第48話「今ごろお気づきになられたのですか?」

「ま、まさか……アルエル。今まで私をたばかってきたというのか――」


 アルエルは俯いたまま顔を上げない。キュッと閉じていた口元が歪み笑みを浮かべたかと思うと、前髪に隠された瞳がキラリと光った。


「ふふふ。今ごろお気づきになられたのですか、バルバトスさま? そう、これまでの私は仮の姿。今このときのために作り上げてきた虚像なのですよ」


 その言葉に思わずゴクリとツバを飲む。背筋に悪寒を感じながらも、額にはうっすらと汗が滲んできているのが分かった。再び問いかけようとする私を制し、彼女が言葉を重ねる。


「いいでしょう……。今こそ真の私の姿をお見せしましょう!」


 アルエルがゆっくりと顔を上げ私を真っ直ぐに見つめる。彼女の瞳を見つめ返すと、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。まずい……アルエルは本気だ。なんとか状況を覆す言葉を探すが、頭が混乱しているせいか見つからない。


 アルエル……待ってくれ。君はそんな人じゃなかったはずだろう?


 そんな私の気持ちなど意に介さないかのように、アルエルはふらりと立ち上がる。ゆっくりと片手を振りかざし、一瞬の静止の後一気に振り下ろす。叩きつけるような音が室内に響き渡った。


「や、やめろっ!!」


 思わず目を閉じてしまう。深呼吸をし心を落ち着かせようと試みた。恐る恐る目を開けると、うっすらとアルエルのドヤ顔が視界に入ってきた。視線を少しずらすとテーブルの上に置かれた4枚のカードが目に入る。


「革命ですっ!!」

「ちょ、お前っ! ここで革命とかふざけるなよ!」

「お、やった。ナイス、アルエル」キョーコがグッと拳を握る。

「ボ、ボク、2トカAバッカダヨー!」ボンが涙目で訴えていた。


 うろたえている私の目の前で、アルエルとキョーコがカードを積み上げていく。


「やったー、一番上がりですぅ!」

「ん? どうした、バルバトス? カード出さないの? 上がっちゃうよ?」


 キョーコがイジワルそうな顔で煽ってくる。クッ、出さないんじゃない、出せないんだよ!


「はーい、終了でーす! 1位は私、2位はキョーコちゃんですね。ボン君が3位で……バルバトスさまが最下位ですね!」

「じゃ、ダンジョン前の草むしり頼んだぞ、バルバトスとボン」


 無論、普段からダンジョン前はキレイに整備してある。しかし最近、来ダン者が増えてきたこともあって「もう少しスペースを広くしたほうがいいんじゃない?」という話になったのが、つい先程昼食のときのことだ。


 確かに最近では行列ができることもしばしばあったし、手狭にはなってきている。いっそガーンとスペースを広げて、順番待ちの冒険者の方々がゆったりと待つことができる休憩所みたいなのを設置するのもいいかも? ウッドデッキに机にベンチを置いて、屋根も付けるか……そこに植物を這わせたらちょっとオシャレかも……!


 そんな妄想をしているとすっかり楽しくなってしまい「よし、やろう」ということになった。そこで困ったのが「誰がやるのか?」ということだ。休憩所の建設は面白そうだが、その前の草むしりや整地はテンションが上がらない。よって、誰も手を挙げない。


 マルタとレイナは『憩いの我がダンジョン亭』などで忙しいし、リッチのランドルフさんは「年寄りにそんなことをさせるのか」と突然高齢者アピールを始めるし、雪女の薄月さんは――そろそろ夏も終わりとは言え――溶けてしまうし、ミノタウロスのサキドエルは……流石にミノタウロス級のモンスターが草むしりやってちゃ不味いでしょ……という消去法で、最終的に私とアルエル、キョーコにボンがやることになった(ボンの同僚ロックは骨折で治療中)。


「4人もやる必要ない。2人もいれば大丈夫だろ?」という私の提案が受け入れられ「じゃ、勝負しようか」と指をポキポキ鳴らすキョーコをなんとか説得し、カードゲームで決めようということになったわけだ。


 キャッキャとはしゃいでいる女子2人を後に、部屋を出て通路を進む。階段を降り、スタッフ用通路を抜けダンジョン入り口へ。今日は少し来ダン者が少ないものの、短い行列はできていた。ペコリペコリと会釈し「いらっしゃいませ~」と愛想を振りまきながら外へ向かった。


 ダンジョンの外へ出るとギラリと照りつける太陽が待っていた。思わず「うっ」とうめいて掌をかざす。「ちゃちゃっと終わらせるか」と言うと、ボンが頷いて小さな鎌を手渡してきた。敷地の端に行き、黙々と草を刈る。


「ねぇ、見て。こんな暑い中、大変そうだよね」


 背後から並んでいる冒険者たちの声が聞こえてきた。


「ここの魔王の指示なんだろうけど……」

「こんなに暑い時間にやらせなくてもいいのにね」

「まぁ相手は魔王だからな。その辺は容赦ないんだろ」

「酷いよねぇ」


 クックック……まさかその魔王自らが草むしりしているとは思うまい? 農夫スタイルが役に立ったというわけだな。などということを考えてみたが、何とも気まずい。隣ではボンが微妙な顔で私を見ていた。やめろ、そんな目で私を見るな!


 小一時間ほど続けると、すっかりヘロヘロになってしまった。予定していた半分も終わっていないが、明らかに身体が動かなくなっていた。もはや見た目も気にしないで、地面に座り込み黙々と草を刈っていく。山積みになった草の束から、その香りが漂ってくる。遠くで何かの鳥の鳴き声が聞こえた。


「おつかれさまですっ! バルバトスさま」


 突然頬に冷たい感触が伝わり、私はビクッと身体を強張らせた。振り返るとアルエルとキョーコがいて、手には瓶詰めの液体が握られていた。


「ちょっと休憩したほうがいいよ」


 キョーコが瓶を手渡してきた。それを受け取りまじまじと見つめる。薄い黄色の液体の中に所々気泡が浮かんでおり、果肉のようなものも混じっているようだった。大丈夫なやつだよね、これ? と尋ねるとキョーコはちょっとだけムッとしたような表情になる。


「マルタさんに教えてもらって、私とキョーコちゃんで作った特製フルーツジュースですよ。えっと『じよーきょーそー』に効く4種類の果実が入ってて、炭酸で割っているので疲れた身体にピッタリなんで……だそうですよ?」


 最後にちょっと不安を覚えたが、マルタのレシピなら間違いあるまい。蓋を開けてゆっくりと飲んでみる。舌の上にやや甘酸っぱい風味が広がり、爽やかな香りが駆け抜けていく。炭酸のキュッとした切れ味がそれを優しく包み込んで、喉ごしを良くしているようだった。


「美味いっ!」

「オイシイネ!!」

「そう? ま、それならよかったけど」

「ですよね! ちょっと失敗しちゃったかと思いましたが、結果オーライですねっ!!」


 ん? んんー? なんだか不安を煽るキーワードが出てきた気がするが……。まぁ、それにしてもこんなに美味しいジュースを飲んだのは初めてだった。思わず一気に飲み干してしまう。しばらくすると、身体から疲れが抜けていき力がみなぎってくるかのような感覚になってくる。


「それなら草むしりも今日中に終わりそうだね」

「仕事が捗って何よりですっ!」


 すっかり元気になった私たちに、アルエルとキョーコは満面の笑みで言うと「じゃ、頑張ってね。ダンジョンは任せておいて」と去っていった。


 それから数時間。


「バルバトスサマァ……。モウ、クラクナッテキタヨ」

「もうちょっと……もうちょっとで終わるから」

「ボク、オナカスイタナ」

「負けるな、ボン。ここが頑張りどころだ」


 それから更に数時間後。


「終わった……」

「モウ、シンジャウ……」


 すっかり暗くなったダンジョン前広場。キレイに草が刈り取られ、広大なスペースが誕生していた。山積みになった草の束にもたれかかり、二人で空を眺めた。


「キレイだな」

「キレイダネー」


 満天の星空に、白く光る三日月が輝いていた。


 分かってる。乗せられてしまったことは分かっていた。でもさ、ああいうこと言われると、魔王としての意地ってものもあるじゃない? 「今日中に終わるよね」って言われたのに「終わらなかった、テヘペロ」というわけにはいかないじゃない? 「流石は魔王バルバトスさま!」って言われたいじゃない?


「ヘンナトコロデ、イジッパリダネー」


 ボンの正論が胸に刺さって痛かった。

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