第55話「今は平和で」

「お前は……」


 街道に一陣の風が吹き、道端に溜まっていた枯れ葉をカサカサと揺らす。少し遅れて彼がまとっていたローブも緩やかに揺れた。


 ダークエルフたちの拠点、漆黒の森。そこで出会ったホウライからの使者。キョーコを渡せと我々を脅した男だ。ホウライに向かうこのタイミングで出てくるとは……いや、そうか。


「奇遇、というわけでもなさそうだな」

「当然、と言いたいところだが、実際には邪魔者が入ってやや計画が押しているがな」

「貴様……彼らに手を出したら――」

「おいおい、勘違いするなよ。俺はスケルトンなんかに興味はない」


 そこまで言って男はニヤリと笑う。再びキョーコを狙っているのか? それを問いかけて良いものかどうか迷っていると「それも違うぜ、バルバトス」とおどけたような仕草で言う。


「キョーコという娘、あれは事情が変わった」

「何が変わったというのだ」

「それは言えるわけがないだろう? 言えないことを訊くのは野暮ってもんだぜ」


 男がキョーコを狙う理由。それはキョーコの持っている強化魔法だろう。あれは間違いなくホウライ由来のものだ。そしてそれを、この男も使うのを漆黒の森で見た。つまり、ホウライの魔法を使えるのは、キョーコだけではないということだ。


 失われた魔法――それも過去に大陸を席巻した魔法――が復活している。


 それは他の国々にとって脅威以外の何者でもない。と言うことは、それを察知したカールランド7世が、私を使ってホウライの現状を探らせようとしているのが、今回の任務なのだろうか?


 しかし疑問点は残る。


 魔法が復活したと言うのなら、何故キョーコを狙うのか? その理由が「キョーコをホウライの戦力として使う」というのは考えにくい。いくらキョーコの魔法が強大だと言っても、国と国の戦争において個人の力量が戦局を左右するようなことは考えられない。


 あ、いや、キョーコだったらそれもあるかも……。


 いやいや、待て待て。流石にそれはない。となると「復活した魔法が不完全で、キョーコから秘密を引き出そうとしていた」という線。あくまでも予想はあるが、これがもっともらしい考え方だと思った。


 私が考えを巡らせていると、男はローブの中から紙の束を取り出した。「お前の知りたいことはここに全て書かれている」そう言って、魔導馬車の上に置く。


「私の知りたいことだと……?」

「隠さなくてもいい。お前がカールランド王国に命じられて、ホウライを調査することは分かっている」

「一体何のことを言っているのか分からないが」

「おいおい、こんな大陸のど真ん中までやって来て『観光です』なんて言うつもりか?」

「他国のダンジョン事情を探るための視察だ」

「ホウライには、もうロクなダンジョンは残ってないぜ」

「そうか、それは残念だな」


 男は呆れたようにため息をつく。「まぁ、いいさ」そう言って男はゆっくりと後退する。


「信じるも信じないもお前の自由だ、バルバトス」

「名も知らぬヤツのことを信じられるわけがないだろう」

「あぁ、そうか。そう言えば名乗ってなかったな。俺の名はハク。お察しの通り、ホウライの人間だ。いや、生き残りと言った方がいいのかもな」


 次の瞬間、男――ハク――の姿が消える。


「せいぜい、ホウライ観光を楽しむんだな」


 ハクの声だけが、闇夜にこだました。


「バ、バルバトスさまぁ」


 アルエルが心配そうな顔でローブの裾を掴んできた。そうか、怖かったよな。頭を撫でて「大丈夫だ」と言うと少しホッとしたような顔をしていた。


 ひとまずはここにいるのも危険だろう。探知魔法を使ってみると、ハクの痕跡は発見できなかったが、いつ戻って来るか分からない。魔力蓄積装置にアルエルを繋いでいる間に、ハクが置いていった紙の束を見てみた。


 それはホウライの全地形が書かれた地図、人口、兵力の配置などで構成されており、私が調べるべきことが全て書かれていた。当然、信用することなどできない。ホウライの人間であるハクが、ホウライの情報を私に渡す理由がない。


 これは私に偽の情報を流して、王国を油断させる意図……なのだろうか? それにしては余りにもやり方が稚拙だと思うのだが。


「できましたっ! 満タンです、バルバトスさま!」


 アルエルが「ふぃ〜」と、わざとらしいくらいの「一仕事しました感」を醸し出しながら額を腕で拭いている。いや、汗出てないでしょ? こんなに寒いのに。むしろ、腕に鳥肌立ってるじゃない。でもまぁ、アルエルがついて来てくれて、助かっているのは確かだ。それは魔力云々は別として、単純に楽しいというのがある。


 一人で来ていれば、きっとつまらない旅になっていたと思う。そういう意味では彼女には感謝しなくてはならないのだろう。


「魔力を注いだら、お腹が空いちゃいました」


 魔導馬車に乗り込むやいなや、そう言ってリブのサンドウィッチにかぶりついているのを見て、そう思った。


 再び魔導馬車に揺られて街道を進む。1時間ほど走ると山脈を下り、宿場町に到着した。宿を取り一晩過ごし、食料を買い込んで再び馬車を走らせる。昨日の教訓を活かし、今度はアルエルの欲しいものをたっぷりと馬車後部に詰め込んだ。


 昼間はひたすら東を目指し、夜になると馬車を止める。テントを設営し、アルエルにたらふく食べさせた後で魔力を補充。翌朝出発。それを6回ほど繰り返すと、いよいよホウライとの国境に差し掛かる。


 ダンジョン協会からもらった地図と、ハクが残していった資料にあった地図。それを見比べてみると、今いる場所がほぼ国境辺りにいることが分かる。それにしても、両者が驚くほど一致しているのはどういうことなのだろう? 地図だけは正確なものを用意して、私たちを信用させようとしているのだろうか?


 魔導馬車を降りて、辺りを見回す。国境と言っても、明確に区切りがあったり関所があるわけでもない。街道の左右には見渡す限りの荒涼とした土地が広がっている。かつては農村部だったのだろうか、ぽつりぽつりと民家のような建物が建っている。


 しかしそれのどれも、焼けただれ崩れ落ちていた。畑だった大地は雑草が生い茂り、もはやその痕跡すら消え去ろうとしているようだった。


「ちょっと寂しいところですね」

「あぁ、先の大戦前までは、そこそこ繁栄していたようだがな」

「そんなに激しい戦いだったんですか?」

「そう聞いている。もちろん私も本で読んだりしただけだがな。大陸全土を席巻したホウライが、やがて追い返され元々の土地さえ失っていったらしい」

「それでこんなことになってるんですね……」


 戦争は国を疲弊させると言うが、実際には疲弊するのはそこに住む人たちだ。ホウライが仕掛けた戦争だから当然の報いだ、と言うことはできるだろうが、ここに住んでいた人たちが戦争を望んでいたわけではあるまい。


「今は平和でよかったですね」


 アルエルは少しだけ寂しそうな顔をしながらも、笑顔でそう言った。そうだな、それが続けば良いのだが。


 魔導馬車で先へ進む。日没前には、ホウライの首都アスカの近郊までやって来れた。この辺りまで来ると流石に民家も増え、人の往来も目に付くようになってきた。地図を確認し、近場の宿を探す。


「わー、久々のベッドですぅ!」


 アルエルがポンとベッドに飛び込んで、そのままゴロゴロしていた。私などは『最後の審判』で雑魚寝したこともあったし、展望台で寒さの中震えながら過ごしたこともあったし、まぁこういうのには慣れている。しかし、アルエルにとっては初めてと言っていいほどの経験だったのだろう。


 ゴツゴツした地面で寝る日々を過ごせば、快適なベッドが恋しくなる気持ちも理解できる。枕を抱えながら「やわらかーい!」とはしゃいでいるアルエルを見て、微笑ましく思っていた。


 唯一の問題は……二人部屋ということだ。

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