第41話「知っているぞ……なんでもな」

「エルさまっ!!」


 巨木の中に設置された小屋から今にも飛び降りていきそうなラエの腕を掴む……が、ラエは構わず突進していく。


 エルの首元に突きつけられたダガーがある限り、ここから駆けつけたとしても何もできやしない。むしろ、あの男を追い込めばエルに危害が及ぶ可能性すらある……。


 って言ってるのだが、この女。とんでもない力で私ごと引っ張っていく。小屋の外に設置されている足場ギリギリまでズルズルと引きずれていった。おい、ちょっと聞いてる? 止まれって、止まってってば! お前が突っ込むと逆にエルが危ないだって!!


 なんとか止めようとラエの腰に両手を回し、ぎゅっと抱きしめる。途端にラエの肘が私の顔にめり込んだ。


「きっ、貴様っ! どこを触っている!!」


 えぇ!? お前たちのためを思ってやってるのに、この仕打ち……? って言うか、このラエって女ダークエルフ。体型はゴツいくせに案外ウブなんじゃないか。ちょっと触られたくらいで顔を真赤にして座り込んでしまった。


 ふむ。若干、顎の辺りの感触がなくなってしまったが、結果オーライだろう。ラエ、お前はここで待ってろ。私が行って何とかしてくるから。そう言い残し一旦小屋の中へ戻る。ラスティンを蹴飛ばし「おい、仕事だ」と起こした。手早く指示をし、やや寝ぼけながらも「任せて下さい!」と胸を張るラスティンにうなずいて、外へ戻る。足場の端に立つと、飛翔の魔法で地面へとゆっくりと降下していった。


 宙を降りながら男の様子を確認する。男はローブをまとっている。遠目で見ても、それは「由緒正しき魔王のローブ」そっくりであり、またラエが手にしていたローブの切れ端とも酷似している。このことからふたつのことが分かる。


 まず、ダークエルフの街に火を放ったのはこいつだということ。そしてこの男こそダンジョン協会の言っていたホウライからの使者だろうということ。


 父はあまり話したがらなかったが、私のルーツがホウライにあることは真名が証明している。父から唯一聞いていた情報は「ホウライとは縁を切った。ホウライとは関わるな」ということだった。私はそれに対して懐疑的である。


 まずカールランド7世の言っていた「父がホウライ関連の仕事を引き受けていた」という事実。とは言え、こちらは恐らくホウライへの内偵調査のようなものだろう。無関係とまでは言えないが、直接我々とホウライの関係性を示すものではなさそうだ。


 しかし真名を残していることは、どう考えてもおかしい。曽祖父がこの地へやって来た時代は、ちょうどホウライが瓦解した頃と一致する。曽祖父がホウライの軍関係者で、この地にやって来た挙げ句終戦を迎え、そのままダンジョンを開設した……と考えるのが自然だろう。


 ホウライ出身であることを本当に隠す必要があるのなら、なぜ真名、つまりホウライ名を残したのか? これについては現時点では分からない。いずれにしても、この男がホウライの者であるのならば、私の素性を知られるわけにはいかないことだけは確かだ。


 それにしてもこの男。ダークエルフに仕事を依頼したということは、モンスターの手配を必要としているということだ。ホウライの残党がなぜモンスターを必要としているのだろうか……? まさか雇ったモンスターを使って、再び世界を征服しようというわけでもあるまいに。


 そんなことを考えているうちに地面へと降り立つ。エルが人質になっている以上、あまり近づくことはできない。適当な距離を取る。男はダガーをエルに突きつけたまま微動だにしない。


 さて、どうしたものか……。そもそも理由がなんであれ、エルを人質に取ったからといって、この男の要求が通るわけではないだろう。モンスターの手配は土産屋でまんじゅうを買うのとはわけが違う。少なくとも数日、長ければ数週間、数ヶ月は必要になってくる。


 その間、ずっとこうしているつもりなのだろうか? まずは男の要求を再確認しようとしたときのことだった。男が少し顔を上げて私を見た。目深に被っているフードでよく見えないが、口元が笑っているように少し歪んだ。


「バルバトス……か」


 男は静かな声でそう言う。自分の名前が知られていることに一瞬驚いたが、まだここまでは想定内だ。ダンジョンマスターとしてのバルバトスなら問題ない。「ほぉ。私も有名になったものだな。お前のような者にまで名前が知れ渡っているとはな」できるだけ平静を装いながら返す。


「知っているぞ……なんでもな。例えば王都での武闘大会……とかな」


 その言葉を聞いたときの私はどんな表情をしていたのだろうか。最悪、自分の素性がバレルことは覚悟していた。しかし、武闘大会という言葉。これにはもうひとつの意味がある。


 キョーコの存在だ。


 男が私とホウライの関係を知っていることを示唆したいのであれば、もっと他のこと――例えば曽祖父や父のこと――などを口にすればいい。わざわざ武闘大会など持ち出さなくてもいいはずだ。


 恐らくあのとき、王都にこの男かその仲間がいたのだろう。そしてキョーコの名を見て、彼女のことを調べたか、勘付いたに違いない。私のことは既に知っていたと見るのが正解だと思う。ホウライの関係者が二人も見つかったのだ。


 そして……もし彼らが私たちを何らかの形で利用しようとしているのならば……。なるほど、そういうことか。男の意図がようやく分かった。


「ほぉ、なかなか理解が早いな。現バルバトスは優秀と見える」


 男がおどけるような口調でそう言った。私はどう答えたらいいのか分からず、沈黙を保った。


「普通、おかしいと思うよな。モンスターの手配に訪れたが失敗した男が、ダークエルフの街に火を放ち長を人質に取ったところで、それが何の解決になるというのか……」


 それはさっき気づいてましたっ! とも言えず黙っていたが、あまりにも言われっ放しも悔しいので「あまりペラペラとしゃべらない方が身のためだぞ」と釘を刺し右手を突き出す。


 無詠唱の「硬化」魔法。対象の生物、物体を一時的に停止させる魔法だ。無詠唱故に、硬化時間は短く3秒ほどしかない。しかしそれで十分だ。


 男の顔が一瞬引きつり、そこで停止した。と同時に、男の背後の茂みが音を立て、何かが飛び出してきた。「おおおおおおおおっ!」と雄叫びを上げながら剣を振りかざすのはラスティンだ! 


 よしバッチリ! 打ち合わせなしだったけど、ラスティンには男の背後に回り次第斬りかかれと指示していた。そこに私が魔法のタイミングを合わせたというわけだ。ラスティンの剣が振り下ろされ、男の肩から鈍い音が響いた。


 次の瞬間、停止していた男が再び動き出し、同時に唸るような声を上げる。手に持っていたダガーが地面へと落ちた。すかさずエルを男から引き剥がし後ろへかくまう。


「ゲームオーバーだな」


 珍しく「計画通りっ!」なんじゃない、これ? いや珍しくとか言っちゃダメか。仮にも魔王なんだし。思わずガッツポーズをしそうになるのを必死で堪えた。


 男は肩に手を当ててしゃがみ込んだまま動かない。ひとまずの危険は去ったとして、この男……どうしたものか。武闘大会に言及したことから私かキョーコ、もしくはその両方になんらかの関係か興味があるのは間違いないだろう。


 そして、私がここを訪れたタイミングでの襲撃。この意図を汲み取るのは難しいが……私に用があるというのを前提にすると……恐らく妨害工作。私とダークエルフたちの関係を壊すために、街に火を放ちわざとらしくローブの切れ端を置き立ち去った。


 となると、この男――ホウライは我がダンジョンとダークエルフたちの関係を知っていて、それが修復されるのを阻止しようとしたということか。私の活動を邪魔して、一体なんの得があるというのかという部分については分からないが……。


 ひとまずはこの男から聞き出すしかあるまい。しかしなぁ……。簡単に口を割るとも思えない。かと言って拷問……なんていうのもなぁ。痛いのは見るのも嫌だし。


 そんなことを考えていると、男がゆっくりと立ち上がり始めた。周囲にはダークエルフたちが剣や弓矢を構えている。抵抗も逃走も叶うまい。しかし男が言った一言で状況は一変する。


「バルバトス、詰めが甘いな。私がひとりでのこのこやって来たと思っていたのか?」


 男の視線が右斜め上へと移動する。その先を見ると、私が先程いた木の上の小屋。外に組まれた足場にはラエがしゃがみ込んでいて、その背後にもうひとり別のローブを着た男の姿があった。


 魔法で拘束されているのか、ラエは苦悶の表情を浮かべながらもピクリとも動かない。


「ラエっ!!」


 エルの声が辺りに響いた。ラスティンに斬られた方の男がこちらへ一歩踏み出してくる。


「さて、一悶着あったが、そろそろ本題に入るとしようか」

「こんなことをしてもダークエルフはあなたに協力はしません!」


 エルが私の影から出て、男を睨みつける。


「我々はダークエルフには興味がない」


 やはりそうか。


「何が……望みだ?」


 エルの代わりに私が問いただす。


「分かっているのだろう? あの女、キョーコと言ったか。あれを引き渡せ」


 くそっ。考えられる最悪の展開だ。

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