第24話「お泊りですか?」

「すまないね。空いている部屋は1部屋しかないんだよ」


 散々歩き回った挙げ句、10軒目の宿で言われたのがこれだ。これまでの9軒はいずれも「ないない。空き部屋なんて、この時期にあるわけないだろ?」とけんもほろろな対応。


 どうやら王都でなにか大会があるらしく、特にこの時期は混み合ってるとのこと。タイミング悪かったなぁ、と思いつつも、その部屋をおさえる。


「こんな状況だから、別に何人で泊まってくれても構わないよ。あ、朝食は7時からだからね。夕食は付いてないけど、腹が減ってるなら別料金だけど、何か作ってやるよ」


 宿の主人は、気持ちよくそう言ってくれた……が、やはり。部屋に行ってみると、ベッドはひとつ。少し大きめなので、二人くらいなら寝られそうだ。となると……。


「私は、別の宿を当たってみる。ふたりはここで寝ろ。明日7時に迎えに来るから」


 そう言って部屋を出る。アルエルもキョーコも「ソファーもあるし」と言ってくれたが、うーん、でもなぁ……。それに、いくら混んでいるからと言っても、一人分の空きなら探せば見つかるはず。


 宿を出て路地を歩く。王都の中心街はあらかた当たったので、少し郊外へと足を運んでみることにしよう。記憶が確かなら、その辺りにも宿屋はあったはず。周囲はすっかり日が落ちて暗くなっていた。それでも、定間隔で魔導器の照明が設置されているおかげで、最低限の視界は確保できる。流石王都。進んでるぅ。


 もちろん、我がダンジョンでも魔導器照明はある。しかし、それらは個室や共用スペースのみに限られている。経費節減。結構高いんだ、あれ。夜中にトイレに行くときなどは、ランタンが必須。怖いと言えば怖いけど、まぁ、ああ言うのは慣れ。慣れてしまえば、どうってことはない。


 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか辺りは、人通りも少ない寂れた区画になっていた。確か、この先に宿屋があったはず……なのだが。左右を見回すと、あったあった。きっとあれだ。数十メートルほど先に、ほんのりと明かりが灯った建物を発見。


 敷地の前まで行ってみる。玄関には『宿屋:幻想亭』と書かれた看板が掲げられていた。ふむ、なかなかいい名前じゃないか? 暑さのせいかな? ちょっと文字のペンキが垂れたようになっているけど。


「遅くにすみません。宿を探しているのですが」


 玄関の扉を開けて、中に入る。真っ暗だ。あれ、今日休みなのかな? でも、外には明かりが点いていたしなぁ……。でもま、いくらなんでも、これはやってないんだろう。諦めて引き返そうとすると「いらっしゃいませ……」突然、背後から声が聞こえてきた。ゆっくりと振り返ると、ボワッとしたランタンの明かりの中に老婆の姿が。


「お泊りですか?」


 えぇ、そうなんです。部屋、空いていますかね? おー、よかった。じゃ、1泊お願いできますか? は? 50ゴールド? えらい安いですね。いえいえ、さっき連れのものを泊めた宿は150ゴールドだったので。あー、相場はそのくらい? やっぱりそうなんだ。


 じゃ、ここにお金置きますね。部屋に案内? お願いします。ほほぉ、なかなか風情がある廊下ですね。歩くと、なんとも言えない音がします。そう言えば東方の国では、侵入者対策に、ワザと音がなる……ええっと、あれ何だっけなぁ。「九官鳥張り」だったっけ……。


 え? そんな大したものじゃないですって? あらら、そうなんですね。ええ、好きなんですよ。建築とか、そういうの興味があって。いえいえ、下手の横好きなだけです。たまに椅子を作ったり、テーブルを作ったりするくらいで。


 ランプ、廊下には設置してないんですね? あー、経費削減ね。大切ですよね。ウチでも同じことやってるんですよ。環境に優しくお財布にも優しい。素晴らしい考え方ですよね。いえいえ、逆に女将のランタンのボォっとした明かりが、なんとも言えない情緒があっていい感じですよ。


 あ、ここが部屋ですか? ありがとうございます。あ、ランプがある? ……ええっと……あっ、ありました。これかな? あはは。魔法で火を着けちゃいました。ええ、魔法使えるんですよ。ちょっとだけですけどね。


 は? 朝まで部屋から出ないように? あー、いえ。特に出る用事もないですし、今日1日歩きっぱなしで、もうクタクタなので、ええ、その点は大丈夫だと思いますよ。はい、ありがとうございます。それでは、おやすみなさい。


 キィィィィという軋む音がして、続いて扉が静かに閉まる音。改めて部屋を見回す。ふむ、ベッドのシーツもパリッとしているし、掃除も細部まで行き届いているようだ。てっきり廃墟のような部屋を想像していたが、これはなかなか穴場スポットだったかもしれないぞ。アルエルとキョーコのやつも、ここに泊まらせればよかったかな?


 ところで……だ。


 先程から、少々足の震えが止まらない。怖い。なんだ、この宿。どうして、受付があんなに真っ暗だったの? 廊下も真っ暗だったし。それに、50ゴールド? いや、アルエルたちの宿だって、十分安いレベルだったよ? 50ゴールドで泊まれる宿なんて、そうそうないよ。何かあるんじゃないの? 


 それにあの老婆。ランタンの明かりのせいかもしれないけど、ちょっと怖すぎ。ボォっとした明かりに照らされて、てっきりゾンビかと思って、魔法を詠唱しかけちゃったよ。危ない危ない。


 そして極めつけの「朝まで部屋を出ないように」って、あれなに? どーいうことよ!? なんか昔、そんな怖い話を聞いたことがあるような気がする……。夜中に、目が覚めてウロウロしたら、どこからか刃物を研ぐ、シャーコシャーコという音が……。


 いやぁぁぁぁ!


 ちょ、ちょっと落ち着こう。ベッドに腰掛ける。ギィ、という音が鳴って、思わず「ヒィ」っと飛び上がりそうになる。落ち着け、リョータ。そんなわけないじゃないか。昔話の世界じゃない。それにここは、郊外とは言え王都だぞ。気のせい、気のせい……。


 疲れているから変な妄想に取り付かれるんだ。こういうときは寝るに限る。足もパンパンだし、明日は明日で、早くにアルエルらを迎えに行かなくちゃならない。さー、寝るぞ。おやすみなさいっ!


 ベッドに横になり、シーツに包まって目を閉じる。


 ところが、寝なきゃ寝なきゃと思えば思うほど、寝られなくなるのが人というもの。魔王とてそれは変わらない。右に左に寝返りをうったり、仰向けになったり、うつ伏せになったりしてみたものの、目は冴えていくばかり。前にキョーコを枕の件でからかったことがあったが、人のことは笑えないと思った。


 1時間ほど悪戦苦闘したが、まったく寝られる気配なし。しかも、間が悪いことに、お腹が空いてきてしまった。食べ物のことを考えないようにすればするほど、そのことで頭が一杯になる。アルエルみたいに食いしん坊じゃないのに、どうして……。


 こうなると、どうにもこうにもならない。ベッドから起き上がる。「朝まで出るな」あれはどういう意味だったんだろう……? ちゃんと聞いておけばよかったな。


 まー、とは言えだ。まさか本当にでっかい包丁をシャーコシャーコさせているわけでもあるまい。宿泊客がウロウロしてたら面倒だから……きっと、そんな感じ。うん、そうそう。


 ちょっとだけ、なにか食べ物を貰えないだろうか? うーん、でも、それは難しいかもしれない。こんな遅い時間だし、ざっと見る感じそういうのを提供しているようにも見えない。


 そう言えば、アルエルたちの泊まっている宿は、1階が酒場になっていたな。あそこならまだ開いているだろう。あ、いっそ、アルエルに頼んでやっぱりソファーで寝させて貰おうかな? 空腹のせいもあるが、やはり怖すぎて眠れそうにないし。うん、そうしよう。

 

 部屋の扉を、音を立てないようにゆっくりと開ける。こういう床は……端の方を歩けば、音は鳴りにくいはず……「ギィ」って、鳴ってるじゃん! 慎重に行こう。膝を着き、這うように進む。ゆっくり、息を殺して一歩一歩……。


 床にばかり目が行っていて、前方をよく見ていなかった。ふと気配を感じて、顔を上げるとボォっとした明かりと、それを受けてキラリと光る刃物。更に見上げると私を見下ろす2つの目。


 そこで私は気を失った。

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