第二章

第36話「私に言うことがあるんじゃないか?」

 さて、読者諸兄におかれては、前回の「最終話っぽいけど最終話ではない話」を読み、感極まった方も多かったと推察される。きっと「涙で文字が読めなくなった……」「あまりに大量の涙を流しすぎて、うっかり脱水症状になった」という方が続出しているのではなかろうか、と心配している次第だ。


 そんな感受性豊かな皆様に、私としては『由緒ある魔王のタオル』を手渡したいところではあるのだが、如何せん、これは現存する最後の一枚。近日オープンする、ダンジョン併設宿屋『憩いの我がダンジョン亭』1階にて販売する予定である『由緒ある魔王のタオル(レプリカ)』をお買い求め頂きたいところである。


 それはそうと、だ。


 私とキョーコの意外な接点を知った約一週間後。私は『憩いの我がダンジョン亭』の建設に取り掛かっていた。もちろん、ルート6の改修工事、マルタとレイナの部屋の建設は、既に済ませてある。


 ルート6は「今までとは違う、ぴりりと辛い大人のルート」として、おかげさまで人気を博している。この点ではキョーコの言っていたことが正しかったわけだ。ルート7以降は、現時点では目処が立っていない。魔道トラップは、王都で買い込んだので大量にあるのだが、如何せん配置するクルー不足に悩まされている。


 近い内に検討せねばならない。


 マルタとレイナの部屋は、こだわりにこだわったので、過去最高と言っても過言でないほどの出来となった。二人の個室に、共用のリビング。やたらと荷物の多い二人のために、収納は特に豊富にしておいた。


「まぁ! こんな素敵なお部屋に住ませてもらって、本当に良いんですか!?」


 レイナはとても気に入ってくれた様子。マルタも「フン、悪くはないね」と言っていたから、きっと同じだろう。王都でのことがあり、マルタのご機嫌だけは損ねないようにしないといけないことを学んだ。今回は成功と言っていいはずだ。


「あー、いいなーいいなー。私もこんなお部屋がいいですー」


 アルエルは完成した部屋を見ながら、そんなことを言っていた。駄目だって。お前、既に2部屋も占拠してるでしょ? 1部屋返すっていうんなら、改築も考えてやっていいぞ。そういうと、ふてくされながらも大人しくなった。


 まったく。ちょっとはキョーコを見習って欲しいものだ。「部屋? 寝れればどんなのでもいいよ」と相変わらず無頓着ぶりなことを言っているのは、ちょっと悲しいが、アルエルのワガママっぷりから思えば、可愛らしいものだ。


 そう、そのキョーコの話だ。『憩いの我がダンジョン亭』の配線を行いながら、気づいたことがある。というか、ついさっき気がついた。


 展望台で思い出したキョーコとの出会い。あれ、おかしくない? だって、私が8歳か9歳のころのことだよ? 相手の女の子(キョーコ)は、私よりちょっと年下。多分4歳か5歳くらい。


 一方、私の今の年齢は25歳。キョーコは16歳だと言っていた。


 おかしいでしょ?


 計算、合わないでしょ?


 9歳差、ということを考えると「キョーコが4歳だったとして、私が13歳のときの出来事」になるし。私の記憶違いか……と思い、念の為、祖父の代より付け続けている「ダンジョン日誌」を紐解いてみた。


 それによると「旅の途中のキャラバンが、我がダンジョンに立ち寄った日」は、私が2歳のとき、9歳のとき、17歳のときだった。間隔的には、そろそろまた立ち寄るころなのかも……と、それはとりあえず置いておこう。


 2歳と17歳は、記憶と照らし合わせても絶対に違う。つまりだ。私が9歳のときに、キャラバンと「約束した少女」が、我がダンジョンにやって来たのは間違いない。年の差9歳のキョーコは生まれたばかり、というわけ。


 どうも、おかしい……。


 しかし、お互いの記憶が一致している以上、あれが「夢の出来事だった」というわけはない。確かに、私とキョーコは、あの日展望台で約束を交わしたのだ。となると、答えは……。脳裏に「年 齢 詐 称」という文字が浮かび上がる。


「おーい。お昼ご飯だって、レイナさんが呼んでるぞ~」


 ちょうどいいところに。おい、キョーコ。ちょっと話がある。「なんだ?」まぁ、いいから、そこに座りなさい。「なんだよ? ご飯、冷めちゃうだろ」とブツブツ言っているキョーコを座らせる。


「私に言うことがあるんじゃないか?」


 こういうとき、人の本性が現れる。素直に「年齢、誤魔化してない?」と聞けばいいものを、このような遠回りな言い方をしてしまうのに、若干後ろめたさを覚えた。が、キョーコは「言うこと? なんのこと?」とキョトンとした顔をしている。


 なるほど、あくまでもしらばっくれるということか。


 しかし、こうなると、打てる手が少なくなってくる。例えどれほどキョーコが凶暴だとしても、そこはやはり女の子なのである。面と向かって「年齢、誤魔化してない?」と聞けるほど、魔王のメンタルはタフではない。


 いや、ここは「そこまで魔王はガサツではない」と言っておこう。ここは焦らず、作戦を練り直すべきだ。「なんだよ? 用がないのなら、さっさとご飯、行こうぜ」と立ち上がるキョーコに「配線を済ませてから行くから、先に食べててくれ」と言う。


 キリのいいところまで……と夢中になって工事を進めているうちに、いつの間にか1時間以上が経過してしまった。大慌てで『最後の晩餐食堂』に向かうと、マルタが「遅い」と机を拭きながら睨んできた。


 その気迫に若干押されながらも「あのぁ、お昼ご飯は?」と聞くと、どうやらもう片付けてしまったらしい。「でも、バルバトスさまのご飯なら、キョーコちゃんがお部屋に運んで持っていきましたよ」とレイナさん。


 自分の部屋に行ってみると、レイナさんの言う通り机の上にトレーに乗ったご飯が一式。そして、ベッドにはキョーコが寝転んで何やら本を読んでいる。「お、りょーちゃん。遅かったじゃないか。マルタが『片付ける』って言うから、こっちに持って来ておいてやったんだぞ」と、やや恩着せがましく言う。


 りょーちゃん……。


 あれ以来、キョーコは暇さえあれば、私の部屋に入り浸るようになった。そして、部屋にいるときは、私のことを「りょーちゃん」呼ばわりする。何度か注意したのだが、その度に「別にいいだろ? クルーの前じゃ、ちゃんと『バルバトス』って言ってるんだし。それにバルバトスって言いにくいんだよ」と言い返してくる。


 馴れ馴れしい……というつもりはない。しかし、正直その呼ばれ方は、どうもむずかゆいというか、はっきり言うと恥ずかしい。とは言え「恥ずかしいから止めろ」というわけにもいかず、どっちにしても言って聞くようなヤツじゃないし……ということで、今回も諦めの境地に至るというわけだ。


 小さくため息をつきながら、席に着く。トレーの上に被さっている布を取ると、美味しそうなご飯が顔を覗かせる。同時になんとも言えないほどいい匂いも。ほほぉ、冷めてしまってはいるが、これは見るからに美味そうだぞ。ツヤツヤご飯に、新鮮お野菜たっぷりの煮物。そして……ん? この焼き魚は……?


「サバ……?」思わず口に出してしまう。

「ん? どうした?」

「これ……この魚……」

「んー? あぁ、サバだろ。レイナさんが『旬にはまだ早いんだけど』って言ってたぞ」

「ほほぉ……。サバ、と言えば『サバを読む』という言葉もあるよな」


 上手いっ!! 我ながら、自然な会話の流れにうっとりしてしまう。まさに「魔王的会話術」と言っても過言ではなかろう。どうだ? そっとキョーコの様子を伺う。


 が、彼女は平然とベッドに横たわりながら本を読んでいる。僅かな動揺でも見逃すまいと目を凝らすが、一向におかしな様子は見られない。うーむ?


 ここはやはりキチンと話しをしておくべきかも知れぬ。箸を置くと、椅子ごとキョーコの方を向いた。


「ちょっと、話があるのだが」

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