第23話「宿、探した方が良くね?」
私たちは近くにあった広場へ向かう。芝生に座り込み、アルエルがお弁当を広げた。おぉ、自信作というだけあって、これは美味そうだな。
「おっ! 美味い!」
「うむ、確かにこれはいける」
「もうバルバトス以上の腕前になってるんじゃないか?」
「ありがとうございます~。あ、お茶もありますよ? って、ほとんど飲んじゃいましたね」
「じゃ、あたしが何か買ってくるよ」
「いえ、私が行きます」
「いいって。お前は疲れてんだから、そこに座ってな」
そう言ってキョーコはスタスタと人混みの中へ消えていった。私は玉子焼きをつまむ。うん、これも美味いな。確かに最近料理の腕は上がってきているのかもしれない。まぁ、キョーコはああ言ってたが、まだまだ私には及ばないがな……。
と、心の中で思う。口に出せば良いのだが、何となく言いにくい。私はこの状況、ふたりきりというのが、どうも気まずい。前はそうではなかった。でも、あれ以来、どうにも二人きりになると意識してしまう。アルエルは美味しそうにおにぎりを頬張っているが、どうとも思っていないのだろうか……?
早くキョーコ帰ってこないかなぁ。間が持たないよ、これ。そんな感じでそわそわしていると、周囲を歩いている人たちが、チラチラと私たちの方を見ていることに気づく。
「ねぇ、あれ。カップル?」
「こんなところでお弁当広げて食べてるかよ、普通」
「ちょっと引くわ~。店、いっぱいあるんだから、そこで食べればいいのにね」
「うわ、お茶まで持参してるみたいよ」
「女の子はちょっとかわいいけど、男の方は……なんだか田舎もんっぽいな」
「王都の外の農夫じゃない? 都会に憧れてやってきた、みたいな」
「あはは。確かに農夫っぽいな。クワとか似合いそう」
「ぷっ、ちょっと。それ言い過ぎ」
うーむ。どうやら、私たちが広場でお弁当を食べていることを、からかっているようだ。まぁ、改めて周りを見渡せば、確かにそんなことをしているやつは、他にはいない。でも、まぁ、飲食禁止とか書かれているわけでもないから、別にいいだろ?
昔の私なら、ああいうのにはカッときて、怒っていたに違いない。しかし、不思議と「言いたければ言えば?」程度にしか思えなくなってきている。これは、もしかして歳とって丸くなっ……いや、違う! 成熟して多少のことでくらいでは、感情が揺さぶられなくなった。そういうことだ。
ちょっと前にプンスカ怒ってたりしたが、あれはまた別の話。
「気にすることはないぞ」隣に座っているアルエルを慰めようとすると、彼女が悲しそうな顔をしていることに気づく。膝の上に置いたお弁当箱をギュッと握りしめ、小さく震えていた。そうか、アルエルは王都に来たの、数えるほどしかないもんな。前に来たのはずっと小さいころ。アルエルの体質について、解決策を探るため、ダンジョン協会に来たのが最後だ。
人と触れ合うことも滅多にないため、このような他人からの「騒音」に慣れていないのだろう。きっと傷ついているに違いない。とは言え、あの不届き者どもに魔王の鉄槌を下してやる……わけにはいかない。だって、ここは王都。そんなことをすれば、流石のダンジョンマスターと言えども罪に問われてしまう――。
「!!」
そこで、慌てて振り返る。キョーコはまだ帰ってきていない。よかった……。いつもの展開だと、ここで真後ろにキョーコが立っていて「なんだと~」とか言いながら、千切っては投げ、となるところだ。いいぞ、今しばらく帰ってくるな。
しかし、アルエルのことは何とかしてやりたい……。「ちょっと貸せ」と言って、アルエルの膝からお弁当箱を取り上げる。アルエルが朝早くから作ってくれたお弁当。それをバカにされたままにできるか! 私はお弁当箱に手を伸ばす。
「あー、美味いっ! 彼女の作ってくれたお弁当、チョー美味い!」
「このおにぎりサイコー! 塩加減も完璧だし、握り方もふわふわでバッチリだな」
「玉子焼きも美味い、美味すぎる! ちょっと甘いけど、そこらのお店で食べるのとはまた違った美味しさがあるな!」
「やっぱ、愛する彼女が作ってくれたお弁当は最高だなー! 料理上手な彼女がいて、俺は幸せだなー!」
当初は「一体何だ?」と言っていた彼らも、段々目の色が変わってきていた。特に彼女連れの彼氏のようなヤツは「いいなー」という目で私を見ている。他にも微笑ましい目で見る人もいたし、子供がお母さんに「ねぇ、今度うちも、あんなのしたい! お弁当つくって!」とおねだりしている。
先程私のことを「農夫」呼ばわりしていたヤツラも、すっかり気まずくなってしまったのか、そそくさと退散して行った。どうよ? この魔王級の演技力。あ、いや、料理が美味いっていうのは本当だけどな。でも「こんなところでお弁当広げて」という雰囲気を、あっという間に「羨ましい」雰囲気に変えちゃう演技。完璧じゃね? そう思わないか? アルエル……アルエル?
アルエルはうつ向いて「カップル……彼女……カップル……彼女」と延々とつぶやきをループしている。あ、あぁ!? いや、それはほら、演技だって。演技。「微笑ましいカップル」っていうのを演出して……だね。……あれ? なんか急に曇ってきた?
振り返ると、背後にキョーコが立っていた。ええっと、どこから見てたの?
「『チョー美味い』のところから」
微妙なタイミングの所じゃないですか……。 あっ、お茶。買ってきてくれました? あぁ、ありがとう。いやぁ、冷えたお茶、美味しいなぁ。お弁当、まだ残ってるからね? どうぞどうぞ。私はもう結構食べたか――。キョーコのげんこつが、私の脳天に直撃する。
「っつー! 何するんだ!?」
「何するんだ、じゃ、ねぇ! 何アルエルを泣かしてんだ? えぇ!?」
「あー、ちょっと待って。これには深い事情が……」
「聞きたくねぇな」
「いやいや、ちょっと! 話くらいは聞いてくれてもいいだろ!?」
「歯を……食いしばれっ!!」
「ひぃ!」
「キョーコちゃん、違うんです!」
アルエルが、振りかざされていたキョーコの腕を掴む。「バルバトスさまは、私をかばってくれたんです」そう言って、順を追って説明してくれた。それを聞いたキョーコは、まだ少しだけ憮然としながらも「あたしが帰ってくるまで待ってれば、なんとかしてやったのに」とボソッとぼやく。
その「なんとかして」が駄目だから、私がなんとかしたわけなのだが。
「まぁ、事情は分かったよ。でもさ」そう言って、アルエルを指差す。
「アルエルにはちゃんと謝りなよ」
「いえいえ。ちょっと気が動転しただけで、バルバトスさまが演技であんなことしてくれたのだって、ちゃんと分かってますから」
「ふむ。その通りだ。突然のことで、多少、不備な点はあったが、あの場面では最善手と言っていいだろう」
「懲りてねーな」拳をグーにしないで、グーに。
「いえいえ。本当にいいんです」「……ちょっとだけ……残念でしたけど」
「ん? 何だって? 最後、聞こえなかったけど」
「あー、いえいえ。なんでもないです!」
「ふーん? まぁいいけど」不満げだが、とりあえず納得したようだ。「でもま、とりあえず」キョーコは立ち上がって、辺りを見回した。
「宿、探した方が良くね?」
辺りはすっかり薄暗くなり始めていた。
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