第21話「アルエルを引き渡せ」

 アルエルに関すること。それも個人的なことなので、私はそれをキョーコに話すべきかどうか迷った。それは他のクルーにも言っていないことだ。アルエル本人すら知らない。しかし、キョーコは経営幹部だ。肩書だけではなく、現にそれを果たそうとしてくれている。


 アルエルが倒れてからは、特に頑張ってくれている。クルーたちの特訓に、新しいトラップの開発。暇を見てはアルエルの看護。日中はダンジョン内で過ごし、夜になると「資金稼ぎに行ってくる」と言って深夜まで出かけている。毎日結構な額のゴールドを持って帰るのだが、何をしているのかは怖くて聞けない……。


 そうやって、ほぼプライベート0で睡眠時間まで削って頑張ってくれている姿を見ているわけで、たった1週間程度とは言え、彼女に対する信頼は揺るぎないものになっている。キョーコにだけは言っておく方がいいだろう。そう思った。


「エルフは元々、魔法に長けている者が多い」

「それは知ってる」

「特にダークエルフは、その傾向が強い」

「それも知ってる」

「アルエルは……彼女の潜在的な魔力は、通常のダークエルフよりも強大なものなのだ」

「でも、魔法使えないって言ってたじゃないの」

「あぁ、それは彼女が『魔力のコントロールができない。また魔法の詠唱を覚えられない』と言うだけであって、魔力がないわけではない」

「強すぎるって……具体的にはどのくらい強力なのさ?」

「過去に遡っても、そのような個体は存在しなかった……そのくらいだ」


 キョーコはゴクリとツバを飲んだ。


「でも。あたしが見る限り、そこまで魔力を持っているようには見えないけど」


 あぁ、そうだな。私は説明を続けた。魔力は体内で生成される。そしてそれを一時的に体内に貯めておくこともできる。魔法使いと呼ばれる職業に就く者は、一般的にそのどちらかの能力が高い。


 つまり生成が速いか、貯蔵が多いか。もしくはそのバランスが良いか。とは言え、一般的には魔力の生成には時間がかかる。生成が速い者でも、戦闘中に魔力を補充しきれるほどではない。せいぜい「次の日には全回復している」程度だ。


 それは私であっても同様で、私の場合は貯蔵が特に優れている、というだけで、生成に関してはそこらの冒険者と大差ない。


 しかしアルエルの場合はちょっと違う。アルエルは貯蔵は極端に少ない。しかし生成スピードが尋常ではない速さなのだ。どれほど魔力を消費する魔法であっても、リアルタイムで生成が可能。つまり、その気になれば魔力の枯渇の心配なく、いくらでも魔法を使うことができるということだ。


 そして、そんな生き物は普通存在しない。


 人間であろうが、エルフであろうが、モンスターであろうが、だ。ダークエルフの一族の長は、そのことを知ってアルエルを恐れた。そして「生かしておけば、いずれ一族に、いや世界に災いをなす」と彼女の命を奪おうとした。


 しかし、必死の抵抗をしたアルエルが、魔力を暴走させ、長の試みは失敗した。彼女を見失った彼は「いくらかのダメージは負っていたはず。きっと生き長らえることはできまい」と思っていたらしい。


 私と父が彼らの元を訪れた際、長はそれを教えてくれた上で「アルエルを引き渡せ」と要求した。それがもし、曽祖父、祖父の時代だったら、大人しく従うしかなかっただろう。しかし、父の代になったころ、ダンジョンの主、ダンジョンマスターの持つ社会的な地位は、それ相応に高くなっていた。


 父はダークエルフの長の要求をはねつけた。「彼女は、我がダンジョンの庇護下にある」と言ってくれた。後になって、父も後悔してはいたが、結果として、言ったことを守ってくれたことに、私は感謝した。


 私とキョーコは展望台にやって来ていた。夕方になっているのにも関わらず、少し蒸し暑い。春は過ぎ去ってしまったかのようだった。


「アルエルの……その力は、そんなに危険なのかい?」

「使い方によっては……というところかな」

「使い方?」

「その気になれば、世界を何度でも滅亡に追い込める、ということだ」


 それを聞いたキョーコの表情が変わる。泣きそうな、それでいて怯えているような、そんな何とも言えない顔をしている。


「安心しろ」私はキョーコの頭にポンと手を乗せる。

「あのアルエルが、そんなことするわけないだろ?」

「うん……まぁ、そうだな」

「それに、さっきも言ったが、いくら魔力の生成がずば抜けていると言っても、あいつは魔法を使えない。頭、悪いからな。呪文覚えられないし」

「でも、あんたがあたしに使った、無詠唱魔法なら――」

「あれは、普通より魔力のストックが必要となる魔法だ。アルエルには使えない」


 それを聞いて、ようやくキョーコも安心したようだった。そう、結局のところ、アルエルの潜在能力は高いものの、まるで使いものにはならないのだ。ダメっ子アルエル健在、というわけだ。


「一応、この話はアルエルにも内緒だからな」

「あぁ。知ったら知ったで、変に暴走されても困るもんな」

「うむ。そういうことだ」

「でも、それだったら、なんで魔法の訓練とかしてるんだ? いっそ『お前に魔法は無理だ。諦めろ』って言った方が安全なんじゃないか?」

「それは私も考えた。しかし、それはそれで別の危険を生むことになる」

「もうひとつの話。それが関係しているのかい?」


 もうひとつの話。そう、その通りだ。それにしてもキョーコは、こういう場合の勘は本当に鋭いな。ちょっと怖いくらいだ。


「アルエルは……その特異な能力から、蘇生の術が使えない恐れがある」

「使えない?」

「いや正確には『使うことはできるが、元のアルエルに戻せるかどうかが分からない』ということだ」

「それって……」

「つまり『生き物としての蘇生は可能だが、アルエルの能力まで戻せるわけじゃない』はっきりと確証があるわけではないのだが」

「魔法の力を失うだけなら、今と変わらないんじゃないか?」


 キョーコの意見はもっともだ。私も以前はそう考えていた。しかし、ある魔導書を読んで考え方が変わった。


 魔力は体内で生成される。それは「身体のどこかの器官で」というわけではなく、それこそ全身どこででも行われる。もちろん、脳においても同様だ。魔法を使える者は、魔力を生成することを前提として、生命活動を維持している。


 「突然、魔力の生成ができなくなること。それは肉体・人格の破壊に繋がる可能性がある」


 魔導書にはそう書いてあった。実際、そういう例もあったらしい。ただ、必ずそうなる、というわけでもなく、魔力の生成ができなくなっても、今までと変わらない生活を送れる者が大半だと言う。


 しかし……。僅かにでも可能性がある、しかもその代償が大きすぎる場合、その選択肢を選ぶことはとても困難になる。アルエルの場合、確かにキョーコが言ったように「魔法の修行の中止」を選ぶことが一番賢明なことだと思った。


 だがしかし。文明的になったとは言え、いまだ野蛮で残酷なこの世界。今は私が守ってやれるが、いつまでそれが続くかは分からない。いや、私がいたとしても、彼女がひとりで自分の身を守らなくてはならない日が来ないという保証はない。


 だから今は、剣術なども教えながら「適度に」魔力の貯蔵ができるよう、訓練をしていくしかないと思っている。桁外れの、とまでいかなくていい。人並み程度の魔力の貯蔵が可能になれば、無詠唱魔法のいくつかは使えるようになる。それが彼女の身を守る手段となるだろう。


 キョーコは「ふーん」と相槌を打ちながらも「そこまでしなくちゃ駄目なのかな」と言う。まぁ言うことは分かる。確かに多少過保護するぎるのかもしれない。しかし、アルエルは家族なのだ。それくらいはいいだろう。


「ってことはだ。それまでお前が見てやらないといけない、ってことじゃないか?」

「まぁ……そうなるのだが」

「じゃ、さっきの話もあながち冗談じゃないってことになる?」


 さっきの……? あ、あぁ、プロポーズがどうとか言う話か。あれはあれ、これはこれ。まぁ? そりゃさ、もうちょっと時間が経てば……そういうことも? あるかも? しれないけどさ?


「ふーん? へぇぇ?」


 何だかキョーコがとっても不機嫌。


「あー。もしかして、あれか? お前も私に惚れててヤキモ――」


 キョーコの拳が私の頬にめり込む。ちょっ、ちょっと! 冗談だって! 止めて! もうそれ以上殴らないで!! お婿に……お婿に行けなくなっちゃう!!

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