第32話「君に拒否権などない」

「国王……陛下?」


 私の見上げた先には、確かにカールランド国王陛下。額を押さえながらも、咄嗟に立ち上がり「大変失礼しました」と一礼する。


 普通「国王」と聞くと、プクプク太った体型を思い浮かべるが、カールランド7世は、中年ながらかなり引き締まった体型をしている。伝え聞くところによると、贅沢は好まず生活は質素。しかし、大変野心家で好戦的でもあるという。


 『武闘大会』なども彼が王座に就く前は、廃止されるという噂もあったが、鶴の一声で、むしろそれは大きな大会へと変貌と遂げた。表向きは「庶民の楽しみを奪うわけにはいかない」というものだったが、実際には「優れた兵士を集めるため」とも言われている。


 その矛先がどこを向いているのかは、分からないが……。


「何か……凄い音がしたが?」


 それは陛下が扉を急に開けたものですから。あやうく、私のハンサムフェイスが台無しになるところでしたよ。あはは……。


 などと言えるわけもなく「いえ、何でもありません」と答える。「そうか。では、早速要件を済ませよう。席に座ってくれ」そう言いながら、自らも席に着く。


 要件? 国王陛下自らの? 見ず知らずの私に?


 様々な疑問が脳裏をよぎる。席に着きながら陛下は「そうか。そう言えば、現バルバトスと会うのは、初めてだったかな?」と問いかけてきた。「バルバトス」という名は、以前「ダンジョンネーム」だと言ったが、これは元々初代ダンジョンマスター、つまり私の曽祖父が名乗っていた名前だ。


 代々受け継がれているという点では、例の由緒正しいローブと同様に、伝統あるものかもしれない。そう言えば、父はこの国王が即位する前に、よく会っていたな。陛下に言われて、そんなことを思い出す。


 私がうなずくと、陛下は「そうかそうだったな。君の父上には、大変世話になったものだ」と言う。やはりそうだったか。父がどのような用で、陛下と会っていたのかは分からない。それが関係しているのだろうか?


 陛下は父との関係について話し始めた……のだが、これがやはり長い長い。開会式、閉会式のときもそうだったのだが、とにかく早口でしゃべって、それでいて長い。かいつまんでしゃべるということを知らないのか、詳細に至るまできっちりと語っている。


 ただ、非常に順序立てて話している部分に、頭の良さを感じはする。それに自分の言いたいことを話さないと気が済まないのは、負けず嫌いの典型的な傾向だ。適度に相槌を打ちながら、そんなことを考えていた。


 陛下が言うには、父に「ある計画の相談」をしていたらしい。父はそれをできる限りサポートしていたそうだが、道半ばで急死したため、しばらく宙に浮いた状態になっていたらしい。陛下の側でも準備は進めていたのだが、ここに来て王国の手の者では行えない「仕事」ができたらしい。


 そしてそれを私に頼みたい、と陛下は言う。


 そう言われても、用件の内容が分からないことには返事ができない。ところが陛下は「それはできない」と言う。ただ「ある国へ行って来て欲しい」とだけしか言えないらしい。


 これは少々ややこしそうな話だな、と私は思った。直感的に「断った方がよさそうだ」とも思う。


「大変恐れながら、私には手の余ることのようです。残念ながら辞退させて頂きたく――」そう言いかけると、陛下は言葉を重ねるように「まぁ、そう言うな」と返す。


「だいたい『ある国へ行って欲しい』だけでは、お受けできるものもできません」

「ほぉ、現バルバトスは、随分王国に非協力的なのだな?」

「いえ、そういうわけではありませんが……」

「では、やってくれるか?」

「ですから、それは何度も申し上げておりますように、内容を知らないことには……」


 押し問答のような会話が続く。陛下は深くため息をつくと、椅子にもたれかかった。


「ちなみに、君に拒否権などない……と言ったら?」


 なるほど。「脅し」を入れてくるというわけか。やはり、この国王。なかなか侮れないな。


「ここカールランドとそこの国民は、陛下の私物ではないと思っておりますが」

「ほほぉ。現バルバトスは、なかなか恐れ知らずと見える」

「いえ、それこそが、私がこの国を愛している理由のひとつですから。他の専制国家とは一線を画している、と信じております」

「ふむ。それでいて、なかなか賢い……か」


 陛下は白くなり始めている顎髭をゆっくりと撫でている。何を考えている? 私はやらないと言ったらやらないぞ。


「『ある国』と言うのが『ホウライ』だとしても……そう言い切るのか?」


 ホウライ……だと? 陛下に気づかれないように、視線を横にずらす。キョーコは、その言葉を聞いた途端、ギュッと身体を固くしているのが視界の隅で分かった。


 ホウライとは、極東にある小国の名だ。今では国家としての体もなしていないと噂が立つほど凋落の一途を辿っているが、その名を知らぬ者はいない。


 ホウライ帝国。


 わずか10年足らずでほぼ大陸全土を手中に収めたのが、今から約百年ほど前のこと。ここカールランドもその例に漏れず、当時は支配下にあった。まさに電光石火と言っていいほどの快進撃の裏には、他の国にはない独自の魔術があったと聞く。


 その魔術は長らく帝国内の秘術として隠匿されていたが、時の皇帝がそれを大々的に軍事転用することに成功。他国の軍勢を物ともせず、圧倒的破壊力で大陸全土を掌握していった。


 各国の首脳たちは「その場で処刑される」か、良くて「生涯軟禁」を余儀なくされた。不穏な時代に民衆も混乱していたが、その瓦解は彼らが想像していたよりも早くやって来た。「救世主が現れ、帝国の軍隊を一層していった」わけではない。


 原因は未だはっきりとは分かっていないそうだが、噂ではその魔術のもつ得意性こそが、自ら帝国の勢力を退ける原因となったそうだ。結果的に、大陸制圧からわずか3年足らずで帝国はその勢力を急速に縮小、崩壊した。


 帝国崩壊後、開放された各国は「王族の生き残り」を改めて元首に立て、元通りの国を再興する道を選んだり、民衆による集団的統治を選んだ国家もあった。いずれにしても、帝国の侵攻から20年もすると、世界はまるで何事もなかったかのように機能し始め現在に至る。


 現在は極東の一部地域に、僅かな勢力を持ち、他国との交易も行ってないホウライ。その国に、一体どんな用件で出向けというのか……。それに、そもそもその国家には触れたくないという理由もある……。


「陛下。やはりその件は私には手に余るものであると思われま――」そこまで口にして、陛下の表情に気づき、言葉に詰まる。不機嫌であるとかそういうものではない。一見無表情に見えるが、とてつもなく冷淡にも見える。まるで、こちらの事情など知らぬ。お前は言われたことをやればよいのだ。そう言われているような気になってきた。


 「それはそうと、バルバトス」そう言いながら、既に表情は元に戻っている。そこにより恐怖を感じる。何を言われるのかが想像できる。2つ。どちらに矛先が向くのだろうか……?


「そこの娘。お前といい勝負をしていたが、名は何と申す?」


 背中に冷や汗が流れるのを感じた。触れては欲しくない方へ触れられた。いや、それも計算ずくのことか……。私が返答に困っていると、隣で椅子を引く音。キョーコが立ち上がり、代わりに答えた。


「キョーコと申します。国王陛下」

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