第44話「必死過ぎて逆に不安になっちゃう」

 再びビクッと肩を震わせたキョーコを見て、あぁやっぱりそうなんだと気づく。漆黒の森で感じた気配。あれはホウライの者のものだと思っていた。しかし、私が気配を感じたのは、森に入ってすぐの場所。そのころ、あの男たちはダークエルフの街に火を放ち、その近くに潜伏していたはず。


 それに気づいたのは、漆黒の森から帰る途中のことだった。彼らではないとすれば、あれは一体誰だったのか? 全く関係のない第三者という可能性もあったが、いくら混乱していたとは言え、ダークエルフたちが森への侵入者に気づかないはずはない。


 となると、剣士4人組のように「バルバトスの連れ」と認識されていたということの可能性が高い。そしてあの言い出したら聞かないキョーコが、妙に素直に留守番に同意したことを加味して考えると、キョーコが密かについて来ていたという答えに行き着く。


「で、どこまで聞いたんだ?」


 もはや隠す必要はないと、ストレートに尋ねてみる。キョーコはややきまりの悪そうな顔をしながらも「全部」と短く答えた。


 最悪だ。


 キョーコの返事に思わずそう思ったが、口には出さず変わりに「そうか」とうなずく。ダークエルフの森であの男が言った「キョーコを引き渡せ」という言葉。それの本当の意図はいまだに分からない。


 色々考えてはみたが「キョーコの能力」に関わること、また彼らは否定していたが本当にモンスターを手配しようと試みていたのであれば、ホウライが再び覇権への道を歩もうとしている……という可能性も否定はできない。


 しかしダンジョン協会からは、何の通達も来ていない。すっかりエンターテイメント施設に成り下がったとは言え、いまだダンジョンは強力な「武力」を有した機関であることには違いない。普段から国家との情報共有も行っており、その窓口である協会に情報が来ていないということはありえないはず……。


 そこでふとあることに気づく。廃止されそうになっていた王都での武闘大会が、ここ数年より大規模なものになっていること。そして国王カールランド7世との謁見で、彼が言っていた「ホウライへの潜入依頼」。あのとき国王は「国の手の者では行えない仕事ができた」と言っていた。


 それがホウライの再軍備により、より潜入が難しくなったこととしたら? 一般国民である私を使わざるを得ないほどになっていたということか。それが事実だとしたら、ホウライの男たちはホウライの魔法を使える者を集めていた……それがキョーコにも当てはまった……ということなのか?


 ホウライがかつて大陸を席巻した際、彼らの魔法がそれに寄与していたというのはそれなりに有名な話だ。肉体強化。それも外部にかける魔法ではなく、身体自体に魔法をかけることにより、より強力な魔法になる。しかも対魔法能力まで上昇するというおまけ付きだ。


 その魔法は現在では「使える者はいない」ということになっている。言わば「伝説の魔法」というわけだ。だが、実際に私はキョーコがダンジョンにやって来たとき、彼女がそれを使うのを目撃した。


 恐らく極少数ではあるが、まだ魔法を行使することができる者がいる……と見るのが正解だろう。しかし、その全てがキョーコのようにホウライ名を使い続けているわけでもない。大陸全土を渡り歩いて探すというのは、あまり効率的なことだとは思えないのだが。


 まずキョーコの魔法について正しく知る必要がありそうだ。だが、その前に言っておくことがある。私は「あいつらの言うことなど気にする必要はない」と言いながら、キョーコの肩に手を置いた。


「でも、あの男たちの狙いが私だって言うのなら……今度はダンジョンに来るかもしれない。そうなったら、りょーちゃんはともかく、アルエルやマルタにレイナ、他のクルーたちにも迷惑をかけてしまうことになるかも」

「そんなことをお前が気にする必要はない……って、私はともかくって何だよ!?」

「だって、りょーちゃんもホウライの出身者なんだろ?」


 あの森での会話を聞いて察したのか、それとも私の真名から気づいたのか。


「それはそうなんだが……まぁいい。だが、私はホウライにルーツがあるというだけで、今は何の関係もない。それはお前も同じことだろ?」

「多分……そうだとは思う」


 それは、以前キョーコが話してくれた「3年前以上の記憶がない」ということか。そこは確かに不安材料ではあるが、かと言って既に崩壊しかかっていたホウライと何の関係があると言うのか。きっと何かの事件に巻き込まれて記憶を失っただけで、キョーコもホウライとは何の関係もない。


 私がそう言い切ると、キョーコは少しだけ嬉しそうな顔をして「かもね」と笑った。しかしすぐに真面目な顔に戻ると「それでも、あいつらがあたしを狙っている事実には変わりない」と言った。


「ダンジョンが突き止められたわけでもないし、彼らがいつまでもキョーコだけを狙っているわけでもあるまい。だいたいお前はいつも楽観的なのが唯一の取り柄だろう? そんな悲観的になるなんて、キョーコらしくない」


 それを聞いたキョーコは「唯一ってなんだよ」と若干ムッとしながらも「場合によるんだよ」と寂しそうに言った。私は一瞬言葉に詰まったが、かと言ってここでそれに同意するわけにはいかない。部下の心配事を払拭するのも上司の役目。


 必死で「万が一、ダンジョンに彼らが来たとしても、このバルバトスさまがいる限りキョーコはおろか、クルーに指一本触れさせることはない」とか「既に瓦解しているホウライなど恐れるに足りない」などと言って、彼女の不安を取り除こうとした。


 しばらく黙って話を聞いていたキョーコだったが、やがてプッと吹き出すと「りょーちゃん、必死過ぎて逆に不安になっちゃう」と笑いだした。しばらくそのままコロコロ笑い転げて「あー、おかしいおかしい」とお腹をさすりながら目尻の涙を軽く拭ったキョーコが、私の方を振り向いて「ありがと」と小さく言った。


「なに、事実だからな」と胸を張りながらも、ようやく心が少し軽くなったような気がした。頃合いを見計らって、私はキョーコに質問をする。魔法について教えて欲しいと言うと、彼女は「あたしもどうしてこの魔法が使えるのかとか、原理とかは分からないけど」と注釈を加えた上で、あっさりと同意した。


「3年の間に、キョーコ以外にその魔法を使っている者を見たことはあるのか?」

「いや、どこかの街で『私もホウライのルーツ』だと密かに教えてくれた人はいたけど、魔法を使っているヤツはいなかった」

「魔法を使っているところを見せたことは?」

「あー……それは結構あるかも。3年間の放浪中に、何度か襲われたりしたことがあったから、そのときは躊躇なく使ってたし。このダンジョンに来てからも何度も使ってるし」

「あぁ……そ、そうだったな」


 目の前に積み上がっていく冒険者の姿が浮かぶ。質問を続けよう。


「魔法について聞かれたことはないのか?」

「ずっと一人で旅してたから……だいたいのヤツは気を失ったりしてたしね。りょーちゃんくらいだよ、あそこまで苦労したのは」


 これは褒められているのか? うん、まぁいい。ここまでの質問で分かったことは、ホウライの魔法を使える者はそれほど多くはないということ。また肉体強化の魔法を使っていたのにも関わらず、3年間それについて聞かれたことがないということは、ホウライの魔法が世間一般では完全に風化しているということ。


 ならば、やはりあの男が言っていたように、王都での武闘大会がきっかけになったのだろう。しかしあのときは私の強化魔法も同時にかけていたはずだ。と言うことは、キョーコという名前だけでホウライの魔法が使えると判断した……?


 うーむ。この辺りは正直よく分からない。ついでなので、魔法についても聞いてみた。


「魔法を使える時間はどのくらいなんだ?」

「うーん……3年前は30分もしない内に疲れてたりしてたけど、今は1時間は余裕かな?」

「……結構長いな」

「持久走みたいなものなんだよ。ずっと気を張ってると短時間で持たなくなるけど、ペースをコントロールできればそんなに疲れないし」

「武闘大会のとき、早めに決着がついててよかった……。あ、でも。あのときってダメージ受けてたよな」

「まぁ、強化魔法って言ったって無敵ってわけじゃないからね。弓矢や剣の打撃程度なら楽勝で受け止められるけど、大砲の弾なんかだと流石にダメージは受けるよ。りょーちゃんの魔法も似たようなものだったし」

「ってことは、強化魔法をかけていても肉体的なダメージはある程度はあるってことか?」

「もちろんだよ。って、あたしを化物みたいに言わないでよ」


 キョーコはへそを曲げてしまったのか、そう言ったきりぷいっとそっぽを向いてしまった。

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