第47話「はぁい、よくできましたぁ」
「いらっしゃいませー! 4名様ですか? はい、空いてますよ。こちらへどうぞ!」
「はーい、ビネル酒2本追加ですね! 少々お待ち下さいっ!!」
「お泊りですか? ええっと……すみません。今日は満室ですね。ええ、明日なら空いてます。ご予約でよろしいでしょうか?」
『憩いの我がダンジョン亭』がオープンしてそろそろ1週間。オープン当日こそ客は少なかったが、今では1階に設置された酒場兼お食事処はほぼ満席。2階の宿泊施設も既に予約状態になっている。
王都から一番近いという立地の良さが我が『鮮血のダンジョン』の特徴ではあったが、それでも冒険を終えてそのまま帰途につくのはなかなかしんどい。ゆっくりと食事を楽しんだり、時間を気にせず泊まっていったりという需要はあったというわけだ。我が先見の明に、思わず感動すら覚える。
「でも、ついこの前までは『お客さん来るかなぁ』『食材買いすぎたかなぁ』って心配ばかりしてたじゃないですか、バルバトスさま」
お皿を洗いながらドヤ顔している私を見て、アルエルはやや呆れた様子。
「ま……まぁ、確かにそういう時期もあった」
少し気まずくなり咳払いをしてごまかす。
「でも、本当に大繁盛でよかったですね」
「うむ、本当に……本当によがった……」
「えっ……な、泣いてるんですか、バルバトスさま?」
「ちがっ、違う。これは心の汗なのだ」
「あはは……」
目尻の汗を拭っていると「ほら、そこ。口よりも手を動かしな」とポコンと頭を叩かれた。振り返るとマルタがお玉を片手に憮然とした表情で立っている。『憩いの我がダンジョン亭』はマルタとレイナが運営していくことになっている。つまりここのマスターは彼女たちである。
そうは言っても私こと魔王バルバトスはこのダンジョンのマスター。お玉で頭をポコンと叩かれるダンジョンマスターってどうなのだろう……。ただマルタには頭が上がらないのも確か。王都での国王との一件もあるのだが、なぜか彼女に睨まれると魔王としての威厳はどこかに吹き飛んでしまう。
「はい。すぐに洗い終えますから」
魔王級の営業スマイルで答え、真摯にお皿と向き合う。
「ダメよ、おばあちゃん。バルバトスさまは私たちのお手伝いをして下さっているのだから。そもそも魔王さまにお皿洗いをさせていることだって、どうかと思っているのに」
孫娘のレイナさんが間に入って弁明してくれた。あぁ、レイナさんは相変わらず天使のようなお人だ。あんなゾンビみたいなシワシワのマルタと血がつながっているとは思えないくらい。まぁでも、皿洗いは好きなので、そんなに苦にはならないのだが。
そんなこんなで、ようやく営業も終了。クルー総出で手分けして、明日の準備やら掃除やらを完了させる。うーむ、いずれは専門スタッフを増やしていかないといかんな。皆で協力して作業するのは確かに楽しいのだが、そうは言ってもクルーたちはお昼はダンジョンでのお仕事、夜は『憩いの我がダンジョン亭』でのお手伝いと、休む暇なく働いてくれている。
彼らの善意に甘えたままでは、ダンジョンマスター失格であろう。
「みなさーん、晩ごはんができましたよー」
レイナの声に一同から歓声が上がる。ぞろぞろとスタッフ用食堂『最後の晩餐』へと移動し、少し遅い夕食にありついた。
「バルバトスさま、さっきはおばあちゃんがごめんなさいね」
隣に座っていたレイナがグラスにお酒を注いでくれた。あー、いやいや。想像以上の繁盛っぷりに、思わずはしゃいでいたのは確かだからな。まぁマルタの性格もようやく分かってきたし、全然気にしてないぞ。そう言うとレイナは「よかった」と満面の笑みを浮かべる。
あぁ、やっぱり天使さまだなぁ……。おっといけない、レイナも『憩いの我がダンジョン亭』で色々大変だったろう? さぁ、今日は飲もうじゃないか。ビネル酒の入った瓶を差し出すとレイナは少し困った顔で「えっと、私は……」とうつむいてしまう。
「まぁまぁ、そう言わずに」
「いえ、本当に私は」
「そう言えばレイナはいつもお酒を嗜まないな? 飲めないのか?」
「うーん……そういうわけではないのですが……」
「なら、いいじゃないか。後片付けのことを心配しているのなら、任せておいてくれ」
部下にお酒を飲むことを強要する上司は嫌われる。それは確かに本にも書いてあった。しかし私はどうしてもレイナに礼がしたかった。彼女の献身的な働きっぷりは、賞賛に値するものだ。何か報いてやりたい。
それに、何かと本音で語ってくるマルタに対して、レイナはいつもお行儀が良すぎる。丁寧な口調や態度が彼女の性格を表しているのかもしれないが、もしかしたら気を使って本当の自分を出せていないのかもしれない。本当のレイナはどんな人なのだろう?
そんな気持ちからついつい「まぁまぁ」と迫った。
「それじゃ、少しだけ」
レイナはやや困った顔をしながらも、ようやくグラスを差し出す。おぉ、良い飲みっぷりではないか。もう一杯飲むか? 「バルバトスサマー! ボクモ、ノム」とボン。まぁ今日くらいはいいだろうと注いでやる。
「あたしも飲もうかな?」
キョーコまで珍しくそんなことを言い出していた。うーむ……、キョーコは設定上は16歳だが、実際には二十歳を超えている。ここカールランド王国では「お酒は18歳になってから」という法律があるが、どちらが適用されるのだろうか……。
「あー、ずるいです! 私も飲みたいです!」
隣りに座っているアルエルがローブを引っ張りながらそう主張する。こらこら破れるから。
「でも、そんなに美味しいものでもないと思うぞ」
「みんな美味しそうに飲んでいるじゃないですか!?」
「まぁ、それはそうなんだが、そういう意味じゃなくてだな」
「私だって大人の階段登ってみたいんです……」
しょうがないなぁ、少しだけだぞ。ちょろっとだけ注いでやると「苦いですぅ……」と顔をしかめていた。ほら、だから言っただろう? ほれ、貸しなさい。お前はジュースにしとこうな。しかしアルエルは断固としてグラスを渡そうとはしない。
「嫌です!」
「だけど、苦いんだろ?」
「これは大人になるための試練なんです……耐えてみせますから」
「耐えて飲むほどのものじゃないだろ」
押し問答をしていると、突然ガツッと頭を掴まれた。徐々にギューッと力が込められてきて、思わず「イテテ、こらキョーコいい加減にしろ」とうめき声を上げる。
「なに? あたしがどうした?」
あれ? キョーコはアルエルの隣に座っているのに気づく。という事は、これは誰だ……? 頭に指がめり込むように締め上げられ、無理やり首が回されていく。90度ほど回転したところで、視界に私の頭を掴んでいる犯人の姿が映し出されてきた。
「……レ、レイナ?」
「バルバトスさまぁ……ダメでしょ? アルエルをいじめちゃ」
「いや……いじめているわけじゃないのですが」
完全に目の座ったレイナさんの眼光に、思わず敬語になってしまう。吐く息が……凄く酒臭い! 視界の隅には机の上に転がったいくつもの空瓶。自分のお酒を取られて涙目になっているボン。再びレイナさんに視線を戻すと、白い肌が赤く染まっており、半開きの目が鋭く私を睨みつけていた。
「あのぉ……レイナさん。もしかして……?」
「なんですかぁ?」
「お酒、たくさん飲まれました?」
「バルバトスさまが飲めって言ったんじゃないですかぁ」
「言いましたけど……って、痛い痛い!! 指! 頭にめり込んでる! 骨がきしんでる!!」
再び首がぐるりと回り、今度は青くなっているアルエルが登場する。
「はい、バルバトスさまぁ。アルエルちゃんに、ごめんなさいしましょうね?」
まずい……殺される……。命の危険を感じ「ごめんなさい」とアルエルに頭を下げる。
「はぁい、よくできましたぁ」
すっかり静まり返ってしまった『最後の晩餐』にレイナさんの嬉しそうな笑い声が響いた。レイナさんの本性を知りたいと思ったが、それが開けてはいけないパンドラの箱だとは思わなかった。これほどまでに酒乱だとは……。
そこへトイレから帰ってきたマルタがやって来て「おやまぁ、レイナにお酒を飲ませたのかい」と呆れていた。
「いや……まさかこんなことになるとは。マルタ、後を頼めるか?」
「嫌だよ。レイナはああなっちまうと手が付けられないのさ。自分で責任を取りな」
ですよねぇ……そうなりますよねぇ……。
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