報を集めたい。この戦争には何か裏がある気がする。
私の話を聞いた会長は「なるほどな。それならますます合点がいく」と言う。
「どういうことですか?」
「つまりな。王国は親衛隊の報告書、そしてお前さんの出したもの、そしてハクとやらのものもあることを知っておったのじゃろう」
「3つの報告書の存在を知っていた、と?」
「うむ。理由は分からんが、お前さんの出した報告書が何かしらの開戦のきっかけになったのは間違いあるまい」
「しかし、私の出したものはハクのものと大差ないものでしたよ」
「そうじゃな。どうもそこが腑に落ちんところじゃが……いや、待てよ」
再び会長は黙り込んでしまう。長い沈黙を挟み、ようやく会長は言葉を続けた。
「あくまでも仮説ではあるが……。あの報告書自体には意味はなかったのかもしれぬ」
「意味がない? どういうことですか?」
「つまり報告書の内容はどうでもよかったということじゃ。お前が報告書を出したこと、いやお前がホウライに行ったことで、何かが動く。例えばハクという男がお前に接触したことなどじゃな」
「もしかして、その動きを見たかったヤツがいるという?」
「その可能性が高いな。そもそもあのような依頼がダンジョン協会に来ること自体がおかしいと言えばおかしい。本来であれば軍がやる仕事だろうからな」
言わば私は囮だったというわけか。私が動き、それに呼応して動く者が出てくる。それを見極めたい者が別にいたということか。あくまでも仮定の話ではあるが、それならなんとか辻褄が合う気もしてくる。
「では、もう少し探りを入れてみて――」
私はこの全貌を掴むことを提案しようとした。だが、会長は黙ったまま首を振る。
「時間がない、バルバトス。この戦争の影に何が隠されていようとも、ダンジョン協会としては軍を派遣しないわけにはいかぬ。すでにラトギウス、イリシオ、ファンたちはダンジョンを発つ準備を開始しておる。ミルサージ、ジ・ハン、ソルテラジらも数日中には出立するとのことじゃ。お前さんも早急に準備を整えるのだな」
一方的に魔動器が切られる。真っ黒になったスクリーンを見ながら、私はどうすべきかまだ迷っていた。
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