第37話「サバ……読んでるんだろ?」

「うん? どうした、りょーちゃん? 改まって」


 ようやく本から視線をずらしたキョーコが、不思議そうな顔で私を見る。いやだから、りょーちゃんは止めて……と言おうと思うが、今はそれは置いておく。ひとつひとつ片付けていく必要があるだろう。


「ちょっと、そこに座りなさい」

「またそれ? 何なんだよ一体?」

「いいから、座りなさい」

「ハイハイ。オオセノ ママニ。バルバトスサマ」


 ブツブツ言いながらも、ちょこんとベッドに正座する。「で、何?」なんで、そんなに高圧的な聞き方するのかな? 


「サバ……読んでるんだろ?」

「……サバヨム?」

「あぁ、いや。サバを読む、な」

「って、どういうこと?」

「慣用句で『サバを読む』って知らないのか?」

「あー、うーん……。あぁ、確か『数をごまかす』みたいなヤツだっけ?」

「うむ。その通りだ」

「で、あたしがなんのサバを読んでるって言いたいんだ?」

「そりゃまぁ……歳……とか?」

「歳?」

「ごましているんだろ? 歳」


 言っちゃった。


 キョーコはしばらく考え込みながら「うーん?」と首をひねっている。仕方ない。


「誠に言いにくいことではあるのだが」


 改めて、順を追って説明する。それを聞いたキョーコは、手の平で数を数えながら「8,9……あー、本当だ」と悪びれず答えた。


「確かに、りょーちゃんの言う通り、おかしいな」

「いや、まぁ、キョーコも一応、女の子だから……。そういうことをしたいという気持ちは分からないでもないのだが――」


 少し言いにくいことだけに、若干モニョモニョとした口調でそう言うと、キョーコは大笑いしながら「あー、違う違う。別に、本当の歳をごまかしたかったってわけじゃないって」と答える。


「前に、記憶をなくしたって言ったろ?」


 あ、そう言えば。


「だから、本当の歳って分からないんだよ」

「じゃぁ、どうして16歳などと」

「記憶をなくしたあと、はじめてたどり着いた国『ヴェルニア共和国』でさ。情報を集めに酒場に行ったら、店主に『子供が来るところじゃない』って追い出されてね。で『何歳に見えるって言うんだ?』って聞いたら『12、13歳くらいだろ』って」


 あー……。確か3年くらい放浪してた、って言ってたから……。もしかして、13歳+3年で16歳ってこと?


「そう。誕生日もその日、11月7日ってことにしてるんだ」


 なんといういい加減さ、大雑把さ……。まぁ、実にキョーコらしいと言えばキョーコらしいのだが。「一応、12,13歳って言われたから、これでも上を取ってるんだぞ」と、変なところを自慢げに話している。


 となると……。キョーコの話を元に、私の記憶と記録が正しいのならば、私が9歳、キョーコが4歳か5歳ごろ……。4歳としても、年の差5年。


 私が25歳だから、キョーコは二十歳前後……ということになる。


 女性の年齢は難しい。が、と言ってもキョーコが二十歳前後か、と言われるとその方が違和感を感じるのも事実だ。キョーコは「若く見られるって言うのは、悪い気はしないけどな」とご満悦の様子だが……。


 改めてキョーコを観察する。上から順に下まで見て、また上へ。うーむ……。具体的にどこが、と言われるとちょっと困るのだが、やはり二十歳には見えないし、正直16歳にも……見えないことはない、という程度だ。


「何、ジロジロ見てんだよ。イヤラシイな」

「ちっ、違うっ! そんな目で見ていたわけじゃないって!」

「どうだか? あ、もしかして、あたしをダンジョンに加えたのって、そういう目的で……?」

「ちょ、おまっ……! って、それはお前が『あたしを雇え』って言ったからじゃない!?」


 キョーコは「冗談だって」と、再びコロコロ笑い転げている。むぅ、なんかおもちゃにされている気がするのだが……?


 まぁキョーコのサバ読み疑惑は、一応晴れたわけではあるが、私はどこか引っかかっているような感触が拭えない。キョーコの見た目は「若く見える」だけの問題ではないような気がしていた。確かに世の中には、驚くくらい実年齢とかけ離れた容姿を持っている人間はいる。


 私など「30代」に間違われることも多いし……。


 しかし、キョーコに関しては、それで納得できるかと言えば、そうではない気がしてならない。とは言え、それはただの直感だし、これ以上話を続けていると、私のセクハラ疑惑の方が高まりそうだった。


「あれ、もうこんな時間じゃないか。ダンジョンに戻らないとな」


 そう言ってキョーコが立ち上がる。時計の針は、午後を少し回ったところを差していた。


「うむ。私も『憩いの我がダンジョン亭』の仕上げに戻ろうか」

「本当にそういうの好きだよな。りょーちゃんから、ダンジョン建設やDIYを取ったら、何も残らないんじゃない?」

「バカを言うんじゃない。ちゃんと『魔王』という、素晴らしい天職があるじゃないか」

「でもさ、魔王らしいことってしてない気もするんだけど?」

「うっ……。そ、そんなことはないぞ?」

「具体的には?」

「あー、それは……だな……。つまり……あっ! ほら、あれあれ。ルート7。あれもちゃんと考えているぞ」

「配置するモンスターがいないって言ってたやつか」

「そうそう。それそれ」


 そう。決して突っ込まれて苦し紛れに答えたわけじゃない。ちゃんと考えてる。想像以上に好調なルート6人気にあやかって、更に上級ルートを再開。それに必要なモンスターの確保。


 現時点ではミノタウロスのサキドエルくらいしか、ルート7に相応しいクルーは在籍していない。そこで新しくリクルートしてくる必要がある。ところが、人間やエルフなら王都に行って探してくれば良いのだが、モンスターとなるとそうはいかない。


 基本的にモンスターは野生のものだ……と思われがちだが、実はちゃんとルートがあったりする。「調教師テイマー」と呼ばれる職業が存在し、彼らを仲介してダンジョンへ招くことが可能になっているのだ。


 この近くでは、ダンジョンからやや北西に広がる森林地帯、通称『漆黒の森』に、彼らの拠点がある。そこに行って交渉し、契約が成立すればダンジョンに新たに迎え入れることができる。資金的な問題と、あまり行きたくない地域なので、今までなかなか足を運ぶことがなかったが、そうも言っていられまい。



◇ □ ◇ □



「あたしも連れてけ!」


 翌日「調教師」の元を訪ねようと出かける私に、キョーコはローブの裾を引っ張りながら抗議した。こらっ、止めろ! って、止めてぇぇ! ローブ破れちゃう!! もうこれ最後の1枚なんだから。これダメになったら、あの農夫の衣装しかなくなるんだから!!


「連れてかないと、ボロボロに引き裂くぞ」と脅されたが、今回は駄目だと言い聞かせた。


「私が留守の間、ダンジョンを頼めるのはお前しかいないだろ? 幹部なんだからさ」

「幹部ならアルエルだっ……」


「アルエルだっているだろ」って言いそうになって止めたな。まぁ、賢明な判断だ。当のアルエルはというと「漆黒の森に行く」と告げると「私は……お留守番してますね」と、少し寂しそうな顔になっていた。


 仕方がないことだ。漆黒の森。そこはアルエルを追放した、ダークエルフの一族が暮らしている地だから。「調教師」も彼らの生業であり、アルエルを保護した一件以来、我々が彼の地を訪れたことはない。


「じゃ、行ってくる。留守を頼んだぞ」


 キョーコはまだ不満そうな顔をしていたが、ようやく諦めたようだ。ローブも、ちょっと破れただけで済んだ。キョーコには悪いと思ったが、そちらの方も仕方がないことなのだ。


 危険性は少しでも排除しておかなければならない。

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