第31話「人違いです」
荒れに荒れた武闘大会は、しばらくの中断を余儀なくされていた。そして、審判団が下した結論は「続行不可能」。つまり、現時点で『第17回 カールランド王国主催 無制限武闘大会』は終了。
賞金の10万ゴールドは、決勝進出者10名で山分け。1人辺り1万ゴールドが与えられることになった。うーん、1万かぁ……。あんな魔導器、こんな魔導器、という夢は砕け散ってちょっとがっかりだけど、まぁそれでもルート6を再開するくらいの魔導器くらいなら買えそうだ。
ここは欲張らず、現実を受け入れるべき。まぁ、闘技場を壊したのは、私なんだし。修理費を請求されないだけでも良しとしなくては。それにあのまま決勝戦を進んでいたとしても、いずれはあの『王都親衛隊』の隊長とやり合わなくてはならなくなる。よくよく考えれば、それは結構面倒なことだ。
ほぼリスクなしでの1万ゴールド。ありがたく、使わせていただきます! ボロボロになった闘技場で行われた閉会式。相変わらず長い国王陛下のお言葉を聞きながら、そういう結論に至った。
キョーコの方は、もうすっかり回復したらしく「もうちょっとやりたかったな」と、ぶつくさ言っている。あれだけダメージ受けていたくせに、何なんだ、この子。薬草ちょっと塗っただけで、もうこれかよ。はー、やっぱ次はないわ。ないない。
陛下の挨拶が終わり、賞金の授与。それが終わると武闘大会も終了。さ、早速魔導器屋に寄っていこう! 今日はじっくり魔導器を物色して、もう一泊してから明日買ってダンジョンに帰ろう。よーし、待ってろよ、魔導器ちゃん! 全部は買ってやれなくなったが、しっかり吟味させて頂く!
半ばスキップをしながら、闘技場を後にしようとする。が、メインの会場出入口を抜けようとしたところで、兵士が数人こちらに歩み寄ってくるのが目に入ってきた。うむ? まさか……闘技場修理費の請求じゃあるまいな……。目を伏せながら、少しだけ進路を変更。
しかし、兵士たちもそれに合わせて、こちらに向かってくる。あぁ、やっぱり私なのか、私を拘束するつもりなのか……。「失礼ですが、ダンジョンマスターのバルバトスさま、でいらっしゃいますね?」兵士のひとりが問いかけてきた。
一瞬「人違いです」と言いかけたが、ついさっき賞金を頂いたばかり。その言い訳は通用しないだろう。諦めてコクンとうなずく。
「私たちと一緒に、こちらへお越しいただけますか?」
「いやぁ、すみません。これからちょっと用事が……」
「お時間は取らせませんので」
「いえ、あの……急いでいますから」
「そうはいきません。おい、お連れしろ」
私に話しかけた兵士が、その後ろで待機していた兵士たちにそう告げる。それを聞いて、私たちを取り囲むように歩み寄ってきた。一応「任意」という形は取っているが、これは「強制」のようだ。有無は言わせない。兵士たちの顔からはそんなことがうかがい知れた。
仕方なく、私たちは兵士たちに同行する。出入口近くにある通用扉を開け中に。マルタとレイナの荷物は一旦預けておく。真っ直ぐ伸びた通路はジメッとしていて薄暗い。定間隔で設置された魔道照明がぼんやりと辺りを照らしている。
「こちらへ」ひとりの兵士が先導する。一体どんな要件なんだろう。まぁ普通に考えれば、闘技場を壊したことへの何らかのお咎めだろう。賠償? 手に持っている賞金をギュッと握りしめる。1万ゴールドで、あの闘技場を直せるのだろうか……。
いや、無理だろう。「DIYでコツコツ直します」って言えば許してくれるかな? まぁ、そんなの通用するわけないか。でも、私がやれば、もっと良い闘技場にできるんだけどなぁ。装飾も凝ったり、あの昇降装置だって、もっと凄い演出にできそうだし。でも、魔王が「DIY」って言ったら流石に変か。ま、そりゃそうだ。
そんな妄想をしている間にも、兵士たちは無言で私たちを連行していく。あまりの沈黙に耐えきれず、思わず「あの」と声を掛けた。奥の手だ。
「何でしょうか?」
「あのぉ……分割払い……でもいいでしょうか?」
「は?」
「1年。いやできれば2年位の分割でお願いしたいのですが」
「いえ、何の話です?」兵士は不思議そうな顔をする。
「え、闘技場を壊した責任を……という話では?」
それを聞いた兵士は、プッと吹き出した。
「あはは! 流石はダンジョンマスターさまでいらっしゃる。冗談も冴えていますね。ナイスジョークです」
親指をグッと立てそう言うと、再び歩き出した。うん? ジョーク? いや、真剣な話なんだけど。いやいや、しかし。これは朗報だ。どうやら闘技場の件は不問になるようだ。よかった、これで魔導器ともお別れせずに済む。
「よかったですね。バルバトスさま」隣を歩いているアルエルが笑顔になる。
「うむ。本当に……本当によがっだ……」
「おい、泣くなよ」キョーコは若干呆れ顔だ。
「私、バルバトスさまのことだから、てっきり『DIYで直す』とか言い出すのかと思ってましたよ。分割払いとは……そんな方法があるとは驚きです」
うむ? なんかバレてる? うっかり口走らなくてよかった。
「こちらです」
先頭を歩いていた兵士が、通路の先にある扉を引きながら言う。「中へどうぞ」
そこは少し広めの部屋だった。先程までの通路とは違い照明も明るいし、なんだか空気もカラッとしている。あぁ、魔道エアコンディショナーが完備されているのね。へぇ、闘技場の内部にこんな部屋があったんだ。位置的には観客席の下になるんだろうけど、知らなかったなぁ。
部屋の中央には丸い大きな木製のテーブル。その周囲には立派な椅子がいくつか並べられている。これは結構高そうな家具だぞ。ニコラあたりに見せたら、喜びそうだな。
「こちらにおかけになって、少々お待ち下さい」
そう言って兵士たちは、入ってきた扉から出ていった。部屋にはもうひとつ扉が設けられている。あっちの先はどうなっているんだろうなぁ。まだ更に隠し部屋、みたいなのがあるんだろうか? ちょっとだけ覗いてみようかな……?
「バルバトス。行儀が悪いぞ」
扉の前でウロウロしていると、キョーコがそう言って私をたしなめる。でもさぁ、気にならない? 気になるでしょう? もっとすごい部屋があるかもよ? お宝部屋……とはいかないかもしれないけど、すっごいギミックがあったりするかもよ。
そんなことを言っているときだった。突然、扉が勢いよく開く。拍子に私の顔に、扉が激突した。イッテェェェ! ちょ、誰よ? そんないきなり扉開けたら危ないでしょ?
あまりの痛さにしゃがみ込み、顔を押さえる。「おぉ、バルバトスか。待たせて済まなかったな」どこかで聞いた声が頭上から聞こえてきて、顔を上げた。
そこには国王――カールランド7世が立っていた。
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