第39話「ニコラ、剣を貸せ」

 私と剣士4人組は森のより奥へと足を進めた。通常の森とは違い漆黒の森は、奥へ進めば進むほどダークエルフたちの手が入っているのか歩きやすくなってきていた。膝ほどまであった下草は少なくなり、代わりに固く踏み固められた小さな獣道が現れた。


 それを進むと、やがて大小様々な石が敷き詰められしっかりと整備された大きな道へと繋がっていく。いよいよダークエルフたちの本拠地が近くなってきた証だ。「もうちょっとだからな」4人を励まそうと振り返った。


「よーし、任せておいて下さい! ダークエルフたちなんて、この剣のサビにしてやりますよ!」

「ばばば、バルバトスさま。やっぱり帰りましょうよぉ」

「まずは定食屋さんを探そうよ〜」

「ダークエルフの伝統的な建築技術。この目にしっかり焼き付けておきますね!」


 うーむ。誰一人としてこの訪問の目的を理解していないのだが……。そもそも護衛してくれるんじゃなかったの? 建前だとは分かっていたけど、こんなに早くにボロを出すなよな。


 諭してやる元気もなくなったので、とりあえず今後のことを考える。アルエルの一件以降、我々とダークエルフの関係はほぼ断絶している。別に出入り禁止となっているわけではないのだが、話を蒸し返されることを恐れて、特に私の代になってからは1回もこの地を訪れたことはない。


 ダンジョンが私の代になって数年経ったころ、ダークエルフの長も代替わりしたという噂は聞いていた。そのときが関係修復の最大のチャンスだったのかもしれない。だがダンジョンへの来訪者が減り始めモンスター増強の必要性がなくなってきたことと、やはりアルエルの一件を気にしていたことが私の決断を鈍らせた。


 そのツケが、今になって払わされることにならなければいいのだが……。


「あっ! バルバトスさま、あれ!」


 ラスティンの言葉に我に返る。視線を上げると木々の間から、数件の建物が視界に入ってきた。ダークエルフの居住区の一角だろう。しかし、おかしいな。通常彼らはよそ者の来訪に対しては排除はしないまでも、警戒は怠らないはず。取引目的であったとしても、居住区に立ち入る前には厳重な警備網にかかることを予想していたのだが……。


 変なのはそれだけではない。ニコラが駆け寄って熱心に見ている建物。どうも人の気配がしない。数軒の家が並んでいるその脇を、石畳の道が奥へと伸びている。黒くないエルフの街もそうなのだが、ダークエルフたちも人間のように森を切り開いて街を形成したりはしない。森との調和を意識しているというか、木々を伐採するのを最低限にしているような感じだ。


 そのため街に入ったとしても、全容を掴むことはできない。記憶では街自体はそれほど大きなものではなく、ここから少し歩けば中心街に達するはずなのだが。4人を引き連れて先へ進む。木々の間を這うように曲がりくねっている石畳の道を歩くこと数分。少しだけ開けた地へとたどり着いた。


 そこはダークエルフの街の中心地……のはずだったのだが、その光景を見て私は思わず愕然とする。


 中央には小ぶりの広場。それを囲うように家々が配置されているのだが、そのどれもが焼け落ちてしまっていた。扇状に広がる家の中心には、他のそれよりもやや大きな――かつて家だったと思われる――炭の塊が積み上がっている。


「火事……でもあったんでしょうか……?」


 コーウェルが私のローブの影からチラチラ覗きながら心配そうに言う。私もそう思ったのだが、よくよく見ると違和感を感じる。炭になってしまった家々からは、まだ僅かながら煙が登っており、辺りには焦げ臭い匂いまでも立ち込めている。


 つまり家屋が延焼、鎮火してからそれほど時間は経ってないということだ。それなのにどうして、ここまで人の気配がない? 通常の火事であるのならば、消火活動をした後であるとしても、まだ燻っている火の気を残してどこかに行ってしまうということにはならないのではないか?


 となると……。


 周囲を見回す。広場の周囲に広がる木々の所々に、何かが光っている。「しゃがめ!!」咄嗟にそう叫んで地面に手をつく。素早く魔法を詠唱し『大地の守護アースシールド』を発動させた。


 地面が揺れ地響きと共に我々の周囲の地面がせり上がる。円形状にせり上がった地面は、私の背丈ほどの高さまで達した。「一体どうしたん――」私に問いかけようとしたヒューの顔の真横を風を切る音がかすめた。「しゃがんでろって!」ヒューの頭を掴んで地面に押し付ける。


 4人に「こっちへ来い」と土の壁の一角へ呼び寄せ座らせた。先程までヒューが立っていた場所の奥の壁に、1本の矢が刺さっているのが見える。「ええええ!? ななななな、なんですか、これは!?」それを見たコーウェルが私のローブを必死で掴む。


 先程確認できただけでも、周囲には数人程度の弓使いが潜んでいるのだろうと思われた。実際には倍はいるに違いない。幸いなことに、完全に包囲されているというわけではなく、焼け落ちた家屋の側にだけ潜んでいるようだ。


 とりあえずはこの程度の高さであっても、十分防御壁となるだろう。それよりも問題は、何故彼ら――ダークエルフたちが、我々を襲ったのかということだ。状況から考えられることは、彼らを襲い家屋を延焼させた奴と勘違いされている……といったところか? それならば、と「我々は敵じゃない! 私は『鮮血のダンジョン』マスターのバルバトスだ!」彼らにそう叫んでみる。が、返事はない。


 仕方ない。「ニコラ、剣を貸せ」ニコラは鞘から剣を引き抜くと私に手渡した。うむ、相変わらずピッカピカに輝いているな、これ。使ってるの? ねぇ、剣士なのに剣使ってないんじゃないの?


 刀身にはっきりと映る自分の顔を見ながらそう突っ込むと、ニコラは「えへへ」と照れている。いや、褒めてないけどね。


 しかし、これなら使えそうだ。剣をそっと壁の上へと差し出す。刀身に周囲の様子が映し出された。これで辺りの状況を確認しよう。確か、あの辺りに弓使いがいたはず……剣の角度を調整していると、木々が揺れているのが確認できた。まずいな……。


 どうやら壁に隠れた我々を射抜くために、後方へ移動している奴がいるらしい。迷っている暇はない。剣を置くと、再び地面に手を当て魔法を詠唱する。


 地面が揺れ、土の壁が更にせり上がる。やがてそれらは我々を包み込むように、ドーム状へと変化した。頂点辺りで繋がったのを確認して詠唱を止める。よし、これでしばらくは大丈夫だろう。


「暗いですね」とラスティン。


 うむ、真っ暗だな。魔法『一筋の光明サーチライト』を発動させると、空間にボヤッとした光の玉が浮かんだ。さて、安全は確保されたわけだが……これからどうしよう? なんとか誤解を解いて彼らと交渉しなくてはいけないわけで、このまま引き篭もっているわけもいかない。


 そんなことを考えていると、何やら壁の向こうから話し声が聞こえてきた。ダークエルフたちが集まってきているようだ。そこそこ厚い壁にしてあるので、はっきりとは聞こえない。壁に耳を当てて、どういう状況かを確認しようと思った。


「……した? 何……」

「……さま。実はあのロー……まして……のですが」

「……? それは……の……だったか?」

「いえ、……の……高いのですが、弱そうな……」

「そ……は、きっと……だろう」

「あぁ、バル……とか……ました」

「……な。あいつは……ないが……ないって噂だから……ないだろう」


 うーむ。なんかよく聞き取れないのだが……。なんとなく悪口を言われているような気がしないでもない。もっと聞こえないものかと壁により耳を密着させてみると「……すぞ! どけてろ!」という声。


 咄嗟に飛び下がり4人組を屈ませた。数秒後、凄まじいほどの轟音が鳴り、目の前に土煙が立ち上った。『大地の守護』を突き破った……だと?


 思わず咳き込みながら振り返ると、壁に大きな穴が開いて光が差し込んでいるのが見えた。そこにぼんやりと人影が見え「おい、出てこい」という声。


 ヨロヨロと立ち上がり外へと出る。周囲には10人ほどのダークエルフたちが弓矢や剣を手に我々を囲むように立っていた。その中央には、2人の女ダークエルフ。ひとりは私よりも体格の良い、いかにも屈強の戦士という感じ。その腰ほどの背丈のダークエルフの少女が、女戦士の腰に手を回し半分ほど顔を出している。


 あぁ、そう言えば代替わりしたダークエルフの長は女性だと協会からの情報誌『月刊ダンジョン』に載っていたな……。ということは、この――『大地の守護』をぶっ壊した――大きな斧を担いでいる女戦士が現在の長というわけ……か。


 怖くない? 怖いよね? 腕の太さだけでも私の足くらいあるよ? あんなに重そうな斧を軽々と担いでいるし。キョーコの腕力もたいがいだったが、あれは外観は普通の少女だっただけに、この見た目のインパクトはでかい。


 ダンジョンマスターとしての威厳を保たなければならないのは確かだが、ここは彼らの地。あまり強気に出るのもよくない。うん、そう。そうだよね。


 自分にそう言い聞かせて、少し芝居がかった礼をする。


「お初にお目に掛かります。『鮮血のダンジョン』マスターのバルバトスと申します」


 ところが女戦士は、じっと私を見据えたまま口を開かない。あれ……? もしかして、怒らせちゃった……? もうちょっと下手に出た方がよかったかも……。


 心の動揺を、表情に出さないように気をつけながらも、どうしたものかと考える。女戦士は相変わらず無言で私を見つめている。なるほど……、これはアレか。心理戦って奴だな。先に視線を逸らせた方が負け、みたいな? 


 それならば負けるわけにはいかない、と私も顔を上げ女戦士に視線を返す。と、下の方から声が聞こえてきた。


「わっ……私がダークエルフのおしゃ……長……ですっ!」


 ん……? 視線を下げると、女戦士に隠れるようにしていた小さなダークエルフが必死でそう訴えていた。

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