第49話「少々ダンジョンを離れても問題あるまい?」
魔王の意地を見せる形で一日で雑草が刈り取られ、広大な敷地となったダンジョン前広場。再び荒れ果てる前に、ということで翌日から早速休憩所の建設に取り掛かった。
当初は、簡単なウッドデッキだけのつもりだったのだが『憩いの我がダンジョン亭』を建設した際に余っていた材料が大量にあったので、正方形型のデッキに、そこから2本の細長いデッキを追加してL字型の巨大なものにしてみた。
ウッドデッキには柱が設けられていて、その上には骨組みだけの屋根も付けた。将来的にはここに蔦を這わせることで、緑に包まれたオシャレな空間へと変貌するはずだ。
『憩いの我がダンジョン亭』の建設もそうだが、最近は建築作業にかかりきりになっている気もする。とは言え、段々とグレードアップしていく様を見るのは楽しいものだ。冒険者の評判も日に日に良くなっていると聞くし、それを裏付けるように来ダン者数も確実に増えてきている。
キョーコとアルエルが主体になって、今後のダンジョン拡張の話も活発に行われていた。いつもは寡黙なボンの同僚ロックも「ショキュウ ルートモ、ミナオシタホウガイイ」とか言っていたし、クルー全員からより良いダンジョンを目指そうという気概が感じれるようになってきた。
リッチのランドルフさんなどは「親御さんをターゲットにするんじゃ。『子供の成長のためには、幼少期からダンジョンで訓練を』などと言えば、親はいくらでも金を出すじゃろ」などといやらしいことを言っていたが……。まぁ、言っていることはともかくとして、発想自体は悪くはない。
ウッドデッキに設置してあるベンチに座って辺りを見渡す。ダンジョン入り口には、今日も長い行列ができていた。その少し向こうには『憩いの我がダンジョン亭』が見え、そちらも多くの冒険者たちで賑わっているようだった。
何もかもが上手くいっている。今でも外資系ダンジョンの脅威はなくなったわけではないが、前のようにただ怯えてどうしていいのか分からないという状況ではなくなった。行動を起こせば、人もダンジョンも変わることができる。我々は成長しているのだ。
しかし何事も右肩上がりになるわけではない。必ずひとつやふたつの困難な状況が立ちふさがるだろう。そんなことを考えていた秋の日の午後のことだった。ダンジョン前の掃き掃除をしていると、東の森の上を何かが飛んでくるのが目に入ってきた。
目を凝らすと、それはガーコイル便。「お届け物でっす」降り立ったガーゴイルがそう言って、いくつか荷物を手渡してきた。伝票を確認するうと「フキヤ アルエル様」とある。あいつ、また
サインをしながらため息をついていると、ガーゴイルが「そういや、あの辺って何かできるんっすか?」と、先程飛んできた方向を指さした。
「ん? どういうことだ?」
「いえ、なんか最近、あの辺をウロウロしている人間の団体が多いんで」
「森の中をか?」
「ええ。王都への街道近く辺りを熱心に歩き回って、時折地図を広げたりしてたんっすよ」
「それは迷っていただけじゃないのか」
「あー……でも、いつも同じような人たちだったし、それになんか身なりの良さそうな人たちばかりなんで、てっきり何かできるのかなぁって」
「宿とか食べ物屋だったら、便利になるのかもな」
「はははっ、バルバトスさま、それ困るんじゃないですか?」
「まー、確かにそうだな」
伝票を受け取ったガーゴイルが飛び立つのを見送りながら、私は嫌な予感がしていた。ガーゴイルが言っていた辺りの土地は、ちょうど我がダンジョンと王都の中間地点。かつて「外資系ダンジョンが進出してくる」と噂されていた場所は、ちょうどその辺りだ。
カールランド王国には、7つの地場ダンジョンに加えて『End of the World』という強大な外資系ダンジョンまで進出してきている。言ってみれば「ダンジョン密集地帯」だ。国民の気質なのか、それだけダンジョン好きな人が多いということなのだろうが、ここにもうひとつ追加されるとなると流石に多い。
と言うか、近隣に進出されると我がダンジョンにとっては存亡の危機と言っても過言ではないだろう。どうしたものだろうか、と思ったとしてもどうすることもできない。やはり順風満帆な時は長く続かないということか……。
やや打ちひしがれながら手元の荷物に視線を落とすと、箱の間に封書が紛れ込んでいるのが目に入ってきた。確認すると
『十の月の七の日、緊急の会合を開く。参集されたし』
□ ◇ □ ◇
ダンジョン協会の会合はあまり好きではない。
それは7人のダンジョンマスターの内、私が最年少であるからに起因している。どのダンジョンも比較的年配のマスターが君臨しているので、私などはなかなか発言権を持たせてもらえないのだ。せいぜいお茶くみをしたり、他のマスターの意見に「そうですねぇ」と相づちを打つくらいが精一杯で、生産的なことは一切やらせてもらえない。
キョーコとアルエルは相変わらず「連れてけ」と連呼していたが、私のそんな姿を見せるわけにもいかず、強引に留守番を言いつけてきた。
会合はいつも正午から行われるので、朝の内にダンジョンを出て王都へ向かう。今回は前回とは違い浮遊魔法で行けるので、3時間ほどあれば着くだろう。途中、ガーゴイルの言っていた地域を見てみたが、ざっと見た限りでは誰もいない。まぁ、四六時中ウロウロしているわけではあるまいしな。
会合の1時間前に王都に着くと、すぐさま協会へと向かった。下っ端は会合室の机や椅子の準備などをやらないといけないのが辛いところだ。ダンジョン協会は、以前訪れた両替商とは異なり、石造りの昔ながらの建物。個人的には、こういう歴史を感じさせるものの方が好みではあるが……まぁ、ただ単に建て替えるお金がないというのが本当のところだろう。
扉を開けると受付があり、二十歳くらいの女性が暇そうに座っていた。私を見るなり「あっ、バルバトスさま。お久しぶりです」とニコッと笑う。
「久しぶりだな、リーン」
「寒くなってきましたねぇ」
「そうだな。お茶も温かいものの方が良いだろうな。ちょっと給湯室を借りるぞ」
「あれ? もう皆さんお揃いですよ? お茶もお出ししていますし」
どういうことだ? 時計を確認するがやはり会合までは時間がまだある。いつもは「大物は遅れてくるものよ」などと言っているメンバーばかりなのに。リーンに聞いてみたが「どうなんでしょう? 珍しく張り切ってるのかな?」と首をひねっている。
訝しげに思いながら階段を登り、2階にある会合室の扉をノックする。中から「入れ」という声に扉を開き中へ入る。会合室には円卓が置かれ、そこに6人のマスターたちが腰掛けていた。おかしいな、時間よりも早く来たつもりだったのに……。
「おぉ、よく来たな。バルバトス、さぁここに座れ」
最長老の『最果てのダンジョン』マスター、ラトギウスが一番奥の椅子を指差している。
「いえ、そこは上座ですから私のような若輩者は――」
「まぁまぁ、そう言うな。いいから座れ」
何度か固辞したのものの、ラトギウスは「いいからいいから」と言って聞かない。仕方なく、言われるがままに席に着く。
「疲れたろう? ほら、熱いお茶でも飲むといいよ」と『絶望のダンジョン』のマスター、イリシオがカップを差し出してきた。『炎のダンジョン』『風のダンジョン』『水のダンジョン』『大地のダンジョン』のマスターたちも皆一様に笑みを浮かべながら、会合への出席の労をねぎらう言葉をかけてくる。
何かがおかしい……。
お茶をすすりながら考える。父の代ならいざ知らず、私が協会の会合に参加するようになってから、このような待遇を受けたことはない。どう考えても裏があるわけだが、自分よりも年上のマスターたちに「何を目論んでいるのか?」とは聞きにくい。居心地が悪くなり、ひたすらカップを傾けていると、対面に座っていた『炎のダンジョン』マスターのファンが「ところで」と、話を切り出してきた。
「お前のところの『鮮血のダンジョン』、最近なかなか順調なそうじゃの?」
一応問いかけの形にはなっているが、どこか断定しているかのような口調に真意が読めず「ええ、まぁ。おかげさまで」と曖昧な答えを返す。
「何やら経営幹部も新しく入ったと聞いたぞ」
「ええ、今は彼女らが中心となって、色々頑張ってくれています」
「それはよかった」
なんだ、この会話は? 言いたいことがあるのなら、早く言ってくれ。年寄りの回りくどい言い回しにうんざりする。が、ファンの次の言葉で、ようやく私は彼らの言いたいことを理解することになる。
「それなら、少々ダンジョンを離れても問題あるまい?」
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