第61話「そんなことまで!?」
「あの……赤龍さん。お茶のおかわりは?」
「……」
「えっと、チーロンさん」
「……」
「……ち、チーちゃん?」
隣に座っている赤龍チーロンがコクンとうなずく。気まずい……。
アルエルはエルに連れられてどこかへ行ってしまった。何でも「アルエルの名誉回復の儀式を行う」のだそう。私も立ち会おうと言ったのだが「ダークエルフしか立ち入れない地でやるので」と丁重に断られた。
よって、私とチーロンは、以前訪れたツリーハウスで待つこととなったわけなのだが……。
重い空気が丸太でできたツリーハウス内を支配していた。お茶を注ぎながらチラッとチーロンの顔を見る。少し眠そうな眼。真一文字に結ばれた口。頬が少し赤らんでいることを除けば、その表情からは彼女がどんなことを考えているのか理解できない。
こういうときは、大人の私が率先して会話をリードしなくては。
「今日はちょっと冷えるな」
チーロンはコクンとうなずく。
「好きな食べ物って何?」
無表情のまま動かない。
「今日から早速、ダンジョンに来る?」
再びコクコクとうなずく。
「部屋を用意するけど、ベッドとかどんなのがいい?」
返事はない。
どうやら、イエスかノーで答えられる質問じゃないといけないようだ。しかし私に対して一定の好意を持ってくれていると聞いたのだが、どうしてしゃべってくれないのだろう……?
「チーちゃんは彼氏さんとかいるのかな?」
チーロンの目がギョロッと私を睨むように動く。今までとは違う反応に「おっ」と思うが、すぐに目を逸らすと頬をぷくっと膨らませていた。そうか、そうだよね。お年頃の女の子(だと思われる)に、そんな質問は失礼だったよね。
それにしても遅いな、アルエルのヤツ。
彼女たちが出ていってしまってから、すでに1時間は経っている。そろそろ帰って来てくれないと、私の質問リストも底をつきそうなのだが……。
だが、アルエルがダークエルフたちに負の感情を持っていなかったことにはホッとさせられた。アルエルとエルが互いに顔見知り、と言うか幼いころは一緒に遊んだりする仲だったことと、アルエル自身がそれほど根に持つタイプではないことが幸いしたのだろう。
私にとっても、アルエルとダークエルフの関係は頭を悩ませる問題だったので、これが変なわだかまりもなく解決したことで、肩の荷がひとつ降りたような思いだ。いや、そもそもわだかまりを持っていたのは私の方なのかも知れない。
ダークエルフの先代の長、それに私と父が勝手に押し付けてしまったものは、彼女たちにとってみれば関係はない。新しい関係は新しい世代によって作られるものだから。
「バルバトスさまー、ただいまですぅ!」
「お待たせしました」
おぉ、やっと帰ってきたか、アルエルとエル。「仲良くなれましたか?」とエルがチーロンに問いかける。なんとも微妙な質問に私は思わず苦笑いしてしまったが、意外にもチーロンはコクンと首を縦に振っていた。
「ふんふん……。へぇ……はぁ……えっ、そんなことまで!?」
チーロンの耳打ちにエルが真っ赤になっていた。おい、なんか勘違いしてないか、それ。大した話はしてないと思うのだが。って言うか、なんでエルやアルエルとはしゃべれるのに、私とは何も話してくれないの……? チーロンの話を聞き終えたエルは、コホンと咳払いし私の方へ向き直る。
「ええっと……夜の心配はまだ早い、とチーちゃんは言ってます」
「夜の心配?」
「はい……ですから……その、お二人の寝所のですね……」
は? なんでそんな話に……って、あれか。「どんなベッドがいい?」って聞いたヤツか……って、違うっ! そういう意味じゃない!! 一緒に寝るわけないじゃない?
「バルバトスさま、酷いです。ホウライでは私と一緒に寝たのに……」
「えっ、そうなの!? アルエルちゃん、何か、何かされたの?」
「いえ……大丈夫……なんですけど、最近バルバトスさま、ちょっと目がイヤらしいというか」
「ちょっ、アルエル!?」
「キョーコちゃんっていう女の子がいるんですけど、その子を見る目もなんか変だし、そう言えばさっきエルちゃんを見ているときも……」
「ばっ、バルバトスさま!?」
「見てない! 見てないよ? そんな目で――」
首筋にヒヤリと冷たい感触。恐る恐る見てみると、短剣が喉元に突きつけられていた。「貴様っ、エルさまに対してそのような不遜な態度……死をもって償ってもらうぞ」というラエの脅しとも思えない声が聞こえてくる。
おーい、アルエルさーん。そろそろフォローしてくれないと、この子本気っぽいんだけど。
そこでようやくアルエルが「ごめんなさい。ちょっと調子に乗っちゃいました」とペコリと頭を下げた。舌打ちしながらも「次はないぞ、ダンジョンマスター」とラエが刃物を引っ込める。身に覚えのない罪状で、いきなりリーチかよ……。
やや納得がいかない。が、アルエルとエル、それにチーロンの3人が仲良くやっているのを見ていると、改めてホッとするのも確かだ。まぁ、多少は多めに見てやる必要もあるのかもしれないな。
「そう言えば、バルバトスさまたちはホウライにどんな用事だったんですか?」
淹れてくれたお茶をすすっていると、エルが熱いカップに四苦八苦しながら聞いてきた。一瞬、それに答えるべきかどうか迷う。しかし、彼女はアルエルを助けてくれた恩人だ。私との約束も果たしてくれた。ダークエルフは――一部に凶暴なのもいるが――邪悪な存在ではないことは彼女たちとの付き合いを通して理解できた。
私はことのあらましを話した。王都での国王との謁見。ダンジョン協会からの依頼。ホウライへの旅のこと。もちろん、ホウライでの調査で得た情報は話すことができないが、それ以外は全て正直に話した。
「そうですか、大変だったんですね……」
エルが気を使ってか、ちょっと苦笑いしながら言う。言われてみればこの旅自体もそうだが、王都で国王カールランド7世に初めて依頼を受けたときから、何か得体のしれない騒動に巻き込まれていっている気がする。
先ほどまで賑やかだった部屋の空気が、ぐっと重くなる。おい、アルエル。何かパッと明るくなるような話ないの? 肘で突っつく。
「ええっと……あぁ、そうそう。途中でボンくんとロックくんの故郷の村を訪れたんですよ。ボンくんとロックくんって、うちのダンジョンに勤めているスケルトンさんなんですけどね」
「おぉ、そうだったな。なんか閉じ込められちゃって大変だったな」
「ホウライに行くって言ったら、鍵をガチャって閉じられちゃって」
「まぁ、あれは彼なりの優しさだったんだろうけどなぁ」
「そうですねぇ。でもなんとか脱出できて良かったですよね」
「あぁ、その後も大変で――」
そこでホウライの男、ハクと出会ったことを思い出す。「あの男ですか?」とエルが目を丸くして驚いていた。そうだったな。ヤツはここでエルを人質に取ってキョーコを引き渡せと要求してきたんだったな。彼女とも少なからずの因縁を持つ男だ。
「だが、ハクと言う男。キョーコは既に興味がないようだし、そもそもヤツのターゲットは私のようだからな」
少し心配げにしているエルに気にするなと言う。だが、深刻そうに考え込んでいるエルは、そのことを心配していたわけではなかった。
「少し疑問に思うのですが」
エルは首をかしげながら言う。
「どうしてそのハクという男は、バルバトスさまがホウライに行くって知ってたんでしょう? それにピンポイントで現れるなんて変じゃありませんか?」
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