第33話「話の続きをしようじゃないか」
「キョーコと申します。国王陛下」
席を立ったキョーコがそう告げる。それを聞いた陛下の顔が、一瞬だけニヤリと変化した。が、すぐに元の表情に戻ると「ほぉ、良い名であるな」とだけ返す。
どうして答えるんだ!? 心の中でキョーコを責めたが、とは言え、黙ったまま名乗らないというのもおかしい。偽名……は、使えない。武闘大会へはその名でエントリーしていたからだ。そもそも、その時点で警戒すべきだった。
キョーコ、それに私の真名フキヤ・リョータ。それらの発音をもつ名は、この国では一般的ではない。だが、多くの国民にとっては「外国名かな?」程度の認識で、それほど違和感がないのも確かだ。
ただ「それがどこの由来のものなのか知っている人間」にとっては、格好の判断材料にもなる。そう、それらは全てホウライ由来の名だからだ。そもそも曽祖父が「バルバトス」というこの国の名を名乗った理由もそれにあった。
曽祖父の時代は、まだホウライに対してある感情を持った国民が多かった。それは侵略されたことへの憎しみであったり、それでいてあっという間に崩壊した帝国民への蔑みであったりした。
それ故に曽祖父はダンジョンネームを名乗り、以降一族はそれを守ってきた。現在では、そのことは既に忘れ去られつつあり、さほどの問題になることはないのだが……ここでは違う。カールランド国王が、その名を知らぬわけがない。
恐らく武闘大会にエントリーした時点で気づき、調べていたのであろう。やはり、うかつだった。だが、今更後悔しても、もう遅い。
部屋に沈黙が訪れていた。誰も何も言わない。陛下はどういうつもりなのだろうか? いや、その意図は明白だ。その名を敢えて聞くということは、それを交渉材料にするということに違いない。沈黙は、こちらへのプレッシャーと見て間違いないだろう。
「あ、あのっ!」
沈黙を破ったのは……アルエルだった。ちょっと? 何を言う気なの? 今、すごくデリケートな話になってるの分かってる? とんでもないことを言い出すんじゃないだろうな。いや、待てよ。「私、お腹が空きましたぁ」とかボケてくれれば、ある意味、打開のチャンスが生まれるかもしれない。よし、その路線で行こう。アルエル頼んだぞ。
ところがアルエルは、もっととんでもないことを言い始めた。
「バルバトスさまがいなくなると困ります! あ、ダンジョンの話ですけどね。私たちはバルバトスさまがいるから、なんとかダンジョンをやっていけてるんです! だから、バルバトスさまがいなくなると……とっても困るんです!」
それを聞いた陛下は、少し驚いた表情を見せた。
「ほぉ? ダークエルフよ。そなたの名は?」
「アルエルと申します」
「ふむ、アルエル。そなたの心配は分かる。しかし、これは王国の命運を左右することなのだ」
「私には、王国も大切ですが、同じくらいダンジョンも大切なんです」
「……王国から、バルバトスの一時的な代役を派遣することもできるが?」
「いえ、私たちはバルバトスさまでないと駄目なんです」
強情に言い張るアルエルに、やや苛立ちを見せていた陛下が「国王たっての依頼であっても……か?」と念を押すように言う。それを聞いて、流石にアルエルも即答を控えた。困った顔で、陛下と私の顔を交互に見ている。
一方、私はアルエルの言葉に感動していた。「バルバトスさまでないと駄目」そうか。普段、あんまりそんなこと言われたことないけど、改めて言ってくれると嬉しいものだ。アルエルの期待に答えるためにも、ここは助け舟を出して……と思うが、妙案が出てこない。
陛下はこの件に関して、譲歩などするつもりはないのだろう。それは先程アルエルに言った言葉からも推察できる。となれば、やはり受けるしかないのか……。任務の内容がどのようなことかは分からないが、ホウライだと行って帰ってくるだけでも数ヶ月はかかる。
あぁ、やっぱりダンジョンを一時的にでも閉鎖しなきゃ駄目か。他に代理をしてくれる人もいないしなぁ。もう10年もすれば、アルエルかキョーコがその役割を担ってくれる可能性も……なきにしもあらず……かもしれない……が。
覚悟を決めて席を立つ。こうなれば、支度金やら旅費やら報酬やら、頂けるものは全て頂くっ! 1万? 3万はぼったくりかな……。いいや、バルバトス! 小さい、小さいぞっ!! 5万はいけるだろ!!
「ちょっといいかい?」
早速、お金の話に移ろうとしていたところ、突然背後から声がかかる。肩にポンと手が載る感触がして振り返ると、マルタが不機嫌そうな顔で立っていた。マルタとレイナは、部屋の隅で待ってくれていたのだが、どうやら話は聞いていたらしい。
私とアルエルの間に割り込むように入ると、陛下をジッと見つめる。はぁ、と深い溜め息をついて「泣き虫オリバーも立派になったもんだね」と言う。泣き虫? オリバー?
オリバー……オリバー……。どこかで聞いたような……。確か陛下の即位前のお名前が、そんな感じだったような……。と、顔をあげると陛下が真っ青になっているのが見えた。
「ま、マルタ……。マルタなのかっ!?」
「お久しぶりですね。オリバー坊っちゃん。いえ、国王陛下と言ったほうがいいのかね?」
ちょ……どういう……どういうご関係なんでしょうか? マルタさん?
「とんでもない。マルタにそんな……私にとってマルタは母親同然。そのようなことは」
「ふん! どうだか。まぁいい。話の続きといこうか」
「いや、マルタ。仲介に入ろうとしても、それはできない。いくらマルタの頼みであっても、これは国政に関わることであり――」
「そう言えば、最近はちゃんと寝る前にトイレを済ませているかい?」
「は……はぁ?」
「懐かしいねぇ。12歳にもなって寝しょうべ――」
「あーーーーー!!」
「うん? どうした?」
「いや……ちょっと喉の調子が……」
「ふーん。で、話の続きをしようじゃないか」
後で聞いた話だが、マルタが言うには、彼女は陛下の乳母だったらしい。陛下が生まれて、成人するまでずっと仕えており、陛下のことに関してはどんなことでも知っている……と言っていた……。
「しかし、マルタ。バルバトスとは、どういう関係なのだ?」
陛下が狼狽を隠しきれない様子で問いただす。
「私と孫娘のレイナは、バルバトスのところで世話になっているのさ」
「なっ、なんだって!?」
「つまり……。バルバトスは私の今のお仕えする先……というわけさ。その旦那さまに、どういう話をしようっていうんだい? オリバー坊っちゃん?」
陛下は苦虫を噛み潰したような顔をしてたが、やがて「分かった。もういい」とがっくりと肩を落としていた。私のところで世話になっている、と言っても、実際にはまだ何かしてもらったわけでもない。
それなのに、そこを言い切ってしまうところ。また、やんわりとした口調ながら、はっきりと「脅している」と主張しているその口ぶり。
ある意味、キョーコとは別の恐ろしさの人間を、私はダンジョンに招き入れてしまったのではないだろうか……? そんな恐怖に襲われた。
マルタに……マルタにだけは、弱みを握られないようにしなくては……と、心に強く誓う。
まぁ、それにしても結果的には、想像していた以上にあっけなく問題が解決されたというわけだ。そういう意味では、マルタに来てもらったことは正解だったのだろう。結果オーライ。よし、これで心置きなく魔導器を厳選しに行ける!
「ところで、陛下」突然、マルタがやや口調を変えて、陛下に言う。
「なんだ? まだ用が? 私の用件は済んだ。もう帰っていいぞ」
「ちょっとした世間話だけどね。最近、陛下は国内の産業を活性化されるのに力を入れているそうじゃないか?」
「それは当然だ。国内産業の発展こそ、国力を底上げするものだからな」
「ところが、ダンジョンへの投資が少ない……とも聞いてるけど?」
陛下の顔が更に歪む。あの、マルタさん? 私、もう十分ですから。それ以上やると、ちょっとやりすぎっていうか、流石に陛下が可哀想っていうか……。マルタの耳元で囁くようにそう言ったが「何を言っているんだい。取れるときに取る。ここはチャンスだろ」と睨み返してくる。
怖い……。やっぱり、この人、敵に回しちゃいけない人だ!
「分かった、分かった! ……で、バルバトス。いかほど必要か?」
突然、そのように言われて混乱する。「いえ、結構です」と辞退したいところだが、マルタの表情が怖すぎて、それも言えない。行くも地獄、引くも地獄。同じ地獄なら――。
「いっ、1万ゴー――」
「10万!」ちょっとアルエルさん、何言ってんの!?
「10万ゴールドあれば、バルバトスさまが『あんな魔導器、こんな魔導器を買ってダンジョンを再建できる』って言っていました!」
ジロッと陛下が私を睨むのが見える。アルエルっ! そこ、最後要らないでしょ!!
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