第51話「お久しぶりですっ!」
「……なんだ、これは?」
久々に倉庫に入った私は、しばらく絶句した後そうつぶやいた。ここにはダンジョンの様々な備品が置かれている。建設に使うもの、掃除用品に、ダンジョン用トラップまで、色々なものが所狭しと並べられていた。
その中でも最も大きなものが、中央にドンと置かれた馬車……だったはずなのだが、久しぶりに見るそれは以前の面影はほんのり残しているものの、全く別物に変わり果てていた。
共通点と言えば、4つの車輪が付いていることくらい。外観はかつての木製ではなく、何かの金属でできているようで、黒光りしている。四方には大きな枠が設けられガラスがはめ込まれていた。驚くことに業者席が取っ払われ、馬と連結する器具もなくなっている。
車体の中央に観音開きの扉があり、それを開いて中に入ってみると前部に2脚の椅子。後部は車体に沿うようにぐるりとベンチが設置されている。前の席の左側には、何やら丸いハンドルみたいなものが突き出しており、足元には2つのペダルが生えていた。
後部のベンチに座り呪文を唱えた。目の前にスクリーンが開く。指でそれを操作すると、しばらくしてスクリーンにやや浅黒の、耳の長い幼女が現れた。
「エル」
『バルバトスさま、おひさしぶりですっ!』
彼女は『漆黒の森』に済むダークエルフ。姿からは想像できないが、これでも一族の長である。
『あの……ご依頼の件なのですが……』
エルは決まりの悪そうな顔でモジモジしている。
「あぁ、違う違う。その件はそれほど急がない……急がなくなったと言った方がよいかもな」
『あれっ? そうなのですか?』
「あぁ、だからゆっくりでいいぞ。それよりもだ」
『はい?』
「バカ4人組は、まだそこにいるのか?」
『はいっ! 頑張って修行していますよ』
「そうか、ニコラを呼んできてもらえるか?」
エルが『ちょっとおみゃち……お待ち下さいね』と走り去っていくのを見ながら、私は回顧していた。私たちが王都に向かった日。あの日、徒歩で向かうことになったのは、剣士4人組のひとり、DIY大好き少年のニコラがここで馬車をバラバラにしていたからだった。
それ以来、ここを覗いたことはなかったのだが、他にこんなものを改造するやつはいない。しばらくすると、スクリーンに懐かしい顔が飛び込んできた。
『バルバトスさまっ! ご無沙汰しております!!』
ニコラが顔をクシャッとして笑う。相変わらず笑顔だけはいいヤツなんだよなぁ、笑顔だけは。
「ニコラ、元気にやっているか?」
『はい、そりゃもう! 毎日修行を頑張ってますよ!』
よく見ると、顔のあちこちに油のような染みがついている。一体、何の修行をしているのだか……。
『今日は何かご用なのですか? それともぼくらに逢いたくなって――』
「今、ダンジョンの倉庫に来ているんだが」
『ええ』
「馬車が、何か違うものになっているのだが、これは一体……」
『あー、それはですね。って、あれ? アルエルさんから聞いていませんか?』
「何をだ?」
『ここに来る前に、アルエルさんに説明しておいたんだけどなぁ。バルバトスさまにも言っておいてね、と伝言しておいたのですが』
なるほど。そこで止まっていたわけだな。しかし、それは頼む相手を間違っているぞ、ニコラ。
『ええと……あの後、更に改良を加えてですね。驚かないで下さいよ、バルバトスさま?』
「ん? どういうことだ?」
『なんとですね。もう馬は要らないんですよ!』
「な、何っ!?」
『魔力で動くように改良したんですよ。名付けて「魔導馬車」……って、あれ? 馬が要らないんだから、もう馬車じゃないのか……ええっと……』
「いや、いい。馬車でいい」
変な所でこだわる癖があるからな、こいつは。それにしても魔力で動く馬車だと……? 確かに魔力を原動力として、動かすものはたくさんある。魔導照明もそうだし、今使っている通話も、漆黒の森に魔動機を置いてきたから行えるわけだ。それに、魔導掘削機だって……って……あれ……もしかして。
『ええ、魔導掘削機のエンジンを改良して、馬車に組み込んだんですよ!』
お前かっ! 魔導掘削機なくなったと思ってたけど、お前が犯人か!!
『違いますよ~。ボンくんが遊んでたら壊れちゃったらしくって、それで倉庫の奥に隠してたらしいんですよね。それをぼくが見つけて直しているときに「あれ? これって馬車の動力源に使えるんじゃないか?」って天才的な発想に至ってですね――』
ニコラの説明は続いていたが、私はそれどころではなかった。
昨日の協会での会合。ダンジョンに帰った私はクルーを集めて、事の顛末を全て話した。マルタは「なんてこったい。私が王都に出向いて、もう一度話をつけてきてやるよ」と言っていたが、協会からの依頼を断ることがどうなるのか伝えると、苦虫を噛み潰したような顔をしながら地団駄を踏んでいた。
何人かのクルーが「一緒に行きます!」と手を挙げたが、その中にキョーコは含まれていなかったのを見て、私はホッとした。正直、彼女がどう反応するかは予想できなかった。「あたしも行く」と言われれば断るつもりだったので、色々な説得パターンを考えていたのだが、それが無駄になったのは微妙な心境だ。
「私も連れてって下さいっ!」
アルエルが手を挙げてくれたのは、後から考えると助かった。ニコラの魔導馬車は魔力で動く。アルエルの魔力があれば、道中の魔力切れの心配はあるまい。相変わらず魔法は使えないが、魔力の生成だけならそこそこできるようになってきている。
深夜まで皆で話し合い、結局私とアルエルで向かうことになった。他のクルーたちも行きたがっていたが、今回向かうのはホウライの首都『アスカ』だ。彼の地がいくら荒廃しているからといって、首都にモンスターがいては不自然だ。
「バルバトスさまっ! 準備ができました!」
ニコラの説明が延々と続いている中、背後から声が聞こえた。振り向くとカーキ色のショートパンツに、同じような色のシャツ。くるぶしを覆うほどのブーツを履き、頭には迷彩模様のヘルメットを被ったアルエルが立っていた。
探検隊みたいだな、と言うと「えへへ。この前買ったばかりなんですよね。役に立ってよかったです」とご満悦の様子だ。あぁ、この前来た荷物、それだったのね。
「それはそうと」
アルエルの背後を指さす。
「その荷物はなんだ?」
アルエルは背中にバックパックを背負っていた。それは別にいい。荷物を用意しろと言ったのは私だしな。しかし、問題はその量。アルエルが背負っているバックバックは、彼女よりも大きなものだった。バックパックをアルエルが背負っているというよりは、バックパックがアルエルに乗っかっているようにも見える。
「ちょっと、それ開けてみろ」
「いやです」
「そんなに荷物、要らないだろ!? お前、何持っていくつもりなの?」
「女の子には色々必要なんですよ!?」
そう言われると無理やりには開けにくい。でもさ、バックパックにぶら下がっているフライパンやカップはまだ分かるけど、その上から飛び出しているの。それ釣り竿じゃない? 釣り竿だよね? 遊びに行くんじゃないんだよ? 分かってる?
「でも、途中で食料がなくなっちゃったら大変ですし」
あ~、確かに! 流石アルエルだ。よくそんなことに気がついたな。釣り竿、必須だよね。あった方がいいよね!
って、そんなわけあるかー! アルエルの背後に回り、無理やりバックパックの金具に手をかける。
「ちょ……バルバトスさまっ!?」
「要らないものを持っていく必要はありません!」
「ダメですって! バルバトスさま、そんなとこ触っちゃ……」
「へ、変なこと言うなよ! そんなとこって、バックパックを触ってるだけだろ!?」
『あの~……』
魔導モニターから申し訳なさそうな声が聞こえてくる。あぁ、そうだ。こいつを忘れてた。
ニコラに一通りの使い方の説明を受ける。キーをひねると魔導エンジンが点火。右のペダルで加速、左のペダルはブレーキだそうだ。座席の前から生えているハンドルを左右に回すことで、進路を変更できるらしい。まぁ、それほど難しくもないな。
『最後にひとつだけ』
荷物を後部座席に詰め込み、私とアルエルが座席に着くと、ニコラが言う。
『ハンドルの左下に赤いボタンがありますよね?』
「どこだ……、あぁこれか」
確かに赤色に塗られたボタンがある。
『もうダメだ~、と思ったときには、それを押して下さい』
「えっ、もうダメって――」
『あっ、ラエさんが呼んでるので、失礼します! ではご武運を!』
そう言って一方的に通信は切られた。ボタンを眺める。押してみたい誘惑に駆られたが、ニコラの言葉が気にかかる。できれば押さないで済むことを願った。
「さて、行くか」
「はいっ!!」
私はキーをひねった。
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