第29話「棄権なんてさせないよ?」
問題点の内、ひとつは簡単に解決方法が見つかった。強化魔法はゆるくかけることで、持続時間が長くなる。午後からの試合が始まる前、初めの試合でかけた魔法の効力が、まだうっすら残っていることに気づいた。
ということは、同じくらいの魔法をかけておけば、決勝トーナメント中は強化魔法が切れることはなさそうだ。うん、こちらは問題ない。肝心なのはもうひとつの方だ。
私は今、闘技場に立っている。目の前にはキョーコ。目が合うとニヤリと笑って「悪いが、本気でやらせてもらう」と言っている。そう、決勝トーナメント第1試合。『キョーコ VS バルバトス』戦の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた……。
って、のんきに解説している場合じゃない! どどどどど、どうしよう……。「本気」ってどういうことよ? 前に『最後の審判』でやりあったときは、結局中途半端になってしまったが、それでもキョーコの実力は十分に分かっている。
まともにやりあって、勝てるかどうか……。この闘技場をふっ飛ばすほどの魔法を使えば、あるいは……。いや、流石にそれはちょっとやりすぎ。そうなると、少し自信がない。うーむ。なんとか、隙を突いてキョーコに接近。近距離からの魔法で仕留める。そんな感じか……。
とは言え、とは言えだ。先程から脳裏に『棄権』という二文字がこびりついて離れない。「危険だから棄権」という、会心のジョークまでも浮かんできた。どうだろう……。この会場にバルバトスという名前を知っていて、私が『鮮血のダンジョン』のマスターだと気づいている者がどれくらいいるのだろうか?
もし、それが観衆の多くに知れ渡ってしまえば、流石に負けるわけにはいかなくなる。だって、魔王が負けちゃうダンジョンなんて、普通駄目だろ? しかし、幸いなことに、どうやら私は「農夫」として認識されているらしい。
先程から「がんばれー、農夫!」とか「クワ忘れているぞー!」とかヤジが飛んでいる。今となれば、あのテロップにも感謝したいところだ。そう、我こそは農夫バルバトス。こんな場所に立っててすみません。
「バルバトスさまー!! ファイトー! 頑張って下さいねー!! バルバトスさまー!!」
観客席の最前列から、アルエルが声を枯らしながら声援を送ってきている。うん、ありがとう。でも、ちょっと黙ってて。うっかり「ダンジョンの命運がかかってますよー」とか言いそうだしな、あいつ。
よし、腹は決まった。銅鑼が鳴るとともに、上手く立ち回って、うっかり闘技上のラインを超える。これで場外反則となり失格だ。あれれ~、うっかりうっかり。ついやっちゃった。こんな感じで行くぞ!
そして運命のドラの音が鳴る。まずは距離を取るため、バックステップ……って、キョーコが不敵に笑っている。「あ、これはバレてる」と思った瞬間、キョーコの姿が消える。とっさに振り向くと、そこにいた! ちょ、待てよ!
無詠唱の爆裂系魔法を放つ。が、両手を盾にしてガード。「ワンパターンだな」うるさいっ! 魔法の反動で再度、背後に飛ぶ。同時にキョーコが低く構え、次の瞬間私に向かって飛んで来るのが目に入る。グングン私との距離が詰まる。よし、これでいい。
ここで一発くらいパンチでも頂いて、そのまま場外へ。多少痛いのは仕方がない。命は大事。さぁ、来いキョーコ!!
と思っていたら、またキョーコが視界から消える。「何っ!?」と思う間もなく、背中に激痛が走る。先程までとは正反対にふっ飛ばされた。ぐっ……、瞬時に背後に回り蹴り……だと? 痛みをこらえながら、ヨロヨロと立ち上がる。気配を感じ、顔を上げるとそこには私を見下ろしているキョーコの姿が。
「バルバトス。棄権なんてさせないよ? 正々堂々と勝負だ」
えっと。趣旨が変わってない? 要は賞金が貰えればいいんだから、ここで二人が潰しあうのは得策じゃなくない? 目でそう訴える。しかし、世の中にはどうにもままならぬことというのが存在する。思い通りにならない。言っても分からない。道理が通じない。それを具現化したものが、今私を見下ろしている。
いいだろう……。そんなに私とやり合いたいのなら、受けて立ってやる。ゆっくりと立ち上がりながら、魔法の詠唱をする。それに気づいたキョーコが間合いを詰めようとする。
無駄だ。この魔法の詠唱の方が早い。
キョーコの動きが止まる。「!?」どうだ? しゃべることもできまい? 正確には止まってはいない。極端に遅くなっているだけなのだ。
『
その呪文は、対象者の回りの空間の時間を極端に遅くする。クックック、そこでしばらく止まってろ……って、ちょっとずつではあるが、動いている……だと!?
そこで、今キョーコが恐ろしいほどの速さで動こうとしていることに気づく。いや、普通の人間なら、ほとんど止まって見えるほどの魔法なんだけどな、これ。ヨロヨロながらも、キョーコは1歩1歩近づいてくる。全力で移動しているのか、顔が鬼の形相になっている。怖い……これは怖すぎる!!
大慌てで、次の呪文の詠唱。私の身体が宙に浮かんだ。浮遊魔法『
適度な高度で止まる。悪いなキョーコ。これでおしまいだ。再び魔法の詠唱。今度の魔法の詠唱はやや長い。『
それでも、いつものキョーコならかわされてしまうかもしれない。しかし、今ならいける! 呪文の詠唱が佳境に入り、私の目の前に魔法陣が現れる。眼下ではキョーコがもがいているのが見えた。さよなら、キョーコ。死にはしないだろうが、ちょっと痛いぞ。でも、お前が望んだ結果だ。さぁ、受け取るがいい!
右手を上げ、魔法を放つ準備をする。そこで驚くことが目に入ってきた。もがいていたキョーコの動きが徐々に早くなっている。『時間の支配者』が切れかかって……いるのか!? マズイ。これはマジでマズイやつだ。
焦りながらもようやく呪文の詠唱を終えようとしたころ、キョーコは踏ん張るような姿勢になっていた。えっ、何? 何が起こるの!? 訳が分からないが、とりあえず詠唱を完了させなければ! だが、次の瞬間、キョーコは雄叫びを上げながら、私の方へとジャンプしてきた。
バカなっ! 結構距離取ってんだぞ? こんな距離を飛べるわけが……愕然としている私にキョーコがドンドン迫ってくる。ちょ、ちょっとー!?
「うぉぉぉぉぉっ!!」と唸るような声が、徐々に大きくなってくる。そして、キョーコの拳が魔法陣に接触した瞬間、魔法が発動した。周囲の空気が振動し、まるで巨人が唸り声を上げているかのような轟音。閃光が走り、周囲がカッと白い光に包まれる。
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