第42話「峰打ちです」
やはり狙いはキョーコだったか。
先程この男が言った「我々」という言葉。あれはこの男が単独で行動しているのではなく、なんらかの組織や団体に属しているのを暗示しているのだろう。その組織がなにであるのかが問題だが……これは恐らくホウライに違いない。
ホウライの狙いが私だけにあるのならば話は簡単だった。が、キョーコまでもが狙われているとなると、もう少しややこしくなる。あのときダンジョンの展望台で話してくれた話が本当ならば、彼女の記憶はこの3年間のものだけということになる。
それ故にキョーコがホウライとどのような関係を持っていたのかが不明なこと。それが分からない以上、どう動くべきか判断に苦しむ……いや、最終的にはどうすべきかは分かっていた。
素直にキョーコを渡すわけにはいかない。
彼女が嘘をついているとは私には思えない。彼女の過去に何があったのかを知る由もない。しかし、今はキョーコはダンジョンの大切な仲間なのだ。「渡せ」と言われて、はいどうぞと言うわけがない。
だが、ラエが捕らえられている以上、既に我々だけの問題ではないのも確かだ。要求を飲むことなどできないが、かと言ってダークエルフを犠牲にしても良いという話でもない。私の横でラエを見上げるエルは、今にも泣きそうになりながらもなんとか堪えているという表情になっている。
打算的なことを言えば、ここでダークエルフたちに恩を売っておくことで、今後の交渉がスムーズになるということはあるだろう。しかし、彼女の心配そうに見上げる顔を見ていると、そんなことを一瞬でも考えてしまった自分を恥じてしまう。
いつの間にか私もすっかり大人になり汚れてしまったようだ……。昔はもっとピュアだったと思うんだけど。しかしまぁ、25歳にもなって純粋なままでいるというのも、これまたおかしいものかもしれない。それにそもそも私は魔王なんだし。
ただ、このままで良いという話ではない。何か打開策はないものだろうか……。
あ、そう言えば。ラエが捕らえられているのは、大木の中腹に設置された足場。その奥の小屋にはあいつらがいたじゃないか! ラエを気遣うようにしながら、そっと小屋の様子を伺う。
小屋に設けられた小さな窓。カーテンが掛けられているが、その隙間から目が3つキョロキョロと覗いているのが確認できた。一番下のギョロっとしたのが多分コーウェル。真ん中の細目なのがヒューか。上の特にキョロキョロ観察しているのはニコラだ。よし、3人とも揃っているな。
ラエを捕らえている男は無防備にも3人に背を向けたまま、気にしている様子はない。気づかれてはいないようだ。あそこにラスティンがいたら……とは思うが仕方がない。3人もいれば何とかなるだろう。
とは言え、どうやって指示を伝えたらいいのか……? 魔法で語りかけることはできる。しかしこの男たちも魔法を使えるとすると、それはすぐに探知されてしまうだろう。それではせっかく3人の存在がバレてしまい、奇襲することができなくなる。
こうなったら……。何とか視線で伝えるしかない! カーテンから覗いている3人の目に向けて「後ろから男を取り押さえろ」と目で伝える。いやまぁ、こんなので伝わるわけがないのだが……しょうがないし。分かれ! 気づけ! 察しろ!!
そう念を送ってみる。すると、3つの目玉がコクリコクリと上下に揺れた。えっ!? 分かった? 本当に? 本当の本当に!?
目玉は肯定するように、更に激しく上下している。おぉ……彼らと知り合って数ヶ月しか経っていないが、心は通じ合っていた……というわけか。あまり嬉しくないけど、ちょっとだけ感動したぞ。
目で「よし、やれ」と指示を出す。もう一度目玉がコクンと頷き、カーテンの隙間から消えた。よーし、慎重にだぞ。そぅーっと背後から忍びよるんだぞ。3人で一斉に飛びかかれば、きっと何とかなるさ。
そう思っていたのだが、30秒、1分待っても一向に動きはない。何をしているっ!? ラスティンに斬られた男が「返事を聞こうか、バルバトス」と私に問い詰める。おい、まだ? 早くしないと……。
焦りを顔に出さないように注意しながら、そっと小屋の様子を伺う。目の端で追っていたのではっきりとは見えなかったが、何かが屋根の辺りで動いているようだった。
何だ……?
「返事がないということは、承諾の証と受け取ればよいのかな? それとも拒否か?」
男は一歩、私へと詰め寄ってくる。「拒否ならば、あの娘には気の毒だが――」男が一層芝居がかった言葉を重ねてくる。それを聞いたエルが泣きそうになりながら「ラエには手を出さないでっ! 私が代わりになりますからっ!!」と男の方へと行こうとした。
エルの手を掴み引き寄せる。エルは「離して下ちゃ……下さい!」と抵抗した。まずい。こうなったら3人を待っている余裕はないのかもしれぬ。そう覚悟しようとしたときだった。小屋のドアが音を立てて勢いよく開く。
「まままま、待って下さいぃ」
両手を上げプルプルと震えながらコーウェルが出てくる。「おおお、お願いします。殺さないで」そう言いながらラエを捕らえている男の方へとゆっくりと歩いていった。って、ちょっと? 降参? え? 降参しちゃうの!? 他の2人は?
ラエを捕らえていた男が振り返りコーウェルを見る。コーウェルは震え上がりながら「助けてぇぇ」と懇願している。それを見た男は苦笑しながら、一歩コーウェルへと近づく。
「待てっ! 動くな!!」
斬られた方の男が叫ぶ。その声に男が再び下へ振り向いた瞬間。小屋の屋根から何かが降ってきた。太陽を背に飛び降りてきた丸いそれは……ヒューだ! ヒューの巨体が男へと飛んでいく。振り返っていた男は反応が遅れ、気づいたときには……ヒューの下敷きになっていた。
男は「くそっ、どけろ……重いっ!」と叫んでいた。そこへニコラが飛び出してくる。手にはハンマーを持っており、それを振りかざすと男の頭に……。
ゴン、という鈍い音がして、表現し難い悲鳴が聞こえ……静かになった。足場からニコラが顔を出し「バルバトスさまっ! 大丈夫です! 峰打ちですが気絶してますっ!!」と片手を突き出す。
ハンマーで峰打ちってできるのかよ……。
思わずツッコミを入れたくなったが、まぁいい。振り返り「さぁ、どうする?」と男を見た。男は苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべながらも、すぐに元の涼し気な顔に戻り「まぁいい」と吐き捨てるように言った。
「今回は引いておくとしよう。しかし忘れるな、バルバトス。我々は決して諦めたりはしない」
そう言うと踵を返す。待て、そう簡単に逃がすわけがないだろう! 『
瞬間移動系の魔法……? いや、呪文の詠唱はしていなかったはずだ。それにあれは……。
「ラエっ、ラエっっ!!」
エルの叫び声に我に返る。エルは泣きじゃくりながら小屋へのハシゴを登っていった。
「エルさま……申し訳ございません」
「何を言っているの! 悪いのは私です。長という立場にありながら、皆を守ってあげることができなかった私の……」
「エルさま……」
なんとも感動のシーンなのではあるが……。その後ろにいる剣士3人組。ヒューはどこから見つけてきたのか、カゴ一杯の果物を頬張っているし、ニコラは男を殴ったハンマーを見ながら「なるほど、これがエルフ式のハンマーというわけですね!」とご満悦の様子だし、コーウェルは……えっ、なんか下半身から湯気みたいなのが出てるけど……違うよね? 怖くて漏れちゃったわけじゃないよね!?
すっかり台無しになってしまった感動シーンはしょうがないとしても、この後どうするべきか……。そのことで頭を悩ませる。エルは何度もお礼を言った後「約束は守りますから」と確約してくれた。そのことは単純に嬉しいし、ありがたい話だ。
しかし危機は去ったとは言え、このままにしておいていいものだろか? 元はと言えば私とキョーコが原因で、彼らを危険に晒してしまった。もちろん数世紀に渡ってこの森を守り続けてきたダークエルフたちだから、私が心配するようなこともないかもしれない。
……が。ラエに抱きつきながら涙ぐんでいるエルを見ていると……放っておけない! そんな気にもなってくる。だからと言って「
そんなことを考えていたときだった。ラスティンが私の前に来て「バルバトスさま、お話があります」と珍しく神妙な面持ちで言う。
「ぼくたち、ここで修行しようと思います」
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