第22話「善は急げ。思い立ったが吉日だぞ」
「暑ーい」
「文句を言うんじゃありません」
「いや、だって、暑いものは暑いし」
「暑い暑いを連呼しても涼しくはならないでしょ」
「つーか、なんでまた歩きなんだよ……こんな距離を」
「それはお前らが――」
「バルバトスさま~。 見て下さい、蝶々が飛んでますよ!」
「ん? 蝶々? どこにもいないが?」
「ほら、あんなにたくさん! あはは……あははは。待って~」
「ちょ、アルエル!? おい、キョーコ、ストップストップ! アルエルが暑すぎておかしくなっちゃってる!」
私とキョーコは、見えない蝶々を追いかけているアルエルを何とか担いで、近くの木陰へと腰を下ろした。水筒を開け「ちょっとずつだぞ」とアルエルに飲ませる。しばらく朦朧としながら「ちょうちょぉ……」とうわ言のように言っていたが、やがて寝息を立て始めた。しょうがない、少し休むか。
「近くに川があるから、タオル濡らしてくるわ」
キョーコはそう言ってヘロヘロになりながらも、道から外れて草地を歩いていく。流石のキョーコも、暑さには弱いらしい、まぁそりゃそうだ。肉体を強化できても、熱までは遮断できないし。先程、文句を言うキョーコをたしなめはしたが、確かに今日は暑い。木漏れ日さえも鬱陶しくなるほどだ。
私たち3人は、王都へ向かって歩いていた。キョーコが言っていたように、ダンジョンから王都への道は、それなりにある。徒歩だと約半日程度の距離だ。「王都近郊のダンジョン」と言えども、本当に近くにあったら、ほら、ご近所迷惑になることもあるし。
留守中はダンジョンを「臨時休業」にしてきた。薄月さんに留守中のことは任せてあるので、大丈夫だろう。多分。あーでも、薄月さん連れて来ればよかったなー。涼しそうだなー。とも思うが、流石にこの暑さ。溶けてしまうか。
本当は馬車を使うつもりだった。だが今朝、倉庫に行ってみると、中から何やら音がする。剣士4人組のひとりニコラが馬車をバラバラにしていた。工具を手に、顔まで真っ黒にしたニコラは、私を見ると満面の笑みを浮かべた。
「あ、バルバトスさま。おはようございます。馬車、メンテナンスと改良のため、分解・整備中です!」
あぁ、そう。それはありがとう。え? 車軸の抵抗を押させるために『べありんぐ』なるものを開発したって? へぇ、そうなんだ。それに、車体の軽量化にも取り組んでいる? あぁ、それはすごいね。ところで、どのくらいで、元に戻せるの? え、明日には? あぁ、そう……。
文句のひとつも言おうかと思ったが「凄い馬車に生まれ変わりますよ!」と、屈託のない笑顔を見せるニコラを見ていると、何も言えなかった。ただ、ひとつだけ言いたいのは「なぜ、このタイミングでやる?」ということだ。
そういうわけで、王都まで歩いて行くことが決定したというわけだ。一応念のため言っておくが、私は「明日に変更するか」と提案した。ところが「善は急げ。思い立ったが吉日だぞ」とキョーコが言うし「えー、折角お弁当作ったのに」とアルエルは訴えるし「エッ、キュウギョウビ、ズラスノ? ソレハ、チョット」とボンは狼狽えるしで、押し切られるように出発したというわけだ。
って言うか、ボン。何やるつもりなんだ……? まぁ薄月さんが見てくれているから、心配はないと思うが。
「おーい。濡らしてきたぞー」
キョーコが帰ってきた。タオルを受け取り、アルエルの額に乗せてやる。普段、暗いダンジョン内で生活しているからな。急にお日様の下ではしゃぎすぎたんだろう。ちょっと休めば良くなるはず。「ほらよ」キョーコがタオルをもう一枚渡してくれた。「汗でも拭きな」
なかなか気が利くじゃないか? ダンジョンにやって来たときは、ドアを蹴破るような粗暴な子だったのに、今ではこんなに機転を利かせられるいい子になった。これもひとえに上司である魔王……そう、私の人徳のお陰。やや自画自賛的ではあるが、たまにはいいじゃない? と思いながら、タオルで首筋を拭く。
あぁ、気持ちいいな。ちょっとだけ生き返るようだ。水で濡らしたタオル、ということもあるが、なんと言ってもこのタオルの肌触り。スルッとしていて、それでいてなめらか。これはいいタオルに違いない。一体どこでこんな良質なものを……と思って改めて見てみたら、それは私のローブ……いや、かつて私のローブだったものだった。
「ちゃんとリサイクルしてるんだぜ。エライだろ?」
うん……まぁ、なんと言うか。もう怒る気にもなれない。どうやら、なくなってしまった私のローブは、タオルケットとタオルに生まれ変わったようだ。よし、これは由緒正しい、魔王のタオル。そういうことにしておこう。
「はわ~……。ここ、どこですかぁ……」
「お、目が覚めたか?」
「私……あれ? 蝶々は……?」
「……まだ駄目か……」
それでも30分もすると、アルエルは起き上がれるようになった。「ごめんなさい」ペコリと頭を下げるアルエルの頭に「これでも被ってろ」と麦わら帽子を乗せてやる。そう、我々は王都に行くわけであって、当然普段の格好のままでは色々と支障がでる。
「服かぁ。最近、ダンジョンから出ないから、あんまりないんだよなぁ」とぼやく私に「ありますよ」とアルエルが答えた。例の『アルエルの倉庫』から発掘された服は……。
私が半袖シャツに、少しダボッとしたズボン。そして麦わら帽子。
アルエルはノースリーブのシャツに、膝までの長さのカーゴパンツ。
キョーコは「あたしはこれでいいよ」と、いつものワンピースを指さしていたが「駄目ですよ! キョーコちゃんもオシャレしないと!」とアルエルに言われて、ふわっとした半袖ブラウスに、ふりふりの膝丈スカートを履かされていた。
うむ。アルエルとキョーコはともかく、この私の衣装。これ「農家の長男」みたいな感じじゃない? 大丈夫、これ? 「とってもお似合いです!」とアルエルは喜んでいたけど……。
まぁ、要は中身なのだ。着る人が違えば、例え野暮ったい服であろうとも、輝いて見えるようになるというもの。出掛けに「おい、バルバトス。忘れ物だぞ」とキョーコがクワを持ってきたときは、ちょっとだけムッとしたが。
休み休み、王都への街道を進む。朝早くにダンジョンを出たため、当初の予定では、お昼には着く予定だったのだが……。それでも、夕方までには着くだろう。あぁ、そうそう。今回、王都を目指しているのは「資金調達」のため。
キョーコは、例の「薬草作戦」が失敗した後も「夜の出稼ぎ」で頑張ってくれてはいた。しかし、査察に来ていたダンジョン協会の職員と話しているとき、彼が世間話として話していたこと「最近、王都周辺の盗賊被害が急激に少なくなっているんですよ。いやぁ、原因は不明なんですけどね」というのが最終的な引き金になり、私はキョーコに出稼ぎを止めさせた。
いやまぁ、悪いこと……じゃない……はずなんだけどね。危ないし。
それに、結構な金額といっても、ダンジョン改修となると桁が違う。「資金が貯まるまで待つ」という選択肢もあったのだが、キョーコは「早くやろうぜ」と急かすし、私も「新しい機材を入れて……ここはトラップを重ねて配置して……」とか考えていると、居ても立ってもいられなくなった、というわけだ。
王都には、父の代から世話になっている両替商が店を構えている。彼なら、何かしら力になってくれるのではないか。そう思った。
お昼を過ぎ、夕方になろうかという頃。私たちはようやく王都にたどり着いた。城門にいた偉そうな態度の警備兵。「おい、そこの農夫。身分証を出せ」と言われたので、ムッとしつつも黙ってそれを手渡す。途端に敬礼し「し、失礼しました! ダンジョンマスターさまとは知らず」。まぁ、しょうがないよね。この格好じゃ。それにしても魔王の地位も上がったものだ、と改めて実感。アルエル、キョーコに至ってはノーチェックでOKとのことだった。
王都に来たのは……約1年ぶり。前はちょくちょく、最新の魔導器などのチェックにやってきていたのだが、最近では魔導ネットの発達で、それもダンジョンにいながらできるようになった。よって、滅多に王都に足を運ぶ機会もなくなってしまった。
それにしても相変わらず王都は賑やかだ。人で溢れかえっているし、通路の脇に立つ商店なども活気に満ち溢れている。アルエルなどは「すごーい! 人がいっぱいですよ、バルバトスさま!!」などと、はしゃぎまくっている。さて、どうしたものかな? 両替商は……早く閉まっちゃうからなぁ、あそこ。明日にするとして、とりあえず宿でも探すか?
そう思っていたが、アルエルが私のシャツを引っ張って「バルバトスさま、お腹が減りましたよ」と言う。そう言えば、暑くて昼食まだ食べてなかったっけ? うーん、夕食には早いし……あ、そう言えば、お前。お弁当作ってくれたたんだっけ? 「自信作ですっ!」
「それじゃ、その辺で頂くとするか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます