第28話「負けはしない」

 翌日。私とキョーコは、王都の中心にある『闘技場』にやって来ていた。昔はモンスターや獣を放って、剣士などと戦わせていたりもしたそうだが、今ではほとんど使われなくなってしまっていた施設だ。それでも、年に一度の『王国主催 無制限武闘会』は、国民にとっても楽しみな恒例行事となっており、毎年開催が続いていた。


 参加者は受付を済ませると、円形になっている闘技場の中央に集められる。よくもまぁ、昔の人がこんな建造物を造ったものだ、と呆れるほど大きなそれは、まさに大観衆といっていいほどの客で埋め尽くされていた。


 国王陛下の開会の挨拶が始まると、ざわついていた会場が一気に静まり返る。カールランド7世。王家の中でも直系の王が戴冠したのは久々のことだ。比較的善政を布いているとされ、王の座についてまだ数年ながら、評判はいい。


 ただし、話はちょっと長い。ただでさえ、気の短い荒れくれ者ども。徐々に周りの空気が「早く戦わせろ」というものに変わってくるのが分かる。これだから、こういう者たちは困る。いいか、場所と時をわきまえる、そういうことを覚えないと駄目だぞ。恐れ多くも国王陛下の御前。少しはビシッとしてだな……。


 ふと隣を見ると、キョーコも余程退屈らしく、さっきから何度もあくびを繰り返している。こらこら、お前まで……。まぁ気持ちは分からんでもないがな。話、終わらないし。


 20分にも及ぶ陛下のありがたいお言葉を頂戴した後、参加者はいったん控室へと集められる。闘技場舞台の脇から階段を降りると、その真下が控室となっていた。係員が「まず第1試合の参加者から番号を呼びますので、呼ばれた方はこちらへ」と誘導していた。


 大きな控室の一角に、小さな部屋があった。そこに参加者が入ると、天井が開き地面が上昇する。おぉ! これ闘技場の下から参加者がせり上がってくるようになってるんだ! すごーい、どんな仕組みなんだろう? いいなぁ、これ導入したいなぁ……。


「優勝すりゃ、あんなのいくらでも買えるだろ」キョーコが呆れたように言う。分かってるって、ちょっと感動しただけじゃないの。でも、これ『最後の審判』に設置したいなぁ。冒険者がやってくる。そこへ不気味な音楽が流れ、どこからかスモークが湧いていくる。それに冒険者たちが動揺している中、この装置を使って私が地下からゆっくりとせり上がってくる……。


 なんとも素晴らしい演出ではないか!?


 詳しく知ろうと昇降装置の寸法を測っていると、第1試合が開始される銅鑼の音が聞こえてきた。


 試合は10人程度のグループによるバトルロイヤルで行われる。これが今回参加を決めた大きな理由だ。アルエルの提案はこれがなければ成立しない。10人のうち、最後に残った2名が次のシードへと進出できる。これをもう一度繰り返すと、最後に10人が残る。最終的には、その10名のトーナメントにより、優勝者が決定するというのがルールだ。


 別の組に分けられてしまうと、この案が使えないのだが、参加申し込みのときに聞いた話では「先着順で振り分けられる」とのことで、実際に私とキョーコは同じ第4試合に組み込まれていた。なんという幸運。なんというご都合主義。


 あまりにも思い通りに事が進みすぎて怖いくらいだ。


 さて、そうこう言ってる間に、第1試合は終わったようだ。筋肉の塊みたいなヤツと、弓使いが進出を決めたらしい。どうやら目的は違えど、皆考えていることは一緒らしい。彼らも仲間のようでチームワークによって、他を圧倒したようだ。


 第2試合も似たような展開だった。第3試合は例の「王都親衛隊」の隊長が出場していた。彼は特にペアを組んでいなかったらしく、あっという間に全員を倒してしまい、ルール上最初に起き上がった者が次点での進出者となったようだ。


それにしても、あの隊長。恐ろしいほどの剣の速さ。今大会でも優勝候補の筆頭だろう。うーん、あれ、キョーコでも敵わないんじゃないかな? そう言うと「楽勝、とはいかないだろうけど、負けはしない」とサラッと言ってのけていた。怖っ。


 さて、いよいよ我々の出番だ。昇降装置に再び感動しながら闘技場へと上がっていく。改めて闘技場へ来ると、その光景に圧倒された。歓声がこだまして、まるで闘技場自体を揺らしているかのようだ。巨大な観覧席を埋め尽くした観衆の多さにも思わず目を見張る。


 そして試合開始の銅鑼が鳴る。手はず通り、私はキョーコに肉体強化の魔法をかける。と言っても、それはみせかけだけ。事前にやってみたのだが、あまりに強い強化魔法をかけると、キョーコ自身の魔法と干渉するらしく、本人曰く「動きにくい」らしい。


 そこで、ほとんど効果のないほどの強化魔法をかける。これだと、外からは「強化魔法を使っている」と感知できるし、キョーコ自身への影響も少ない。そして、こうして解説している間に、試合は終わっていた。目の前には、参加者8名が積み上がっている。やっぱ、怖いわ、この子。


 特に何もしていないのだが、手を振りながら闘技場を後にする。帰るときは、あの昇降装置ではなく、階段から降りるらしい。ちょっと残念。


 「余裕だったな」というキョーコに「油断するなよ」と釘を差す。まぁ、こいつの場合、油断などするわけがないのだが。


 午前中に全ての試合が終了した。50名が選出され、再び10名ごとのグループに分けられる。この際のグループ分けは、抽選になるのだが、再び幸運なことに私とキョーコは同じ組だった。ご都合主義バンザイ。万が一、ここで異なる組み合わせになってしまった場合は、キョーコは辞退、私が単独で挑むこととなっていた。


 それにしても……だ。お昼ご飯を食べたあと、発表された組み合わせボードの前に、私たちはいるわけだが、私の似顔絵と名前の下に書かれている、この「戦う農夫」って失礼じゃない? なんで勝手にこんなテロップ付けてるの? キョーコの方は「最強美少女」とかになっているし。しかも、本人ちょっとだけご満悦のご様子だし。


 午後の試合もつつがなく行われた。私たちは、最初の試合と同様に余裕の決勝進出。張り出されたトーナメントボードを見ながら、ようやくここで2つの問題点に気づく。


 決勝は、残った10名によるトーナメント方式。


 私とキョーコは第1試合で激突することになっている。うん……? あれ? キョーコと対戦? 強化魔法はどうしたらいいの? それと、私の命は大丈夫なの?

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