第60話「アルエル……」

「お時間が掛かっちゃってすみませんでした。でも、ご期待以上の結果になっていると思います」


 エルがそう言って胸を張る。


 確かに私は彼女たちにひとつの依頼をした。それはダークエルフたちの生業、調教師テイマーに関わるもの――つまり我々の新たな仲間を探して欲しいというものだ。調教師と言っても、人間とモンスターがコミュニケーションが取れなかった大昔はいざ知らず、今ではお互い意思疎通ができるようになっているので、どちらかと言うと「仲介屋」と言った方が良いのかもしれない。


 その依頼をしてから色々なことがあって、私自身そのことを忘れかけていた。確かミノタウロス級のモンスター、レベル30くらいを所望したはずなのだが。


 しかし、目の前にいるのはうら若き少女。恐らくエルと同じくらいだろうか……。長い赤髪を風に揺らしながら、うつろな目で私を見ている。容姿はキレイなのだが、どこか冷たい表情に思わず背筋に寒気が走る。こういう女の子は苦手なんだよなぁ……。


「いや、エル? 私が希望したのは――」

「はい。レベル30くらいのモンスターでしたよね」

「そうだ」

「あっ、言われてみれば、確かにちょっとだけ違うかも……」


 ちょっとだけ、だと? どう見ても人間の女の子じゃないの? レベル30どころか、モンスターですらないんじゃないの? もしかして、あれか。キョーコみたいなのか。でも、どうみてもホウライ系の顔立ちじゃないように見えるんだけどなぁ。


 私的には、キョーコのようなのは一人で十分だと思っている。力という点で言えば、キョーコはミノタウロスを超えるものを持っている。戦力だけ考えれば、それでもいいのかもしれない。しかし、新しいルートには目新しいモンスターを、という思いもある。


 できればドラゴンなんて理想なんだけど、まぁそこまで無理は言うまい。ドラゴンはモンスターの頂点に立つ存在ではあるが、勝手で気まぐれとも聞く。人に仕えることなどありえないだろう。


「ドラゴンさんですよ?」


 うん、分かってる。それはあくまでも理想。私だってできることとできないことの区別くらい付く。だから、せめてタイタンとかサイクロプス、ワイバーンはちょっと背伸びしすぎかな……?


「ですから、ドラゴンさんなんですってば」


 しつこいぞ、エル。何度も言わなくても分――えっ?


「ドラゴンのチーロンさんです。チーちゃんって読んであげて下さいね」


 え……何言ってるの、この子? ドラゴン? チーちゃん? どう見ても私の知ってるドラゴンじゃないんだけど……。


「あー、チーちゃんは色々なものに化けられますからね。人間に化けたときの姿がこれなんですよ。可愛いですよね?」


 いや「ね?」って言われても……。戸惑っている私を見て「あぁ、それはそうですよね」とエルが手を叩く。


「こんな可愛い子がドラゴンだなんていきなり言われても、信じられないですよね」

「まぁ……それはそうだな……」

「ね、チーちゃん。ドラゴンさんに変身してみてあげて。えっ……えー、あれ言わなきゃダメ? うーん……分かった」


 エルはコホンと小さく咳払いすると両手を空へ掲げる。


「我が地を守護せし太古の赤龍よ。今こそ、我の前にその真の姿を表し示しちゃまえ!」


 おい、肝心なところで噛んでるぞ。本人も分かっているらしく、両手で顔を覆って座り込んでいる。だが、その言葉と共に、赤髪の少女の周りに赤い渦が巻き起こる。それは徐々に濃く太くなっていき、やがて彼女の姿をすっぽり覆い隠してしまった。


 続いて眩しいほどの閃光が光る。同時に赤い雲は飛散し、中から巨大な赤い龍が姿を現した。首が痛くなるほど見上げなければ全身を見ることができないほどの巨体。見紛うことなく、昔図鑑でみた赤龍そのものだった。


 赤龍はその長い首を天へとゆっくりと向けると、巨大な口を大きく開く。耳をつんざくほどの咆哮と、口から巨大な火柱が立ち登った。


 うおーーー! なんだ、これ。すげー!! って言うか熱いっ! 火の粉がローブに……焦げてる焦げてる! エル、分かった! もう十分だっ!!


「チーちゃん! もういいって!!」


 その声でドラゴンは動きを止める。首を垂れ赤く燃えるような瞳を閉じた。まるでスローモーションを見ているかのような動きで、ドラゴンの巨体が小さく変化していく。そしてそれはあっという間に元の姿、赤髪の少女へと戻っていった。


「どうですか? チーちゃん、凄いでしょ?」


 エルが得意げな表情で聞いてくる。私は感動していた。本の中でしか見たことがなかった伝説のモンスター。ドラゴンはその強大な力で恐れられてはいるが、その反面人間にとっては憧れの存在でもある。それが目の前にいる。


 しかしそこでふと思う。ドラゴンは誰かに仕えたり、使役されたりしないはず。私とて彼女に無茶な要求をするつもりはないが、それでもダンジョンで働くからには言うことを聞いてもらわないといけないこともある。


「あー、そのことなら大丈夫ですよ」


 エルが赤龍チーロンの肩に両手を添えて言う。


「チーちゃんはですね。ずっと前にバルバトスさまに……もごもごっ!」


 チーロンが慌てた様子でエルの口を塞いでいた。「え……? 言っちゃダメなの? 恥ずかしい? いいじゃない。ちゃんと言っておいたほうがいいって」エルとチーロンが座り込んで何やらヒソヒソ話しをしている。何? 私? いや、多分初対面なんだけど……。


「えー、チーちゃんの許可も得られたので続けますね」


 チーロンはやや不服そうに頬をぷくーっと膨らませているが、エルは構わず話を続ける。


「チーちゃんは、ずっと昔バルバトスさまにお会いしてるんですよ」

「えっ。いつ? 私は初対面だと思っていたのだが」

「こうやって面と向かってお話するのは初めてだと思いますよ。初めて会ったのは……ええっと、10年くらい前? 私の先代がまだ存命だった頃ですね」


 んー? と言うことは、もしかして私が父とここへやってきたとき。アルエルを保護し、我々で引き取ると交渉しにやって来たときか……?


「そうですっ! そのときに初めてバルバトスさまを見てたんですよ。陰からチラッとらしいですけどね。でっ! ……言っていい? うん。でっ! バルバトスさまに一目惚れしちゃったらしいんですよね!」


 ええっと……? って、えええええ!? 一目惚れ!? 私に? ドラゴンのチーロンさんがっ!?


 頭が混乱してしまう。が、言っている意味は理解できる。


「あ、でも。一目惚れって言っても、人間の言う一目惚れとはちょっと違ってですね。ドラゴン的な一目惚れなんですよ」


 エルの補足が理解できない。何、ドラゴン的一目惚れって?


「ええっと……。上手く言えないんですけど、男女のあれこれ……って意味よりも……主従の関係……みたいな? 合ってる?」


 エルがチーロンに問いかけると、チーロンはコクンと小さくうなずいた。エルの解説によれば「愛してる!」という感情よりも「この人になら仕えたい!」という気持ちに近いそうだ。と言っても「愛してる」がないわけでもないとも言う。むぅ、難しいなドラゴンの感情というやつは。


「まぁそんな感じで、チーちゃんはずっと『バルバトスさまの近くにいたい』って思ってたらしんですよね。それで、この前バルバトスさまがやって来られたとき再会できたことに運命を感じて、私に相談してくれたって訳なんです」


 あー。あのときもいたの? どうやら遠くの木陰からこっそり見ていたらしい。


「それならちょうどいいから、バルバトスさまのところに行ったらいいじゃないって言ってたんですけど、チーちゃんなかなか決心がつかなくって……だからちょっと時間がかかっちゃいました」


 なるほど。なんとなく経緯は分かった。でも決心って何よ? それにさっきからこの子全然しゃべらないし。エルの陰に隠れて半身だけをのぞかせながら、じぃぃぃっとこちらを見ている。それに顔が真っ赤なのは赤龍だからなのか?


「チーちゃんはとっても恥ずかしがり屋さんなんですよ」


 そうか……。恥ずかしがり屋さんのドラゴンってあまり聞いたことがないんだけどな。まぁ赤龍と一口に言っても、色々なタイプがあるのだろう。ようやく気持ちが落ち着いてきて、冷静に考えられるようになってきた。そこで、もうひとつ問題点があることに気づく。


 それを確認しようとしたときだった。背後の方で「バルバトスさまぁ……。朝ごはんまだですかぁ……?」という寝ぼけた声が聞こえてきた。アルエル、やっと目が覚めたのか。ちょっと色々あって、お前のこと忘れかけてたぞ。


 アルエルは目をこすりながら、私の側まで歩いてくる。ぼけーっとした目で「あれ、ここは? この方たちは……?」とキョロキョロ辺りを見回した。エルのところでふと視線が止まり、眠そうな目が大きく見開かれる。


 あ、しまった。いくらアルエルを追放した先代はもういないとは言え、エルたちはその一族だ。アルエルがエルのことを知っている可能性もある。と言うか、歳を考えれば知っていない方がおかしいくらいだ。


 となれば、エルたちに対して良い感情を持っているとは限らない。昔のこととは言え、自分を追い出した一族なのだ。むしろ憎んでいても当たり前だろう。


 「アルエル……」彼女をすぐにここから連れ出した方がいいのかと思い、肩に手をかけようかと思ったときのことだった。アルエルの瞳から涙が溢れ出し、両手を広げてエルたちの方へと駆け寄り出した。


「エルちゃーん! チーちゃーん! お久しぶりですぅー!!」


 えっ……。そういう反応なの……?

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