第34話「記憶が戻ってきたんだ」
私はひとり、展望台に立っていた。
王都からダンジョンに帰ってきて、3日が過ぎようとしていた。陛下との対談は困難なものだったが、結果としてはよいものとなった。アルエルが「10万ゴールド欲しいですっ!」と言い出したときは、本当に心臓が止まっちゃうかと思ったが、意外にも陛下は「よかろう」とすんなり認めてくれた。
個人としての10万ゴールドは大金だが、国家としてははした金、ということなのだろうか。だったら、もうちょっとふっかけててもよかったなかぁ……と、今更ながらに思う。まぁ、今だから言えることなんだけど。
陛下の依頼内容は、結局明かしてもらえなかった。「依頼を受けぬ者に、内容は明かせぬ」ということのようだ。マルタが脅しても口を開かなかったことから、恐らく余程の機密事項のようだ。
まぁ、おおよその推察はできる。「他国へ行け」という依頼は、すなわちスパイ活動だろう。縮小し、最貧国となったホウライに、どのような価値があるのか……? 恐らく例の「独自の魔術」に関することだとは思われる。
一般的にそれは「伝説」として語り継がれており、実在しないものだと信じられている。ただ、私はキョーコの魔術を知っており、それがホウライ由来のものだと確信している。それを陛下が知っていたのかどうか……。
多分「知らなかった」というのが正解だと思う。知っていれば、あの場でキョーコを帰すような真似はしなかっただろう。真意は分からないが、これ以上この問題に首を突っ込めば、藪蛇になるのは間違いないだろう。
いずれ、はっきりさせなければならない問題かもしれないが、それは今ではない。
ダンジョンへ帰ってくるのは、あっという間だった。陛下が気を利かせて、馬車を用意してくれたからだ。お陰で王都に向かうときのようなドタバタはなく、数時間程度で無事帰ってくることができた。
魔導器も大量に仕入れてきたので、それが届くのが楽しみだ。
ダンジョンに帰ると、皆が出迎えてくれた。予定よりやや遅くなってしまったので、心配してくれてたようだ。「遅いじゃないか、バルバトス。ワシが迎えに行こうかと思っていたところじゃ」とランドルフさん。来なくてよかったと思う。老人には、あの炎天下は過酷だ。
数日程度のことだったので、皆変わりなく元気にしていたそうだ。唯一ボンが、太い氷柱にされていたことくらいか。どうやら出掛けのアレは『剣士4人組のコーウェルと意気投合したボンとロックが、私に内緒で宴会を開こうと画策していた』ということらしい。
ボンに皮被せたらコーウェルになる、というくらい似ている彼ら。どうやらボンたちは「新しい仲間が入った!」と勘違いしていたらしい。他の3人は「人間だ」って言ってたくせにな。氷柱になっていた理由は、薄月さんが「ふふふ、悪いことしちゃ、めっということで」と笑っていたのを聞いて理解した。
まぁ、そういうわけで、なんだかんだあったものの、ようやく平穏な日常に戻ったという感じだ。
そろそろ夏、とは言え、夕方は随分過ごしやすい。風が心地よく吹き、涼しいくらい。真っ赤に染まった夕日が、山々の間に落ちていく様がとてもきれいで、思わず見惚れてしまう。
「キレイだな」
突然隣から声が聞こえて、飛び上がる。振り向くとキョーコ。って言うか、なんでお前、いつもいつも、そっと忍び寄るの!? え? 普通に来たって? そうなの……?
「なぁ、バルバトス」
いつになく真剣な表情でキョーコが言う。展望台の柵にもたれかかるように手をかける。私も同じようにしながら「なんだ?」と答えた。
「前に……『どうしてこんな辺鄙なダンジョンを手伝おうって思ったのか?』って、お前聞いてたよな」
「あぁ、そうだな。なんだかんだではぐらかされたが」
「はぐらかしたわけじゃないって! あのときは……自分でもよく分からなくって」
「あのとき?」
確かにあのときキョーコは「自分でもよく分からない」と言っていた。しかし、ということはだ……。
「今は分かるというのか?」
キョーコは黙ってうなずく。
「あたし、昔の記憶が曖昧でさ。3年より前の記憶がほとんどないんだ。記憶喪失……なのかもしれないけど、もしかしたら、思い出したくない忘れたい過去があるのかもしれない」
一般的に、ホウライ出身者に対する世間の風当たりは厳しい。ほとんどの国民が、その名の由来を知らぬとは言え、一部にはそういう知識を持った者もいる。彼らにとって、我々のような名は「忌み嫌うべく存在」であり、ホウライ出身者の多くは、我が一族のように名を封印して暮らしていると聞く。
キョーコという名をそのまま使ってきた彼女が、どんな苦難に会ってきたのかは想像に難くない。キョーコが言っているのもそういうことだろう。
「でもさ、あの国王との会談の後、徐々にその記憶が戻ってきたんだ」
そう言えば、確かに陛下が「ホウライ」の名を出したとき、キョーコはあからさまに表情を固くしていた。あのときは「ホウライ出身者であることがバレている」ことを恐れたのかと思っていた。しかし、今から考えると「キョーコ」という名をおおっぴらに使っていることから、そんなことを気にはしていないのだろう。
つまり、あの場で記憶が蘇りつつあったということか。
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