第38話「ついて来ちゃいました」

 漆黒の森は、ダンジョンと王都の中間地点よりもやや西に位置している。王都への街道は東よりに回って伸びているので、王都へ向かうことを考えれば、遥かに早い時間で到達することができる。


 ダンジョンを出ると、西に伸びている街道を進む。そのまま3日ほど歩けばハーフィールド王国との国境になるが、今回はそこまで行かない。しばらく歩くと街道右手に深い森が見えてくる。漆黒の森の南端だ。調教師テイマーは森の奥深くに拠点を構えている。問題はその調教師だ。彼らは人間ではない。


 ダークエルフ。


 そう、アルエルを追放した一族。彼らは太古より漆黒の森を活動拠点として暮らしている。王国内でも唯一の自治区として認められており、政治的にも外交的にも王国とは一線を画している。先のホウライ襲来の際には、流石に共闘したと言われているが、それ以外では完全に独立した地となっている。


 それ故にこの森のなかでは、王国の法が通用しない。森の中には様々なモンスターが守護者として君臨しており、ダークエルフと共に他者が森へ入ることを阻止している。冒険者の中には刺激を求めてこの森に挑む者もいるが、その多くはその後の消息が分からない……。


 なーんてね。


 それは結構前の話。ダークエルフが調教師を生業とし始めた頃――私の祖父の代――から、そこまで他者を拒まなくなった。と言っても、治外法権の地であることには間違いないので、ここに立ち入れば身の安全は保証されないというのは事実ではあるのだが。


 そんなことを考えながら、森へと入っていく。ダークエルフたちが拠点としている場所は、更に森の奥深く。森は鬱蒼とした木々で覆われており、知らない者が立ち入ればたちまち方向感覚を失って迷ってしまうほどだ。


 ただ、我々は彼らと取引をしていたこともあり、この森の抜け方を熟知している。木々にはよく観察しないと分からない程度に魔法の目印がされており、それに従って進んでいけば自然と彼らの拠点へとたどり着く。


 膝丈ほどの草を踏みながら慎重に進む。気をつけるべきはトラップやモンスターなどではない。森に入った辺りから感じていたのだが、どうも殺気を感じる……。探知魔法を使ってみようかと思ったが、できるだけ魔力を温存しておきたかったし、逆にこちらの位置を知らせることにもなりかねない。ここは別の方法で追跡者を見つけなければ……。


 前方にやや密集して生えている背の高さほどの低木があった。それを回り込むように抜け、素早くかがみ込む。こんな幼稚な手に引っかかるとは思えないが、まずは小手調べだ。しばらくすると、カチャカチャと金属の擦れる音が聞こえてきた。ゆっくりと地面を踏みしめる音、何かささやくように話す声も聞こえる。


 低木が揺れるが、追跡者らしき人物は姿を現さない。どうやら周囲を伺っているようだ。しかし「おい、押すなよ」「ぼ、僕じゃないよ」「疲れた~、お腹減った~」「ふむ、なかなか良さそうな木ですね」という声。


 おい……。


 立ち上がり低木を手で掻き分ける。「うっ、うわー!!」うわーじゃない! なにやってんの!? ラスティン、コーウェル、ヒューにニコラ!!


「あはは……。バレちゃいましたか」ラスティンがわざとらしく頭をかきながら照れ笑いしている。


「僕ら、バルバトスさんの護衛がしたくって、ついて来ました!」

「ぼぼぼ、僕は止めとこうって言ったんですよ。漆黒の森って危ないし」

「バルバトスさま~。ご飯まだ~?」

「この木はいい材料になりますよ。帰りに切って持ち帰りましょう」


 うーむ。相変わらずのチームワークのなさ。と言うか、駄目でしょ? ついて来ちゃ。


 そう言って聞かせるが、彼らは口々に「嫌だ。連れってって」と駄々をこねる。護衛してくれるって言うけど、どちからと言えば私が彼らの護衛をしなくちゃいけないような気もしないでもない……。


 が、どうにも帰りそうにもないのも事実なわけで、ため息をつきながら「はいはい。分かった分かった」と渋々同意する。まぁ、危険は……ないとは思うのだが……。ただキョーコを連れて来なかった理由。ある男のことが気にかかる。


 王都を訪れていた際、ダンジョン協会を訪ねたときのことだ。私はある情報を入手していた。協会はダンジョンとダークエルフを仲介している存在であり、彼らの動向にも詳しい。そのこともあり、漆黒の森へ出入りしている人間がいれば、その存在を察知することは難しいことではない。


 約半年ほど前から漆黒の森に、ある人間が頻繁に出入りしているのが確認されたらしい。それ自体はそれほど珍しいことではなく、協会としてもその男の素性を知るまでは問題視していなかった。


 ただ、その男がホウライよりの使者だったことが、協会、そして私の関心を引いた。ホウライは大陸を席巻したのち、瓦解し、極東の一部の地域に押し込められている。一応、国としては存在しているが、大陸一の小国となり他の国との交易も絶たれた今、経済的にも軍事的にも国としての体をなしていない。


 この地から遠く離れた小国。その国の使者がダークエルフに一体何の用があるというのか? 軍事的な脅威はないとは言え、同じホウライにルーツを持つ私、そしてキョーコにとってはあまり気持ちの良い話ではないのは確かだ。


 それがキョーコを連れて来なかった理由だ。


 私の場合、曽祖父の時代からホウライとの縁は切れていたので、恐らく素性を知られているということはないだろう。しかし、キョーコは違う。ホウライ由来の名を名乗り続けていることもあるし、何より記憶を失っているという部分が気にかかる。


 肉体を内部から強化するキョーコの魔法。あれは間違いなくホウライのものだ。と言うことは、キョーコはホウライと何らかの関係があると見るのが自然だろう。勘ぐれば「キョーコはホウライからの刺客」と見ることもできるが、それは信じたくない。


 あの日、キョーコと交わした言葉。彼女が流した涙。それが全て嘘、演技だったなどということは考えられない。そもそも、私のダンジョンに潜入する意味が分からない。いっそ王国に忍び込む、というのなら話は分かるのだが……。


「バルバトスさま、どうされましたか?」


 突然、ラスティンに話しかけられ、自分が考え込んでしまっていたことに気づく。「あぁ、すまない。さぁ、先を急ぐぞ」ヒューは「え~、ご飯は……」と不満げだが、そもそも食料は持ってきていない。そう告げると、まるでこの世の終わりのような顔をしていた。


「まー、ちょうどいい機会じゃないか。ほら、歩いた歩いた。ダイエットしないと、鎧もパンパンになってきているじゃないか」そう言って、ヒューの尻を叩く。

「コーウェルを見ろ。あそこまで痩せろとは言わないが、もうちょっとスリムにならないといけ――」とコーウェルの方を見ると、既に顔が真っ青になって、手足がプルプル震えている。


 って、ちょっ! もしかして死にかけてる? 歩きすぎ? HP1とか、そんな感じっ!?


「筋トレになりますから、俺が背負っていきます」とラスティン。お前、意外といいヤツなんだなぁ。でも、背負ったままスクワットし始めるのは止めて。一向に進まないじゃない。


 なんだか賑やかになったのはいいのだが、この調子だとダークエルフの拠点にたどり着くのがいつになるのやら……。


 そんな感じで深くため息をつきながら、再び歩き始める。追跡者の正体も分かったことだし、ここからは一気に歩を進めないと……。そこである違和感に気づく。


 そう言えば、私はさっき殺気を感じて立ち止まったはず……。「さっき感じた殺気」か……。メモしておこう。いや、そうじゃない。それも大切だが、今はそれよりも大切なことがある。


 この4人が私に殺気を放った? そんなことはないだろう。と言うことは、別の……?


 辺りを見渡す。が、既に殺気は感じられず、人の気配すらない。思い違いだったか? ラスティンたちが近づいてくる気配を間違って感じたのか?


 いずれにしても立ち止まるのは愚策だろう。私たちは、森のより奥へと歩を進めた。

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