第54話「久しぶりじゃないか」

「おい、リブ! ここを開けてくれ!」


  扉を何度も叩きながら叫び続けた。しばらくすると扉の向こうから「ホウライ……イマハ、トテモキケン。ソンナバショニ、バルバトスサマト、アルエルサンヲ、イカセルワケニハ……」というリブの小さな声が聞こえてきた。


 なるほど……。一瞬、何か裏があるのかと彼のことを疑ってしまったが、どうやら本気で心配してくれていることに間違いはなさそうだ。しかしそうは言っても、この状況は困るということには変わりない。


 一晩泊めてもらうことは問題ないが、いつまでもここに足止めされるわけにはいかない。しかしドアは見た目以上に頑丈に作られており、蹴破ることも難しそうだった。どうするべきか頭を捻るが、良いアイディアは浮かばない。


「アルエルよ」ベッドに腰掛けながらため息をつく。


「なんですか? バルバトスさま」

「どうしてこんなことに、なっちゃったんだろうな?」

「どうしてこんなことに、なっちゃったんでしょうね?」


 隣に座っているアルエルを振り返ると、すかさずそっぽを向く。むぅ……。仕方なく改めて部屋を見回してみた。リブが鍵をかけてしまった扉の対角に、もうひとつ同じような扉があった。念のためドアノブに手をかけてみるが、やはり開かない。


 それにしてもベッドサイドに2つのランタンがあるだけなのにやけに部屋が明るいな、と思って見上げると、天井には大きな天窓が備え付けられていた。白く大きな月が、明るく部屋の中を照らしていた。


「わー、まんまるお月さまですねぇ」

「うむ、満月……かな?」

「キレイですねぇ」


 そうだな、とうなずいたところで、そんなことをしている場合ではないことを思い出す。このまま一晩泊めてもらえれば、朝にリブが朝食を運んできてくれるだろう。彼らとて、私たちを永遠に閉じ込めておく気はないはずだ。そこでなんとか説得できれば……。


 しかし、できなかったときのことを思うと、その選択肢は取りづらいとも思う。やはりここは、なんとかして気づかれない内にお暇しなければ。


 もう一度天窓を見上げる。手を伸ばしてみたが、届きそうにない。部屋の隅に置いてあった椅子を持ってきてそれに乗ってみる。もう少しで金具に手が届きそう……なのだが、やはり無理そうだ。


「アルエル、ロープのようなものは持っているか?」


 すかさず巨大なバックパックから、巻き取られたロープが取り出される。お前、どうしてこんなものを持ってこようと思ったの……? 突っ込みたい衝動を我慢して、アルエルに説明する。


 まず、私を踏み台にしてアルエルが天窓に登る。室内に垂らしておいたロープを私が持つ。アルエルはロープの逆側を掴んで外へ降りる。今度は私がそれを伝って外へ脱出するという寸法だ。


「よし、いいぞ」ちょうど天窓の真下に四つ這いになる。

「じゃぁ、失礼しますっ!」と、背中にアルエルの足の感触が……って、重たいっ! なんだ、これ!? アルエル、重たすぎっ!!


「それは流石に失礼ですぅ」という不満げな声。首を捻ってみると、背中にバックパックを背負ったアルエルが天窓に手をかけている姿が見えた。あぁ、そっちが重いのね。天窓の金具が外れる音がして、何かが軋むような音。少し冷たい風が吹き込んできた。


「開きました!」

「よし、天窓に登れるか?」

「もう……ちょっと」


 アルエルが天窓の縁を掴もうと格闘し、私の背中を容赦なく踏みつけてくる。


「が、頑張れ……」

「バルバトスさま、もう少し上げてもらえませんか?」

「むっ、無茶を言うな!」


 アルエルが背中を蹴る。同時に「バルバトスさまぁ」という泣きそうな声。見上げると、アルエルが天窓の縁にぶら~んとぶら下がっていた。


「よし、いいぞ、アルエル。そのまま登るんだ」

「むっ、無理ですぅ」


 ぶら下がっているアルエルの腕がプルプルと震えている。咄嗟にアルエルの足を掴み持ち上げる。


「よし、いくぞ」

「胸が……胸が引っかかってます」

「お前……、そんなところで胸ありますアピールをするんじゃありません。そもそもそんなに大きくな――」

「それも失礼ですぅ!」


 アルエルが足をバタバタさせ、私は思わず手を離した。同時にアルエルの足が私の顔面を蹴り上げ、その反動で彼女が天窓に登るのが見えた。おでこを抑えながら見上げると、不満そうにアルエルがロープを垂れ下げてきた。「私だって、そこそこのモノを持ってるんですよ」


 私たちは悪戦苦闘しながらも、なんとか部屋からの脱出に成功した。ロープを回収し、左右を確認する。辺りはシンと静まり返っているが、村の中央を抜けていくのは流石にマズイだろう。


 一旦森へ入って、迂回しながら魔導馬車まで戻るか。そうアルエルと相談していたときのことだった。突然辺りが明るく光る。振り返るとランタンを手に持ったリブが立っていた。


「ヤッパリ、イクノ?」


 少し悲しそうな顔をしていたのを見て、なんだか悪いことをしているような気がしてきた。しかし、いつまでもここにいるわけにもいかないし、彼らに軟禁されるいわれもない。私が黙ったままうなずくと、リブは「チョット、マッテテ」と建物の中へと消えていく。


 その様子からこれ以上引き止めるわけではなさそうだと思い、しばらく待っているとリブが大きな包を抱えて帰ってきた。「コレ、アシタノ、チョウショクヨウニ、ツクッタ。トチュウデ、タベテネ」開けてみると美味しそうな色とりどりのサンドウィッチが。


 料理好きのスケルトンがいるとは思わなかったが、まぁ考えてみれば色々なタイプの人間がいるように、色々なタイプのスケルトンがいてもおかしくない……のだろう。


「すっかり世話になってしまったな」

「コチラコソ、トジコメチャッテ、ゴメンネ」

「ホウライは……そんなに危険なのか?」

「ウン……。オウトシュウヘンハ、マシダケド、コウガイハ、トテモキケン」

「心得た。気をつけていくよ」

「リブくん、ありがとね。今度ダンジョンにも遊びに来てね」

「ハイ、アルエルサン。キットイキマス。ボントロックニモ、アイタイシ」


 魔導馬車まで見送るというリブに「大丈夫だ」と告げて別れる。見えなくなるまで手を振ってくれるリブを見て、改めて「スケルトンには良いヤツが多なぁ」と思う。任務中でなければ、もう少しゆっくりしたいくらいだ。


「バルバトスさま、私思ったんですけど」


 暗い夜道を歩きながらアルエルが振り返った。


「よく考えたら、あんなに苦労しなくても良かったんじゃないですか?」

「何がだ?」

「ほら、さっきの天窓。バルバトスさまの飛翔魔法なら、サッと開けられたんじゃないかなぁって」


 気づいてた。実は、先程ロープを巻き取りながら「あっ」と思ってた。しかし敢えて黙っていた。だってさ、恥ずかしいじゃない? アルエルに足蹴にされながら、痛い思いまでして苦労して脱出してさ。その後で「あー、飛翔魔法使えばよかったなぁ」って言えないじゃない?


「ねぇ、バルバトスさま? どうして使わなかったんですか? 魔法」


 アルエルは「なんで? どうして?」という純粋な目で私に問いかける。この天然娘めっ! みなまで言うな。そこは察しろ! 「魔法を使えばよかった」ことには気づくくせに、どうして「もしかして忘れてたのかな?」という気遣いができないの?


「バルバトスさま?」

「いや、それは……ほら、私の魔法は力が強すぎて、あんな狭い所で使っちゃったら飛び過ぎじゃうっていうか……天井壊したら……な?」

「あー、なるほど!」


 本当にバカな子で良かった。


 ホッとしたところで、ようやく森を抜けた。アルエルに魔力を注入させて出発だ。宿場町まで行き、そこで一泊するか。


 そんなことを考えていたときのことだった。街道は暗闇に包まれて、ぼんやりと魔導馬車のシルエットが見えていた。その隣に人影が見えた。もしかしてリブのヤツ。やっぱり見送りに来たというのか?


 近づいてみると、それが誰であるかはっきりした。それは思いもよらぬヤツだった。私たちがそれに気づいて立ち止まると、彼が口を開いた。


「久しぶりじゃないか。バルバトス」

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