第27話「要はバレなきゃいいんですよね?」

「武闘大会?」


 私とアルエルが帰ってくると、キョーコはドヤ顔でチラシを掲げていた。


「そう。明日から王都の闘技場で行われる「ルール無用」「武器・防具・魔法なんでもあり」「参加者制限なし」の『第17回 カールランド王国主催 無制限武闘大会』。これに出る」

「は? なんでいきなり、そんなことになってるの?」

「だってどうせ、バルバトス、金借りられなかったんだろう?」

「なっ!? 失礼な。借りられなかったのではない。こちらから断ってきたのだ」

「ん? どういうこと?」


 私が事情を説明すると「そりゃ酷いな」とキョーコは吐き捨てるように言った。ここ、カールランド王国に限らず、最近の主要国家は奴隷制度を認めていない。しかし、それはあくまでも表面的には、ということで、実際には活発に行われている。


 かつての奴隷商人たちは「斡旋商人」という形で存在しており、金の代わりに身柄を押さえられた人たちが、極めて低賃金で過酷な労働を強いられている。むろん、多くの国民たちは自身で開業したり、どこかに直接雇われたり、冒険者としての危険ながらも気ままな人生を送ったりしている。


 しかし、レールから一歩踏み外してしまい、ほぼ一生を搾り取られる人生に落ちてしまう人たちもいる。それは、ダンジョンなど比ではないほどの残酷なものだ。何が残酷かと言うと、落ちた人たちもそうなのだが「落とす側の人たちに、それほどの罪悪感がない」ということだろう。


 先ほどの両替商の職員の態度を見てみればよく分かる。彼らにしてみれば「ルールに則って行っている。双方同意の上だったはず。一体、なにがいけないのか?」そういうことになる。一見、正しいことを言っているようだが、その後のことに想像力が働かないのが、一番の問題だろう。


「ま、そういうことなら、余計にこれに出なきゃな」


 キョーコは私の目の前にチラシを突き出してきた。グイグイと顔に押し付けてくる。それじゃ見えないだろ。うーん……でもなぁ。なんでもあり、っていうのが引っかかる。いや、キョーコは強いよ。ガチで勝負したら、私でも勝てる気がしないくらいだし。現に、何度も冒険者たちを山積みにしてきたわけだから。


 でもさ。なんでもあり、ルール無用って、やっぱり心配。だって、なにがあるのか分からないでしょ? キョーコにすら防げないような、強大な魔法を使われたらどうするの? え、その前に倒すから心配ないって? うん、まぁそうなんだけどね。でもなー。


 考え込みながら、チラシを見る。去年の優勝者……うわ、王都親衛隊の隊長じゃないの? この人。そんな人まで出てくるの? これはちょっとなぁ……。うん? 優勝賞金? え、ええええ!? 10万ゴールド!?



 10万ゴールドもあれば、あんな魔導器、こんな魔導器、どんなのだって好きなの買えちゃうよ? バルバトスが前に言ってた、ほら「最新鋭トラップセット」だって楽勝じゃない? それに「魔導掘削機」だっていいヤツ買えちゃうから、ダンジョンの拡張し放題だよ

? ほら、マルタさんとレイナさんの部屋、作るんだろう? 直掘りは辛いよな?


 キョーコが私の耳元で囁いてくる。これは……悪魔のささやきだ! 頭の中をたくさんの魔導器が回っている。あぁ……欲しいものが欲しいだけ……。


 思わずコクンとうなずきそうになる。頭がゆっくりと傾く。10度、20度、30度……60度。そこで止まる。


「いいや。駄目だ」

「どうしてさ?」

「お前は確かに強い。きっとサラッと優勝をかっさらってくるだろう」

「だから、どうして?」

「前にも言っただろう? お前の力は特異なものなのだ。あちこちで見せびらかせるようなことをしては駄目だ」

「でも、今までだって、ダンジョンで冒険者相手に振るってきたじゃないか」

「あれは、まだ少数だったからだ。考えてもみろ。王都の武闘大会だぞ。どれほどの観衆が詰めかけると思う? 中にはお前の持っている力を知っているヤツもいるかもしれない」


「うーん……」全然納得はいっていない様子だが、とりあえず私の主張は理解したらしい。だいたい、そんな細い手足で、バッタバッタと相手を倒していけば、普通怪しまれるというものだ。今までは「強化魔法か」ということでごまかせてきたかもしれない。


 しかし、ここは王都だ。どんな人間がいるか分からない。キョーコの力のことを知っていて、それを利用しようと思う人間がいる可能性はある。そんな人間に目をつけられでもしたら……。


「分かったよ」渋々ながらも、キョーコはそう言った。うむ。誠に残念ではあるが、仕方がない。さようなら高価な魔導器たち。また会う日まで。側で話を聞いていたアルエルが「あのぉ」とおずおずと手を上げた。はい、アルエル、どうぞ。周囲を気にしながら、私の耳元で囁くように言う。


「私、キョーコちゃんの力とか魔法とかよく分からないのですが、それってキョーコちゃんがバルバトスさまたちと戦ったときに使ってた『強化』の力。外からは魔法的に感知できない力のことを言っているんですよね?」


 うむ、そうだな。まぁ、アルエルならいいかと思って、相槌を打つ。


「キョーコちゃんの力がバレると、それを利用しようとする人がいそうで困る」


 うん、アルエルにしては理解が早いじゃないか?


「要はバレなきゃいいんですよね?」


 まぁそうなんだけどね。それができれば苦労はしないというか。前にも言ったけど、強化魔法は身体の外に対してかけられる。だから、魔法を使える者や探知のツールがあれば、感知できる。ところが、キョーコの魔法は肉体内で作用するから、それができない。そこで、普通の人は「あれ?」ってなるというわけだな。


「だったら、いい方法があると思うんですけど」


 んー? なんだ? また例の倉庫から、アイテムが飛び出してくるの?


「いえいえ。そうじゃありません」アルエルはちょっとムッとしていた。あ、ごめんごめん。


「コホン。いいですか? バルバトスさまとキョーコちゃんがペアで出ればいいんですよ」


 ん? ペアで出る? まぁ、そういう規定はないからいいと思うんだけど。


「バルバトスさまがキョーコちゃんに強化の魔法をかける。それで解決じゃないですか?」


 一瞬意味が分からなかった。何? どういうこと? アルエル、おかしくなっちゃった?


「だって、バルバトスさまが強化の魔法をかければ、傍目からみたら『強化の魔法をまとったキョーコちゃん』に見えるわけでしょ? それでバッタバッタといけばいいんじゃないかなーって」


 おぉ! アルエルさん、天才じゃないですか!! マジ、頭良すぎじゃないですか! それ、採用! 即採用!! よーし、待ってろよ。魔導器ちゃんたち!!

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