第62話「ワシが預かる」
エルの質問はもっともだと思う。それは私も疑問に思ったことだ。私はハクが私たちをずっと監視していたのだと思っていた。
私たちがダンジョンを出て東へ向かうのを知って、ホウライに向かっているのだと感づいた。そこで、ほぼ中間地点であったあの地で、私たちの前に姿を現した。
そう思っていた。
いやだが、ちょっと待て。
その説明で、私たちの足取りを掴んでいたことは説明できる。しかし、なぜホウライに調査に行くことまで知っていたのだ? あの資料もほぼ私が受けた依頼内容を反映したものだったのはなぜだ?
可能性としては……あまり考えたくはないのだが……。
どこかに内通者がいて、情報が漏れている。その可能性が高いと思われた。
「それって……」
エルの顔が引きつる。あぁ、心配するな。
「お前たちではないことは明白だろう。そもそも私は『ホウライに行く』としか言ってないからな」
私が例の魔導馬車を初めて見たとき、ニコラには詳しい事情は話していない。このことを詳しく知らせたのは、ダンジョンクルーだけだ。
「そんな、バルバトスさま。クルーのみんなはそんなことをしたりしませんよ!」
アルエルが必死で訴える。落ち着け、アルエル。それも分かっている。
ここまで状況に流されてきたが、冷静に考えることができるようになって、ようやく色々なものが整理できるようになってきている。物事には必ず理由がある。
今回の依頼が発生したのも、ハクが私たちにあの資料を手渡したのも誰かの思惑や何かの利害関係が背後にあるのは間違いない。理由もなしに、そのようなことが行われるわけがないからだ。
そして、私たちがホウライに行く理由をハクに告げた内通者にも、必ず理由がある。それらは複雑に絡み合っているため、ひとつひとつ別のものとして考えたり推察したりすることはできない。だが、エルたちダークエルフにしても、我がダンジョンのクルーにしても、それをする理由が見当たらないのも事実。
「ダークエルフは、そもそも先程言ったように、私たちの依頼内容までは知らなかったから除外される」
「じゃ、ダンジョンクルーのみんなは?」
「それは信じるしかない……と言いたいところだが、今回の件が始まってから、つまり私たちが王都で国王陛下と謁見したときから、ダンジョンに加わった者は?」
「ええっと……レイナさんとマルタさん?」
「そうだ。そのレイナとマルタも、謁見時には陛下と対立していた」
「あ、そうですよね」
「もし、もっと前からこれを企んでいた者が、ダンジョンにスパイを潜伏させていたというのなら話が別だが、もしそうだとしても最近ではキョーコと剣士4人組くらいしかいない」
「んっと……それって……どういうことですか?」
「つまりだ」
我々の中にもこの情報を漏らした者はいないということだ。
それを聞いたアルエルがホッと胸をなでおろす。「よかったですぅ」
だが、それはそれで話を複雑にする要因でもある。それに気づいたのかエルは「だったら、誰が……?」と考えこんでいた。
消去法で考えれば、それ以外で今回のことを知っていたのはダンジョン協会のメンバー。会長レンドリクス、ラトギウス、イリシオ、ファン、ミルサージ、ジ・ハン、ソルテラジの6人のダンジョンマスターに、協会秘書のリーン。
そして恐らくこの依頼の大元である、国王カールランド7世も含まれる。
「でも、陛下が自ら依頼した件を、ホウライに漏らす理由は何でしょうか?」
エルの疑問はもっともだ。陛下がそのようなことをする理由は考えにくい……。
うーむ。結局のところ、事態が複雑に絡み合っていて、何を考えても想像の域を出ない。ひとまずは、エルやクルーたちに裏切り者がいなかっただけでも良しとしておこう。
「それよりも、さっさと協会に報告を済ませて、ダンジョン運営に戻らないとな」
「そうですね、きっとみんな待ってますから」
既に夜も更けていたので、そのまま部屋を借りて泊めてもらうことにした。床につくや否や、アルエルは寝息を立てて眠ってしまう。さっきまで寝てたのによく寝る子だな。呆れながら寝顔を見ていると「バルバトスさまぁ……」という寝言と共に、何やらムニャムニャ言っている。
どうした? 「追手が……」って、そうか。ホウライであの女たちに追いかけられたときの夢を見ているのか……。アルエルが初めて自分の意思で使った魔法。自分の意思で誰かを傷つけてしまったかもしれないという思いが、彼女を苦しめているのかもしれない。
だが、自分に向けられた悪意に立ち向かうとき、それが足かせになることもある。悪意を向ける側はそういうことを考えたりはしないのだろう。いつも苦悩するのは向けられる側なのだから。
体を起こし、アルエルのベッドに行く。彼女の頭をそっと撫でてやる。大丈夫だ。お前が望む限り、私はお前の側にいて、できる限りお前を守ってやるからな。
アルエルはまだ夢を見続けているのか「だい……する……よ……」と唸っている。何言ってるんだ? 一度起こした方がいいのかな、と思っていると「大いなる力を持って……」という寝言。同時にボワッと魔法陣が現れる。
ちょっと待てっ!!
慌ててアルエルの口を塞ぐ。魔法陣はユラユラと揺れたあと、煙のように消えていった。危なかった……。
魔法が使えるようになったのはいいのだけれど、寝言で呪文を唱えるなよな……。って言うか、大地の守護神も寝言くらい区別してくれよ。懐から由緒正しい魔王のタオルを取り出して、アルエルの口に巻き付けておく。
少し苦しそうにモゴモゴ言っているが仕方がない。ようやく一息つくと、ベッドに戻る。ウトウトしている内に朝を迎えてしまった。眠い……が、のんびりしている暇はない。アルエルを起こして出発の準備を整える。
魔導馬車はすっかり壊れてしまい、現在ニコラが修理中だ。そこでアルエルとチーロンに先にダンジョンへ戻っておくように伝える。エルが気を利かせて、何人かの護衛を付けてくれると言ってくれた。まぁ、
「私は飛翔魔法で王都に寄って報告を済ませてくる。夕方には帰れると思うからな」
「お土産っ! お土産は前に行ったときに見たお菓子屋さんのケーキがいいです!」
いや、遊びに行くわけじゃないんだから、アルエル。しかしまぁ、今回は彼女も頑張ったからなぁ。多少のご褒美はあってもいいのかもしれない。
ダークエルフたちにも別れを告げ、私は王都へと旅立った。1時間ほどで何事もなく到着すると、すぐさまダンジョン協会へ向かう。
相変わらず古ぼけた建物の扉を開くと、受付の机にうつ伏せで寝ていた女性が飛び起きて「寝てませんよ? 寝てませんってば」と言い訳を始める。
「いやリーン、寝てただろ」
「なーんだ、バルバトスさまですか。いいえ、寝てません! ちょっと横になってただけです」
「……おでこ、真っ赤だぞ」
「……へっ? ほんとに!?」
慌てておでこを服の袖でゴシゴシしている。いや、冗談なんだけどな。
ムッとしているリーンに「会長は?」と聞いてみる。
「あぁ、珍しく今日はいますよ」
呼びましょうか、と言うリーンに「いや、いい」と断って、受付の隣にある階段を登る。 備品室、会合室の奥にある会長室の扉をノックした。中から「バルバトスか、開いているぞ」という声が聞こえてきた。相変わらず勘の鋭いじいさんだ。
「おぉ、よく帰ってきたな」
ダンジョン協会会長レンドリクスが、部屋の中央にある大きな机の向こうに腰掛けている。手で机の前のソファーに腰掛けるよう促され、それに従う。「お茶でも」という彼の提案を断り、早速手に持っていた資料を手渡した。
資料は2つ。ひとつは協会から依頼されたものに、私が書き加えたもの。そしてもうひとつはハクが渡してきたものだ。ホウライでの調査時には、これは秘密にしておいた方がいいと思っていたが、今はやや事情が異なる。
ホウライへの内通者で、私が一番怪しいと思っているのはこの会長だ。いや、もしかすると他のダンジョンマスターたちかもしれない。だが、何らかの形でダンジョン協会がこの件に絡んでいるのは、依頼が来た経路から一番可能性が高そうに思われた。
そこで私は何も言わず、2つの資料を手渡してみることにした。会長が黒なのであれば、何か反応が見られるかもしれないと思ったからだ。だが、会長はひとつ目の資料にざっと目を通し、ふたつ目の資料を手に取りながら「うん? どうして似たような資料が2つもあるのかの?」と不思議そうに言う。
そう簡単に尻尾は出さないか。もしくは本当に何も知らないのか? 黙ったまま考え込んでいると会長は「そう言うことか」とぽつりと言った。そして「あったことを話せ、バルバトス」と続ける。
私は武道大会からの一連のことを洗いざらい話した。それが正しいことなのかどうかは確信が持てない。だが、もし会長が関与していない場合のことを考えると、一部でも隠しておくことがいずれ私への嫌疑に変わるかもしれない。
会長は黙って聞いていた。私が話し終えるとそのまましばらく目を閉じたまま動かなくなる。夕日が赤く室内を照らす中、壁に掛けられた機械時計の針の音だけが、室内に響いていた。やがて、会長はぽんと膝を叩くと「バルバトス」と私の目をまっすぐ見て言った。
「この件はワシが預かる。他言は無用じゃ。それとワシを疑うのは仕方のないことじゃとは思うし、ワシがこう言うのもどうかとは思うが、信頼してくれて構わんよ」
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