第63話「魔王が凄いらしい」
「あの、お一人ですか?」
秋と冬のちょうど境目の季節。昼食後、ダンジョン前に設置したウッドデッキでウトウトしていると、突然声をかけられた。
顔を上げると、そこには二十歳くらいの男女が3人。皆それぞれ、皮の鎧や鎖かたびらなどに身を包み、にこやかな表情で私を見ている。その身なりから恐らく中級程度の冒険者と思われた。ローブを纏った女性が、もう一度「お一人なら、よかったら私たちとパーティを組みませんか?」と問いかけてくる。
ん、何これ? もしかして冒険に誘われてる? 自分のダンジョンに?
クックック。まさか魔王自らが、こんな場所で日光浴を楽しんでいるとは思わぬだろうな……。
丁重にお断りすると「残念、またよかったら」と言って近くのベンチへと腰を下ろしていた。「どうしよっか」とか言いながら、皆でワイワイ話を始める。
「それにしても、このダンジョン最近評判良いんだよね」
ほぉ……?
「そうそう、なんかドラゴンが出るルートができたらしいじゃない」
そう、赤龍チーロンのためにルート7を開通させた。流石に本気で暴れさせると冒険者に勝ち目はないので、ほどほどにとお願いしているが、それでも生ドラゴンを見られる機会など早々ないので、それだけでも人気のルートになっている。
「それに、あの……なんだっけ魔王……の」
むっ?
「あー、私もその噂聞いた。魔王が凄いらしいって」
「ドラゴンを従えているわけだから、もっと強いんだよね。名前なんだっけなぁ……?」
こらこら、ちゃんと名前くらい覚えてないと駄目だぞ。魔王バルバトス。カッコいい名前だろ? と言うか、隣にいるんだぞ。ここで名乗ったら驚くかな? いやいや。魔王はそんな身近な存在ではいけない。
日々の修行に耐え、数々の困難に打ち勝った冒険者のみが挑戦に値する存在。まさに雲の上、いや天の上に君臨する者。それこそが魔王なのだ、という演出は大切だ。ここはグッと我慢。
「あっ、思い出した!」
私に話しかけてきた女性が手をたたく。うむ、忘れていたのは減点対象だが、思い出しただけでも良しとしてやろうか。
「魔王キョーコ!」
って、おい! ちょっと待て!! 思わずベンチから飛び起きる。
「どうかしました?」
女性が不思議そうな顔をしている。「あー、いえいえ」と誤魔化しながら、さり気なく「ここの魔王って、バルバトスっていう名前だったと思うのですが」とフォロー。女性は「あー」と空を仰ぎ見ながら「そう言えば、そんな名前だったかも」と言う。
「でも、今はキョーコが魔王なんでしょ?」
「確かそんなこと言ってたよね。変わったのかな?」
いつの間にか、引退させられていることにクラクラしながら「魔王はバルバトスですよ……」と捨て台詞を残してその場を去る。「大丈夫ですか?」と背後から女性が気を使ってくれていたが、それに答える元気もなく手を振って答えた。
一体、いつからこんなことになってしまったのか。
思えば、草刈りをしていた辺りからその前兆はあった。が、特にホウライから帰ってきてから、より実感することが多くなってきているように思える。チーロン効果も相まって、ダンジョンの人気はうなぎ登りだが、相対的に「バルバトス」という名前は薄くなってきていた。
今ではダンジョンは「キョーコ・チーロン・アルエル」の3人、『憩いの我がダンジョン亭』はレイナという看板娘が有名になってきており、主に男性冒険者を中心に人気を博してきている。いや、それ自体は悪くない。むしろ良いことだとすら思える。
だが……。
ならばどうして女性冒険者に、このバルバトスの魅力が伝わってないのか? という疑問が残る。男の冒険者に彼女たちが人気なのは理解できるが、それなら女性冒険者には私がいるじゃない? 「キャー、バルバトス様ぁ」とか黄色い声援が湧いても不思議ではないと思わないか?
いや、待て。別に悔しいわけじゃない。我、別に何とも思ってないし? ちょっと不思議だなーって思った程度だし。
などということを考えながら、ダンジョンに戻る。まぁ、そんなことに一喜一憂できるほどには、平和な日々が戻ってきたのだとも言える。
ダンジョン協会を訪れたあの日。会長は私の話を黙って聞いて、自分に任せておけと言った。内通者、つまり我々の行動を監視し、思い通りに利用しようとしている者が会長だった場合、何らかの反応があると覚悟していた。
ところがあれから2週間ほど経った今でも、一向に何も起こらない。ダンジョンの運営は順調だし、変な妨害が入ったりすることもない。協会が絡んでいるのならば、話がややこしくなると覚悟していたが、そうでないのならばこれ以上私が関与することもあるまい。
さてと『
階段を登り2階へ向かう。途中でキョーコと出会う。
「あ、りょ……バルバトス。忙しいんだから手伝ってよ」
「魔王キョーコがいれば大丈夫だろ?」
「何、それ?」
詳しく説明してやりたいところだが、生憎まだ私の心は癒えていない。ため息をついて「何を手伝えばいいんだ?」と尋ねる。どうやら『憩いの我がダンジョン亭』の方が混み合っているとのこと。
ダンジョンの方じゃないんだ……。
仕方ない。魔王的皿洗いを披露してくるか。引き返そうとして、キョーコの頭に何かチリのようなものが付いているのに気づく。恐らくダンジョンでの戦闘中に付いたものだろう。「動くなよ」とキョーコの頭に手を伸ばす。
すると彼女はビクッと身を縮め、そのまま座り込んでしまった。いや、ホコリ付いてるから取ってやろうかと。そう言うとキョーコは「あぁ、あはは。あれ? なんだろうね」と苦笑いしながら、頭をポンポンと払っていた。
いや、そこじゃない。もうちょっと右……お前からみて右じゃなくって……ええい、面倒だな。再び手を伸ばす。が「いや、いい。大丈夫だから」と首をブンブンと振る。どうした? なんかお前変だぞ?
「べ、別に……何でもないよ」
そうか? まぁいいか。ほら、そんなところに座り込んでないで立て。そう言って手を差し伸べる。しかしキョーコは私の手を取らず、自分で立ち上がるとそそくさと階段を降りていってしまう。
そう言えば、ホウライから帰ってから、キョーコの様子がおかしいような気がする。食事のときはいつも私の側に座っていたのが、今では離れた場所に陣取るようになっていた。夜に度々私の部屋に押しかけて「ダンジョンをもっと良くするには」という話を延々としていたのがなくなった。ホウライの話も根掘り葉掘り聞かれるかと思っていたのだが、どうやらアルエルから聞いたらしく、私には何も話してこない。
もしかして……嫌われてる?
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