第52話「どうしてこんなことに」

「アルエルよ」

「なんですか? バルバトスさま」

「どうしてこんなことに、なっちゃったんだろうな?」

「どうしてこんなことに、なっちゃったんでしょうね?」


 隣に座っているアルエルを振り返ると、すかさずそっぽを向く。むぅ……。


 ニコラの造った魔導馬車(そう呼ぶことにした)でダンジョンを出発したのが一週間ほど前のこと。初日は驚くほど順調だった。


 魔導馬車は蓄積している魔力を使って走行することができる。魔導掘削機のエンジンが車体の前部に組み込まれており、その隣には魔力を貯めておく部品も設置されていた。


 魔導器と呼ばれる物は、魔法術式が組み込まれ、そこに魔力が封印されたものを指す。それにより魔法を使えない者でも、魔導器を使うことは可能になった。私も小さい頃に、使わなくなった魔導器の魔法術式を組み替えて遊んだりしたものだ。


 ニコラが言うには『魔導器には魔法を蓄積する装置が組み込まれているんですよ。それをたくさんつなぎ合わせて、ひとつの巨大な魔力蓄積装置に仕上げました!』とのことだ。その後、倉庫の片隅に、無残な姿になった魔導器たちが転がっているのを見つけて愕然とした。


 が、まぁそうは言っても、なかなか面白い物を造ったものだとは思う。馬に鞭打つことなく、ペダルを踏むだけで前進する。ハンドルを左右に回すだけで方向転換もできる。これは経験したことのない面白さだと思った。アルエルも「すごーい! 速ーいっ!!」と大興奮していた。


 王都への街道を進み、途中で東へ伸びる大きな街道へ入る。ホウライの首都『アスカ』へは、この街道を東へ進めば到達できる。ほぼ大陸を横断することになるので、普通の馬車で行けば1ヶ月は掛からないといったところだが、この魔導馬車の足があれば半分程度で行けるだろう。


 ただ、街道を行き交う人たちの視線が痛いのが問題だが……。


 初日の夕暮れ時に近くの宿場まで行けないことに気づき、街道から少し外れた所で野営することにした。アルエルが背中のバックパックからテントを取り出し、わざとらしいほどのポーズを取りながら言う。


「やっぱりちゃんと荷物持ってきて良かったでしょ、バルバトスさま?」

「……あ、あぁ……」

「ね? 良かったですよね?」

「そうだな……」

「どうして目を逸らすんですか?」


 うるさいっ! ドヤ顔のアルエルにちょっとだけイラッとする。仕方なく褒めてやると、満面の笑みを浮かべていた。


 そう言えば、最近は褒めてやることもなかったなぁ、怒ってばかりだったかも、なんてことをしみじみ思う。が、薪に火をつけるマッチを取り出しながら、お湯を沸かす小鍋を手に持ちながら、カップを手渡してきながら、寝袋を並べながら、いちいちドヤ顔するのを見て、半分はお前のせいだ、と思い直した。


 2日目、3日目と順調に東を目指した。そして1週間が経ったころ。


 私たちは大陸の東西を分断しているウェリンストン山脈に差し掛かっていた。山脈は南北に大きく広がっており、迂回するのは難しい。だが、山脈の中央には、やや標高の低い部分があり、街道はそこを通っている。


 低いと言っても、そこそこの高さがあるのは確かで、今回のように街道を通り大陸の東西を移動する際には、最大の難所として知られている地ではある。馬車であれば、頻繁に休憩を挟みながらでないと踏破できないのだが、魔導馬車であれば一気に通過できる……と思っていたのだが。


 もう少しで街道の頂上に達しようかとしたときのことだった。突然、魔導馬車がストンと止まった。「おや?」と思い、キーを捻り直したがうんともすんとも言わない。車外に出て、ニコラが『ぼんねっと』と言っていた扉を開けてみる。


 (元)魔導掘削機のエンジンが中央に鎮座しており、その周辺にはたくさんの歯車がある。端の方に大きな箱が設置されていた。どうやらそれが魔力を蓄積している装置のようだった。箱の上部には針が付いており、それは「0」を指し示している。


 なるほど、つまりは魔力切れ……ということか。「おい、出番だぞ。起きろ」よだれを垂らしながら、ゴーゴーと寝ているアルエルを起こす。


「ん……、そろそろご飯ですかぁ……バルバトスさまぁ……」

「ご飯はさっき食べたばかりでしょ」

「あれじゃぁ足りません~」

「それはお前が『お魚釣って来ますね』って自信満々で川に行ったのに、全然釣れなかったせいじゃないの!?」

「それはそれ、これはこれ、ですぅ……」


 寝ぼけ眼のままブツブツ言いながらも、アルエルが車を降りてきた。


「ほら。ここと、ここ。そう、そこを握って」


 魔力蓄積装置から出ている2本のコードを握らせる。この状態で、アルエルが魔力を注ぐことで、装置に魔力が充填されるという仕組みだ。これまで2度ほど行ったが、流石は魔力の生成だけは桁外れのアルエルだけあって、10分もあれば満タンになることが分かった。


「うーん」

「頑張れ、アルエル」

「うーーん!」


 アルエルは顔を真赤にしながら唸っている。ところが針は一向に上がっていかない。


「気合だ、気合が足りないぞ。アルエル」

「うぅぅーーーーーーんっ!!」

「もっとだ! もっと力を込めて!!」

「ダメですぅ。お腹が空いて力が出ません……」


 確かに魔力の生成は使い手のコンディションによって、その生成速度に変化が出る。例えば傷を負った魔法使いは、魔力の生成が通常よりも遅くなるといった具合だ。ただ「腹が減った」というのが影響するというのは、あまり聞いたことがないが。


 とは言え、肉体的なものより精神的な影響の方が大きいという説もある。この場合は、アルエルの「お腹が空いた」というのが、それほど彼女に精神的なダメージを与えているということだろう……この食いしん坊めっ!


「仕方ないな」


 緩やかに登っている街道を見た。地図によれば、頂上を越え下った所に宿場町があるはずだ。歩いてそこまで行き、食料を調達してくるしかあるまい。飛翔魔法で行く方が早いだろうが、あれは1人で飛ぶのが精一杯だ。アルエルを残して行くわけにはいかない。ため息をつきながら、ぼんねっとを閉めているとアルエルが「バルバトスさまっ」と私の肩を叩いた。


「あ、あれ……」


 アルエルが指さしているのは街道の外れ、鬱蒼と茂った森の中だった。昼間だというのに、森の中は薄暗く陰っており、まるで漆黒の森を思い起こさせるようだった。その闇の中に、キラリと光るものがあった。ひとつ、ふたつとそれが増え、ゆらゆらと揺れている。


 やがて、それが鋼の剣であることが分かった。シルエットがはっきりと見えたころ、それの持ち主が姿を現す。


「スケルトン……か」


 モンスターは我がダンジョンで働いているクルーのように、人間に対して好意的な者も多いが、中には人間社会とは距離を置き敵対している者も多い。まぁ、その辺りは人間とて同じで、町や村で暮らす者、郊外で野盗のようなことをしている者もいるわけだが。


 目の間に現れたスケルトンたちは、手にしている剣を見る限りあまり好意的だとは思えない。スケルトンは、ボンやロックといった部下がいるだけに、手を出したくないというのが本音だ。しかし……あまりに数が多すぎる。


 10体、20体……今もぞろぞろと森から私たちの方へと近づいて来ていて、その数は増えていっている。


「ば、バルバトスさまぁ……」

「下がってろ、アルエル」


 怯えているアルエルを背後にかくまう。やりたくはないが、やるしかない。魔法の詠唱を始めた。スケルトンたちは、私たちを取り囲むように、ゆっくりと近づいてきている。ギリギリ間に合うだろうか……。2発目は打てないかもしれない。一気にケリをつけるしかないだろう。


 そのときだった。


 1匹のスケルトンが、私たちの方へ走り出した。


「バルバトスさまっ!」


 くっ、間に合わない! 一撃はくらう覚悟を決めた。

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