第40話「私は疑っているがな」
ダークエルフの中心街から少し離れた場所に、1本の巨木が立っている。その木の幹にはハシゴが掛けられており、それを登ると葉に覆い隠されるように設置された小さな小屋があった。
我々は彼らに案内され、この小屋の中にいた。テーブルの向こうには、中央に下を向きながらモジモジしている少女、その隣には先程の女戦士が座っている。女戦士の射るような視線にドギマギしながら、別の意味でも動揺が隠せないでいた。
正直に言おう。私はこの少女のダークエルフ――長らしい――に夢中になってしまっていた。いや、違う。誤解しないで欲しい。
私にそういう趣味はない。なんと言うか……この少女、いちいち可愛らしいのだ。待て、待ってくれ。そうじゃないって。法に触れるような話ではないのだ。どう言えばいいのか……そうだな、例えるなら父親の心境。子供を持ったことはないのだが、恐らくそんな感じ。
我々に自分が長であると名乗ってからも、恥ずかしそうに女戦士の影に隠れながら顔を赤らめていたり「ここは危険でしゅ……ですから、こちらへ」と噛み噛みになっていたり、我々をここへ案内する道中、何度も地面に躓いて盛大にコケてみたり。「な、泣いてないもん……ません」と目尻を拭きながら起き上がったり。
人間には子供を見るときに、例え自分の子供でないとしても「保護者」としての視点になることがあるそうだ。いわゆる母性本能というやつだが、これは女性だけに限らず男だって持っているものだと私は思う。
だから、この小さなダークエルフを見て私が「守ってやりたい」と思ったとしてもそれは決してやましいことなどではなくむしろ社会的な生物である人間として当然の思考でありまた成人した者としては持っているべき資質であると私は考えるわけであってだからこそそのようなことを責め立てられる方がどちらかというと問題ではないかと考えるわけで……って、一体何と戦っているんだ!? 私は!!
ゴホン。まぁそういうわけで、何が言いたいかと言うと、先程小さな長から「街を焼き払った犯人を探して欲しい」とお願いされ、二つ返事で引き受けてしまったことも仕方がないということだ。
ちなみに長の名前はエルリエン、女剣士の方はラエスギルというらしい。「ど、どうぞエル、ラエって呼んで下さいね」と言ってくれた。お返しに「じゃぁ、私もバルと呼んで下さい」と言うと、ラエが(殺すぞ)という目で睨んできたのでここは大人しく引くことにした。チッ……。
さて本題に戻ろう。
エルの話によれば、今日の早朝に街の中心地に突然火の手が上がったそうだ。幸いにも燃え落ちた家屋は居住区ではなかったので、人的な被害はなかった。しかしそれが逆に発見の遅れになり、エルたちが気づいたときにはすでにほとんどの家屋に火が回っている状況だった。
「私たちは火事に気づき、必死で消火活動をしました」
「うんうん。よくがんばったねー」
再びラエが鬼の形相で睨むので「なるほど、それで?」と、渋々ながら続きを促す。
「はい。消火をしながら、ラエたちに火の手が上がった原因を特定するように指示したんです」
エルがそう言いながらラエを見ると、彼女は黙ったままコクンとうなずく。懐から一枚の布切れを取り出すとテーブルの上に置いた。その布は手の平ほどの大きさで、服か何かの一部が破れたようなものだった。色はやや濃い紫色で……って、あれ? これって「由緒正しい魔王のローブ」にそっくりじゃない?
「焼け落ちた建物の裏手の木に、これが引っかかっていた」
ラエがそう言って私を再びにらみつける。うーん……これは、つまり……私が疑われているってことか?
「いえいえっ! そういうわけじゃありません!!」
察したのかエルが手をブンブン振りながら必死で否定する。
「長はそう仰っているけど、私は疑っているがな」とラエ。
「駄目ですよ、ラエ! バルバトスさまは先々々々……代? からのお付き合いのあるダンジョンのお方。そんな簡単に疑っては」
「長はお優しすぎます。この男……見るからに邪悪そうな顔をしています。それに魔法も使えるとか。おい、お前。火を操る魔法は使えるのか?」
私を指さしながらラエがそう問いただす。えっ!? ダークエルフに邪悪って言われてる!? それはむしろ、本来君たちの方でしょう? やや不満を覚えながらも、手を差し出しすばやく詠唱する。手の平にボッと炎の玉が出現した。
「ほら見ろ! やはりこいつは怪しいですよ! お前、その魔法で建物に火を放ったのだろう!?」
「こら、ラエってば!! 魔法なら私だって使えます。そんなの証拠にならないでしょ?」
ダークエルフは知的で邪悪……なはずなんだが。アルエルといい、この二人といい、どうもダークエルフっぽくない。とは言え、ダークエルフの伝承は眉唾な部分も多い。彼らのほとんどは人間の街などには住んでおらず、エルの一族のように小さな集団で人里離れた場所に暮らしていることがほとんどだ。
人間は正体の分からないものを怖がる性質を持っている。交流の少ないダークエルフたちを恐れ、それがいつの間にか彼らに知的で邪悪というレッテルを貼ることになった……そういう論文を見たこともある。現に我々はアルエルの一件以前は、良好な関係を築いていたわけであるし、意外と真実であるのかもしれない。
「おい、お前! 聞いてるのか!?」
ラエがテーブルをドンと叩く音で我に返る。
「あぁ、すまないすまない。ちょっと考えごとをしててな。」
「む? 考えごとだと? 良からぬことではあるまいな」
「案ずるな小娘。私はそのような姑息なことはしない」
「誰が小娘だって!? あんただってそんなに歳離れてないだろう」
なんだよ、もう。ちょっと魔王っぽいこと言ったらすぐこれだよ……。
「いい加減になさい! ラエ、これ以上、お客さまを愚弄する態度を取るのなら、ここから出て行きなしゃ……行きなさい……」
やや尻すぼみ気味になりながらも、エルは毅然とした態度でそう言う。それを聞いたラエはややシュンとした表情になって、椅子に腰を下ろした。
「申し訳ございませんでした。それで……あの……。さっきの件なのですが」
「あぁ、犯人を探すことだな」
「はい。バルバトスさまのご用件は承りました。レベル30クラスと、できればもう少し上のレベルのモンスターを数匹所望ということでよろしいですね?」
うむ、と頷く。レベル30のモンスター。うちのダンジョンではミノタウロスのサキドエルしか、そのクラスの者はいない。そのサキドエルも最近開通したルート6のラスボスとして君臨しているわけで、本人曰く「これ以上は無理。死んじゃう」だそうだ。
そういうわけで、その辺りのレベルのモンスターが2,3人ほどいることが、ルート7再開の必須条件になっているというわけだ。
「そちらの方は私たちで何とかしますので、その間にバルバトスさまには漆黒の森の探索を行ってもらいたいのです」
それがエルの出した条件だった。
「本当に火事の原因が、何者かによる放火だと思っているのか?」
「ええ、恐らく……」
「その理由は?」
「それは……ちょっと言えません。少し前にあるお客からの依頼があって、それを断ったせい……とだけしか」
「と言うと、断られたことへの恨みから、もしくは依頼を受けさせるための脅しと?」
「はい。多分そうだと私は思っています」
……なるほど。何となくピースが合い始めてきたぞ。あくまでも推理の段階でしかないが。
「それでは早速、モンスター手配の準備をしますね。バルバトスさまたちはお疲れでしょうから、少しお休みになってから捜索の方をお願いしますね」
エルは立ち上がりラエに「お食事を用意してあげて」と言った。ラエは一瞬嫌そうな顔をしていたが、すぐにうやうやしく一礼すると建物を出ていくエルを見送った。
それほど疲れていないし、犯人を追うのなら早いほうが良さそうだ。「そうだよな?」と随分静かになっている剣士4人組の方を振り向くと、彼らは部屋の隅でぐったりと座り込んでいた。
ラスティンはゴーゴーいいながら眠りこけている。その隣でコーウェルがラスティンに押し潰されそうになりながら、こちらは眠っているのか死んでるのか分からない感じだ。ヒューは虚空を見つめながらよだれを垂らし「ご飯……ご飯……」と呪文の詠唱のように繰り返しているし、ニコラは寝転びながら床の木目を指でなぞっている。
ま、まぁ、彼らは彼らなりに一生懸命頑張ったし疲れたのだろう……。ラエに彼らのご飯と少し休ませてやってくれと言い、私は出口へと向かった。「お前ひとりで行くのか?」とラエは少々疑わしそうな目で私を見る。
いや、むしろひとりの方が色々捗っていいのだが……と言うわけにはいかず、適当に誤魔化して建物を出ようとしたときだった。
突然外から女性の悲鳴が上がった。エルの声だっ!
建物を出て足場から下を覗くと、何人かのダークエルフが半円陣になって固まっていた。その中心にはエルの姿があり、彼女の背後にはローブ姿の男が立っている。男はエルの首に手を回し、彼女を羽交い締めにしていた。
「エルさまっ!!」
私を押しのけるようにラエが飛び出してきた。今にも飛び降りそうな彼女を手で静止させ、男を指差す。男の手にはダガーが握られており、その刃先がエルの首元に突きつけられていた。
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