第26話「骨の髄まで教えてやる」

「――というわけで、ウチで働いてもらうことになった、マルタ・ストロエフさんとレイナ・ストロエフさんだ」


 約束の時間に少し遅れて宿屋に着くと、アルエルとキョーコは既に朝食を終えており、宿屋の前で私たちを待っていてくれた。二人にマルタとレイナを紹介する。ぶっきらぼうなマルタに、背中にパンパンの風呂敷を背負ったレイナ。そして、私は残りの荷物を荷台に乗せ、それを引っ張ってきた。


 彼女たちに我がダンジョンで住み込みで働きませんか? と提案したところ、レイナは大賛成、マルタも「レイナのいいようにおし」と言ってくれた。そういうわけで、早速荷物をまとめ、引っ越しとなったわけだ。建物はまだ、しばらく置いておくので、残りの荷物はまた取りに戻ればいい、と言ったのだが、それでもこの量だ。


「あ、もしかして募集してた調理師コックさんですか?」


 うむ。その通り。以前、アルエルの素晴らしいポスターと、それを引き立てるかのような私のポスターで募集した調理スタッフ。アルエルのポスターは、なかなか人気を博していたものの、それでもなかなか手を挙げるものはいなかった。


 まぁ、考えてみれば当たり前だ。ダンジョンに来るようなヤツラは冒険者ばかり。進んで調理師になろうなんて者はいないだろう。しかし、マルタとレイナであれば完璧だ。しかも、しかもだぞ。よーく聞くがいい。将来的にはダンジョン併設の宿屋兼酒場をオープンしたいと思っているのだ。ねぇ、これ凄くない? 我ながらいいアイディアだと思うんだ。


「本格的ダンジョンの夢はどこに行ったんだよ」


 キョーコはやや不満げだ。うーむ。そう言われると、ちょっと困る。でもさ、大手のEoWなんかは、もうやってることだよ? 噂じゃ、あっちはそんなに美味しくもない料理を、割高料金で提供してるって聞いたけど、ウチは違う。


 家庭的な美味しい料理をお手頃価格でご提供。ダンジョンで一冒険済ませたら、併設している酒場で1杯。キンキンに冷えたお酒と、美味しい料理に癒やされて、疲れたらそのまま宿屋にお泊りも可能! 


「バルバトスさまはですねぇ。きっと酒場と宿屋の図面で頭がいっぱいなんですよ」


 うむ、アルエル。なかなか鋭い。確かに、既に図面は完成している。この魔王的頭脳の中に……な。


「あほくさ」


 いかん。キョーコが呆れ返っている。いいか? これが上手く行けば、ダンジョン収入も増加、加えて酒場収入、宿屋収入も入ってくるんだぞ。それを元に、もっと凄い魔導器を買って、上級ルートもバンバン改修していけるんだぞ?


 結局、キョーコも「バルバトスがいいって言うんなら」と納得した模様。良かった。さぁ、そうと決まれば、早速ダンジョンに帰って……あ、おふたりのお部屋も作らないと、だな。いえいえ、ついこの前も作ったばかりですから。もう手慣れたものですよ。


「って、バルバトスさま? 今回の目的がまだのような……?」

「あっ、そう言えば」

「そう言えば、じゃないだろ。しっかりしろよ。浮かれてんじゃないよ」


 怒られて、ちょっとだけ反省。ちょっとだけな。だってさ、こんなに短期間の内に、楽しそうなこと(建築)を立て続けにできるんだよ? 少しくらい浮かれててもいいじゃないか。とは言え、まぁ確かに目的は果たさないといけない。


 総勢5人になったメンバーでぞろぞろ行くのも面倒だし、マルタ、レイナの二人の荷物もあるということで、両替商には私一人で行ってくるから、ここら辺で待っておくようにと言っておく。ところがアルエルが「あっ、私も行きます」と手を挙げる。


「バルバトスさまおひとりでは、寂しいでしょうから」

「そうだな。それにバルバトスひとりだと、魔導器屋やら建材屋やらに立ち寄って、道草食いそうだからな」


 そんなに信用されてないの? 私。まぁいい。よし、アルエル行こうか。「おー!」右手を掲げながら、元気よくお返事。皆に別れを告げ、ふたりで歩く。


「あ、バルバトスさまっ! あのお店の看板、ちょっと可愛くないですか?」


 うむ? 確かにセンスいいな。でもお前のポスターもなかなかだったぞ。


「すっごい人だかりですよ。なんでしょうか? 手品、手品ショーですっ! ちょっと見ていきましょう!」


 ダメダメ。キョーコに怒られるからな。え? 手品セットが欲しいって? しょうがないなぁ……。


「あー……。なんだがいい匂いがぁ……」


 ちょ、アルエル? フラフラ~と、どこへ行く? こら、食べ物屋に吸い込まれて行くんじゃない! 


 結局なんだかんだで、ひとりで行った方が早かった気がする……。しかしまぁ、アルエルとの関係も元通りになってなによりだ。ある意味、アルエルは単純だからな。いつまでも引きずっているのは私だけのようだ。


「お、アルエル。着いたぞ」

「すごーい。立派な建物ですねぇ」


 20分ほど歩くと、ようやく目的地の両替商に着いた。アルエルがポカーンと口を開けて見とれているほどに、確かに両替商は立派な建物だった。あれ? 前からこんなのだったっけな? 昔はもっとこじんまりとしたような気がするんだけど。


扉を開けて中に入る。恐ろしいほど広いフロアの左右に、受付のような机が整然と並んでいる。その机には身なりの良さそうな職員が座っており、そのいくつかは相談中らしい客の姿もあった。受付の後ろは事務所らしく、職員が忙しそうに歩き回っているのが見える。


 うーん、やっぱり、前とは違う気がする。幼いころ父と来たときは、もっと小さな店で、受付も2つくらいしかなかったはず。それにこんなにたくさんの職員もいなかったはずだ。


 店の入口で二人並んで立ち尽くしていると、これまた身なりの良さそうな女性がツカツカと歩み寄ってきた。


「ご融資のご相談でしょうか?」

「えっ。ええ、まぁ」

「それでは、こちらへどうぞ」


 そう言って、受付のひとつへ案内される。「ようこそ当行へ。さ、お掛け下さい」丸い眼鏡をかけた男性職員が、笑顔でそう言う。椅子に座ると早速「ご融資の相談ということで、よろしいですね?」と確認してくる。うむ、そうなのだ。実は――。


「農地の拡大をご希望ですか?」


 違ーーーう! 確かに見た目農夫だけど、農夫じゃないから! あまり大きな声じゃ言えないので、小声で説明した。


「おぉ、あの『鮮血のダンジョン』のマスターさまでいらっしゃいましたか。これは大変失礼しました」


 職員は、私の素性を知ってやや態度を変えた。が、城門をくぐるときに受けた、警備兵ほどの手のひら返し、というわけでもなさそうだ。あっちは兵士ということもあって、ダンジョンなどは身近な存在だし、こちらは両替商の職員。そんなものには縁がないのだろう。国民全てが冒険者、というわけではないのだから。


 私が融資の内容と希望の金額を伝えると、職員は熱心にメモを取っていた。そして、ふっと顔を上げると「担保はございますか?」と聞いてくる。たんぽ? 


「ご融資の見返りとして、一時的に押さえさせていただく、物件、物品のことです」


 あぁ、なるほど。今はそういうのが必要なのね。しかし、うーん……。急にそんなことを言われてもなぁ……。えっ? 「ダンジョンを担保に入れられますか?」だって? いやいや、それは駄目。だって、あのダンジョンは先代から受け継いだ大切なものだから。そんなホイホイ担保になんてできない。


「由緒正しいローブ……とかじゃ駄目ですよね?」


 冗談で言ってみたが、職員はクスリともせず「難しいですね」と営業スマイルを崩さぬまま答えた。リアクションの薄さに、思わずがっくり肩を落とす。


「そちらの……ダークエルフのお嬢様……。という提案もできますが」


 職員はそう言いながら、アルエルを手の平で差す。アルエルはポカーンとしていたが、どうやら意味を理解したようで「バルバトスさまのお役にたてるのでしたら、私はいいですよ」とニコッと笑った。


 私は席を立つ。戸惑っている職員に「邪魔したな」と言って、アルエルの手を取る。「帰るぞ」


「えっ、あっ、でもぉ」

「いい! 帰ろう」

「お客様!? どうなさいました?」


 慌てて追ってくる職員に向き直り、耳元でそっと告げる。アルエルには聞こえないように。


「もう一度でも、ウチの家族を質に入れるというような話をしたら、ダンジョンマスターというのがどういう人種なのか、骨の髄まで教えてやる」


 それを聞いてへたり込んでいる職員に踵を返し、両替商から出る。「バルバトスさま?」アルエルが困ったような顔で私を見ていた。あぁ、気にすることはない。こんなところで、お金を借りようなんて思うこと自体が間違いだったのだ。なぁに、きっとすぐに別の方法が見つかるさ。うん、大丈夫。心配するな。


 そして、たまたまではあるのだが、思っていたよりも早くに「別の方法」は見つかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る