第53話「ホウライ……」

 草を踏みしめる音が徐々に近づいてくる。眼の前には数え切れないほどのスケルトンたちが、私たちの方へと向かって来ていた。手には大小様々な剣を持っており、中には鎧を着込んだ者や盾を手にしている者もいる。


 魔法の詠唱は間に合わない。一撃はなんとか凌いで、返す刀で『無敵の大砲バトルタンク』を放つ。あの魔法であれば、スケルトンたちのほとんどを撃退することは可能だろう。ただし、その一撃で私の命が奪われなければ、の話だが。


 スケルトンの攻撃に、思わず身を固くした瞬間……突然、先頭を走っていたスケルトンが立ち止まった。後続のスケルトンたちも慌てて止まろうとするが、更に後ろからやってきている他のスケルトンに押される形でぶつかり合い、ガシャガシャと音を立てながら……山積みになった。


 唖然としている私を見上げた1匹のスケルトンが口を開く。


「アノ……モシカシテ『鮮血ノダンジョン』ノ、カタ……?」


 スケルトン特有の片言言葉に、一瞬意味が理解できないでいたが咄嗟に「あ、あぁ」とうなずく。山積みになったスケルトンたちから歓声が上がった。


「ホラ! ヤッパリ、ソウダッタ!!」

「コンナトコロデ、アエルナンテナー」

「ボント、ロックノ、オセワニナッテイル、トコ!」

「センケツノ、ダンジョンノ、カタ。トテモ、ユウメイジン」

「ナマデ、ミルト、ヤッパ、スゴイ!」

「アエルノ、トテモ、ウレシイ!」


 ようやく山積み状態から開放されたスケルトンたちが口々にそう言い合いってる。そうか、ボンやロックの出身地はこの辺だったか。ということは、彼らは知り合いということになるのだろう。


 戦闘にならなかったことに、ホッと胸を撫で下ろす。


 それにしてもウチは田舎の弱小ダンジョンだとは思っていたが……そうかぁ、私はそんなに有名人だったのか。生の魔王を見て感激しているというわけだな。まぁ、無理もあるまい。そう、我こそは鮮血のダンジョンマスター、バルバトスなのだから。


 彼らは「アノ、アクシュ、シテモラッテモ、イイデスカ?」と手を差し伸べてきた。まぁ普段はそんなことはしないのだが? ボンやロックの知り合いであれば、やぶさかではない。


 うむ、と手を差し出す。スケルトンたちは行儀よく列をなして我々の方へと歩み寄る。先頭の1匹の手が私の手を握……ろうとして、そのまますり抜けた。


「えっ!?」


 振り返ると、スケルトンが私の後ろで震えていたアルエルの手を取っていた。


「カンゲキ、デス!」

「アノ、デンセツノ、エシ。アルエルサンニ、アエルナンテ!」

「サイン、モラッテモイイデスカ?」

「ワーイ! カホウニ、シマス!」


 アルエルを取り囲むようにスケルトンたちが群がっていく。彼らの話を総合すると、どうやらアルエルはあのポスターの一件以降、書いたイラストを魔導ネットに投稿していたらしい。いつの間にかそれが人気となり「鮮血のダンジョンの絵師、アルエル」という名前は、大陸の中でも有名なものになっていたらしい。


「トコロデ、アルエルサン。コチラノカタハ?」


 宙に出したまま行き場を失っていた腕を、愕然としながら見ていた私へ追い打ちをかけるように、1匹のスケルトンがそう尋ねる。アルエルが慌てて「こちらの方は、バルバトスさまですっ!」と指摘するが、スケルトンたちは「バルバ……トス……?」と首を傾げている。


 やはり、このスケルトンたち。魔法でなぎ払ってしまおうかと、一瞬殺意が湧く。


「鮮血のダンジョンのマスター、バルバトスさまですよ!?」


 再度そう指摘されて、スケルトンたちはようやく私が誰であるのか分かったようで、慌てて一斉にひれ伏した。


「マサカ、アノ、バルバトスサマトハ……」と平身低頭で謝っているのを見て「まぁ、我はそんな小さいことは気にはせぬ」と懐の深さを示す。そう、本当の大物というものは、そんな小さいなことでいちいち怒ったりしないものだ。


「テッキリ、アルエルサンノ、オツキノカタ、カト」

「チョットダケ、ノウミンッポカッタノデ……」

「イワレテミレバ、マオウサマラシイ、オーラガ、アルヨウナ、ナイヨウナ……」


「お前ら」


 怒らない、怒ったりしない。でも、魔王というものがどういうものなのか、キッチリ教育する必要はあるようだな……?


「ヒィ」

「ダメですよ、バルバトスさま。みんな怖がってます」


 いや、魔王は恐れられてナンボだろ。最近、ちょっと扱いが雑になってきているから。私ですらすっかり忘れかけているけれど……。


 まぁいい。それよりもだ。


 私はスケルトンたちに事情を説明した。アルエルが腹ペコなのを話すと、彼らはこぞって「ソレナラ、ボクタチノムラヘ、キテクダサイ!」と胸を……いや、肋骨を叩いた。森の奥深くへ入っていくスケルトンたちについて行くと、やがて少し開けた場所へ出る。


  ダークエルフの村に比べるとややこじんまりとしているが、雰囲気はやや異なる。歩道には石畳が敷かれ、その両脇には可愛らしい花が植えられている。丸太を組んで作ったログハウスには、レンガで出来た煙突が付いており、そのいくつかからはのんびりと煙が上がっていた。少し離れたところには小川が流れ、それに架けられた木製の橋の周囲では、小さなスケルトンたちが駆け回って遊んでいる。


 正直なところ「スケルトンの村」と聞いたとき、薄暗い洞窟でジメジメしており、周囲には骨が散乱している。そんなイメージを持ってしまった。って言うか、これを想像する方が難しいだろうというくらい、ほのぼのとした雰囲気の村だった。


「ボクノ、ウチニキテクダサイネ。ゴハン、ヨウイシマス」


 初めて会ったときに、真っ先に駆け寄ってきたスケルトンがそう言う。彼はリブと名乗った。どうやらここのリーダーらしい。リブは私たちをリビングに案内すると、キッチンへと向かう。トントンという何かを切る音や、グツグツという何かを煮込んでいる音などが聞こえてくる。


 まさかスケルトンに料理を振る舞ってもらうことになるとはな……。やや、微妙な気持ちになりながらも、クッションの効いた椅子の座り心地にゆったりとした気持ちになってきた。


「よかったですね、バルバトスさま。ボンくんたちのお友達に会えて」

「まぁ、そうだな。誰かさんのお陰で、危うく立ち往生するところだったからな」

「くぅーっ! やっぱり釣り竿だけじゃなくって、缶詰とかもたくさん持ってくるべきでした」


 アルエルの言う通り、確かにその点は考慮が足りなかった。カールランド王国周辺では宿場町なども多かったのだが、東へ進むに連れてそれも少なくなってきていた。これほど遠くまで来たことは今までなかったとは言え、もう少し調べておけばよかった。


 ダンジョン協会――すなわちカールランド王国からの「ホウライの調査」という調査依頼。その内容自体は思っていた以上に危険はなさそうだった。首都アスカの現状、皇帝や皇室などの噂話、軍備などの確認……。事前に渡された用紙を見る限りでは、1,2週間程度の滞在で調べることができるようなものばかりだ。


 それ故に油断していたのかもしれない。このような考えではホウライに辿り着く前に、行き倒れてしまいかねない。私だけならともかく、今回はアルエルもいるのだ。もう少し慎重にならないといけない。


「オマタセ〜。タクサン、タベテネー!」


 リブが両手に抱えたお皿をテーブルに並べていく。湯気が上がっている山盛りのソーセージに、いい香りのするゴロゴロじゃがいものたっぷり入ったシチュー。新鮮で色とりどりの野菜が鮮やかに盛り付けられたサラダ、外はパリッとしてて中はふんわりのパンは、ピリッとガーリックの味がしていて、いくらでも食べられてしまう。


「美味いっ!」

「美味しいですぅ」


 それにしてもスケルトンは結構良いものを食べているんだな。ボンが食べ物にうるさいのも、そういうことだったんだな。そんなことを考えながらも、夢中で食事を平らげていく。


 すっかり食べすぎてお腹がいっぱいになってしまい、リブに礼を言ってからソファーでくつろぐ。リブが食後のコーヒーを淹れてくれて、それを飲みながら私は何気なく「ホウライに行くのだが、ここからだとどのくらいの距離だ?」と尋ねてみた。


 それを聞いたリブの表情がサッと曇る。


「ホウライ……ドウシテモ、イクノ?」


 リブが念を押すように問いかけてくる。どうやら心配してくれているようだと思った私は「あぁ、ちょっとヤボ用があってな」と、それを払拭するようにおどけながら答えた。


 リブはそれ以上追求せず、代わりに「キョウハ、オソイデスカラ、トマッテイッテクダサイ」と奥の部屋を指さした。窓の外を見ると、いつの間にか辺りは薄暗くなりかけていた。とは言え、これ以上好意に甘えるのもどうかと思って固辞したのだが、リブは「ゼヒ。デンセツノ、エシサント、ダンジョンマスターサマヲ、コンナオソイジカンニ、ホウリダセナイヨ」と扉を開く。


 小さな部屋だったが、ベッドが2つにテーブルなどが設えてあった。まぁ、そこまで言われると断るのも逆に失礼かな、と思い部屋へ入る。「ゴユックリ〜」とリブが扉を閉める。そしてガチャリという鍵のかかる音が続いた。


「えっ、おい」


 慌ててドアノブに手をかけるが、鍵がかかっており扉は開かない。「おい、リブ! ちょっと開けてくれ!」扉を叩きながらそう叫んでみたが返事はなかった。


 どういうことだ……?

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