第43話「ぼくたちに、ここで修行させて下さいっ!」
「修行……? ここで?」
一瞬彼らの言っている意味が分からず、思わずオウム返しに聞き直してしまう。私の目の前に一列に並んでいた彼らが、右のラスティンから順にコクンとうなずいた。
「今のままだと、ぼくたち……バルバトスさまの足を引っ張るだけの存在な気がして」
あぁ、なるほど。自覚はあったのね。って、違う! そうじゃないだろっ!!
確かにダークエルフたちの元で修行をした方が、様々なモンスターと触れる機会も増えるだろうし、ダンジョンに籠もっているよりも色々な経験もできるのかもしれない。だが彼らは『私の元で』修行をしたいと言っていたはずだ。それがどうして……。
なんとも言えない寂しいような悲しいような感情に襲われた。私が黙っているとコーウェルが私の前に立った。いつもは怯えてばかりの彼が、いつになく真面目な顔をしている。
「ぼくたち、さっきのローブ姿の男たちが何者なのかは分からないんですけど……でも、この先バルバトスさまの脅威になる存在だと。そういうことは分かるんです」
それを聞いたラスティンがコーウェルの隣に立ち、話を継いだ。
「それがいつになるのかは分からないんですけど、今のままじゃ駄目だってことは分かっているんです」
続いてヒューが腹を突き出しながらもビシッと並ぶ。
「なんだかんだ言って、ダンジョンは快適なんだよね。ぼくらはもっと厳しい環境に晒されないと、ダメな気がして」
最後にニコラも歩み寄り、手に持っていたハンマーを掲げた。
「一生懸命修行して、ダークエルフさんたちに脅威が至らないように守り、バルバトスさまのお力にもなれるように」
そして4人は息を合わせて同時に叫んだ。
「ぼくたちに、ここで修行させて下さいっ!」
なるほど。お前たちの言い分は分かった。決して「こっちの方が楽そうだ」とか「ダンジョンに戻った方が危険かも」とか「食べ物が美味しそう」とか「ダークエルフの建築技術を学びたい」とかそういうことではなく、純粋に環境を変えて修行のスピードを上げたい、と。そういうことなんだな? うん? んんー? なに、なんか首が真っ直ぐに振れてない気がするけど……あぁ、そう。合ってる?
まぁそういうことならば、彼らの意思を尊重してやらなければならないだろう。今生の別れというわけでもあるまい。彼らの言うように、今後ローブの男たち――すなわちホウライの脅威がいつ訪れるか分からないのだから、そのときに少しでも戦力は多い方が良いわけだし。
「そういうわけで、エル、ラエ。彼らをよろしくお願いし――」
「駄目だ」
ラエが冷たい視線を向けながら否定する。
「この森に住むことが許されるのは、ダークエルフとそれに協力するモンスターのみだ。それに我々にはお前らを養ってやれるほどの余裕はない」
「ラエ! そんなことを言ってはいけません。彼らは仮にも命の恩人なんですよ?」
エルにたしなめられて、ラエは剣士4人組をまるでゴミでも見るかのような視線で順に眺めた。ラエの視線が当たる度に、剣士たちがビクッと震え上がっている。やがて深いため息をついてから「エルさまがそうおっしゃるのであれば」と短く答えた。
よかったな、と4人を振り返ると、青ざめた顔で「止めときゃよかったかな」「いや、今からでも遅くは」とかブツブツ言っている。修行云々以前にそういうところ、直した方がいいぞ。
「あの、バルバトスさま。やっぱり」という彼らの目の前で飛翔魔法『
漆黒の森を俯瞰できる高さまで登ると、北へ進路を取る。ダンジョンは南東の方角だが、ホウライの男たちがどこからか見ている可能性もある。途中休憩を挟みながら十分迂回して、ダンジョンに帰ったころにはすっかり日が暮れていた。
「バルバトスさま、お帰りなさい!」
「おぉ、アルエルか。ただいま」
「遅かったですね?」
「うむ、色々あってな……」
一瞬話すべきかどうか迷ったが、ホウライの狙いがキョーコにあると分かった以上、黙っているわけにもいかないだろう。マルタとレイナが用意してくれた夕食の場で、集まったクルーたちに今日あった出来事を話した。
ただしキョーコの話はややオブラートに包み、どちらかというと私の出生がホウライにあるため、彼らが何らかの目的で私を狙っているのだと言った。クルーたちが「大丈夫ですよ、バルバトスさま! 俺たちが返り討ちにしてやりますから」と言って励ましてくれたりするのを聞いて、ちょっとだけジーンとしたりした。いかんなぁ、歳をとったのか最近涙腺が緩くて緩くて……。
「でもラスティンくんたちは大丈夫なんですか? ダークエルフって邪悪だって聞い……」
レイナが口に手を当て、あっという表情する。アルエルは「気にしないで下さいね」と苦笑いしていた。
「それは心配ない。ダークエルフたちが『知的で邪悪』というのは通説であり、私が会った彼らにそのような雰囲気は感じられなかったからな。ほら、アルエルのどこに『知的で邪悪』な要素があるというんだ?」
それを聞いたアルエルが「バルバトスさまっ、それはそれで失礼ですよ。少なくとも『知的』な部分は、合ってるじゃないですか!?」と必死で反論している。その自信が一体どこから湧き出てくるのかはさっぱり分からなかったが、そのおかげで少し雰囲気が和らいだことに感謝する。
「ん? そう言えばキョーコの姿が見えないが?」
「キョーコちゃんは、なんだか食欲がないって先に部屋に戻りましたよ」
アルエルが少し心配そうな顔をした。ちょっと様子でも見てくるか、と席を立ちキョーコの部屋へ。ノックしてみるが返事がない。ドアをそっと押すと鍵も掛けていないのか、あっけなく開いた。部屋の中は真っ暗で、キョーコの姿も見えない。
「それにしても、相変わらず殺風景な部屋だな」
部屋を作ったときに買ってやったベッドに、ピンクの寝具が部屋の片隅に置いてあるだけで、他にはなにもない。アルエルみたいに色々なものを貯め込むのもどうかとは思うが、これはこれで女の子としてどうなのだろう……?
そのうちなんか買ってやるかな、と色々なレイアウトを考えながら部屋を後にする。ここにいないということは、きっとあそこだろう……。階段を登り踊り場にあるドアを開ける。
すでに暗闇に包まれた展望台。その隅に置かれたベンチに誰かが座っているのが見えた。静かに近づき近くに設置されていた魔道照明に火を灯した。
「怒っているのか?」
薄暗い灯りに照らされたキョーコがビクッと体を震わせ「おい、驚かすなよ」とムッとしている。「いつかのお返しだ」と笑って隣に座る。てっきり漆黒の森に連れて行かなかったことに腹を立てているのかと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。
どこか寂しそうな横顔のキョーコに聞く。
「モンスターの手配は上手くいきそうだぞ」
「そっか」
「ルート7復活の日も近い、というわけだな」
「そうだな」
「……やっぱ怒ってる?」
「ん? あぁ、いや? 怒ってないよ」
そう言ったきり黙ってしまう。私はすっかり困ってしまい、どう話を続けたものかと考えた。キョーコが元気がない理由。それは……いくつか想像がつく。その中のどれなのかが問題だ。こういうときは一番確率が高そうで、一番聞きにくいことから聞くべき。
「もしかして、お前。漆黒の森について来てた?」
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