第20話「きゅ、急に言われても……」

「それはですね」


 アルエルはちょっとだけ困ったような顔をした。しばらくモジモジとシーツをいじっていたが、ようやく口を開くと「バルバトスさまの力になりたい! そう思ったからなんです」と言う。


「私の……力に?」

「はい。私……何をやってもダメで。剣もダメ、魔法もダメ。料理も作れないし、掃除も苦手だし。その上、うっかり言っちゃいけないことまで言っちゃうし……」


 なるほど。自覚はあったんだ。言っちゃいけないことっていうのは、キョーコのことだろう。


「でもでもっ! 最近ちょっとだけ剣の腕だけは上がってきている気がしてたんです。ボンくんにも『マシニナッタネー』褒められましたし」


 あいつ、何無責任なこと言ってんだ。まぁ、あいつなりにアルエルを励ましていたのかもしれないが。


「それで……。一度くらいは冒険者を……倒せなくても、いい勝負くらいはして、バルバトスさまに認めてもらおうって」

「何を言ってる!」思わず声を荒げてしまう。「すまん」と謝り、話を続ける。

「認めるも何も、お前は大切な……家族だろう」

「あ、『私たちはひとつの船に乗っている家族同然』ってやつですね」

「違う。あ、いや、それはそうなんだけど……」

「……バルバトスさま?」

「お前は違うんだ。お前は……私にとって、本当の家族なんだ!」

「……えっ」


 そう。アルエルは特別なんだ。彼女が一族を追われ、放浪し、ダンジョン前で行き倒れていた10年前。アルエルを保護し、食事を与え、休息を取らせた。その間に、父と私はダークエルフの一族の元を訪れ、彼女をなぜ放逐したのか問いただした。


 その理由を知り、私たちは愕然とする。ダンジョンに戻り、彼女をどうするかの議論を重ねたが、結論は出なかった。父は「長く置いておくことはできないかもしれぬ」と言っていた。まだ未熟だった私は、それに反論する勇気がなかった。


 それを告げようとアルエルの部屋を訪れたとき。ちょうど今のようにアルエルはベッドに起き上がって、外を眺めていた。ゆっくりと振り向いて、私を見た。そしてニコッと笑った。


「助けてくれて、ありがとうございます」


 それを聞いた瞬間、私は彼女を守らないといけないと感じた。放り出す? そんなことができるわけがない。父の反対を押し切り、彼女に「ずっとここにいればいい」と言った。父は難色を示していたが、最終的に私の意見を尊重してくれた。


「家族……」


 アルエルはちょっと驚いた顔でそうつぶやいた。うん、そうだ。アルエルは家族だ。フキヤ・アルエルって名前があるだろ? 私と同じファミリーネームを持つものは、アルエルだけしかいないんだぞ。そう言って聞かせる。


 アルエルは黙ったままうつ向いている。シーツをギュッと握りしめていた。うん、ちょっと感動しちゃうよね。なんか最近、こういうのなかったからさ。やっぱりたまにはこんなふうに、家族の絆? そういうのを確認するのも大切だよね。うんうん。


「バ、バルバトスさま……」


 うん? どうした? プリンのおかわりか? 安心しろ、こんなこともあろうかと、たくさん作ってあるからな。今持って来てやる……ん? どうした? 由緒正しいローブの裾を掴んで……。


「も、もしかして……それって……」


 あれ? プリンじゃないの? ってか、どうしたの、そんなに赤くなって。もしかして熱? 熱あるの? 大変だ。今、薄月さん呼んでくるから。


「もしかして、それってプロポーズですかっ!?」


 ……へっ?


「きゅ、急に言われても……。心の準備……って言うか、何て言うのかな……」


 ちょっと待てー! え? 何? 今の話、どこをどう取ったら、そんな話になるの? ねぇ、何で? キョーコ! 「ヒューヒュー」じゃない! ちょっと黙っててくれる? 話ややこしくなるから。ゴホン。


「あー、アルエル?」

「はい。バルバ……あなた?」


 だ・か・ら! 違うって! そうじゃない。あ、いや、アルエルのことが嫌いなわけじゃないからね。そうじゃないんだけど……。だってさ、そもそもまだ君……そう、15歳でしょ? 結婚とか、そういうの早いでしょ? エルフって長生きだから、15歳なんてまだまだ子供……。え? 『エルフは長生きだけど、15歳でも結婚する人はいる』って? あぁ、そうなの? って、それ本当? 今思いついた、みたいな顔していたけど、本当? ちょっと、ごまかそうとして口笛吹いているけど、音出てないよ。ほら、やっぱり適当に言ってるだけじゃん。


 アルエルに「ちょっとそこに座りなさい」とベッド上に正座させ、トクトクと言い聞かせる。「えー、違うんですか?」と不満そうな顔をしていた。いや、ええっと、嫌だとかそう言うんじゃなくって、さっきも言ったけど、ちょっと早いんじゃない? そういうこと。


「分かりましたぁ」


 くちびるを尖らせて、やや不満そうにしながらも、とりあえずは納得したようだった。ふぅ、何だかとても疲れた……。「バルバトスさまっ。私、待ってますから」とまだ言うアルエルに「お前、頭打って理解力まで落ちてるんじゃないか」と薬草を擦り込む。


「止めて下さいよぉ。もうどこも悪くないですってば~」

「いいや、アルエル。お前は頭は悪い子だったけど、今はもっと酷くなっている気がする。ほら、安心の国産薬草だ。きっとすぐによくなるぞ。もしかしたら、前よりもよくなるかもしれないな」

「いちゃつくんなら、後でやってくれ」キョーコがジトッとした目で見ていた。

「ちがっ、違う! そういうんじゃない」

「あなた……?」


 あーーーーもうっ!!


 バカバカしい、とも思うが、いつもの展開にちょっとだけ心が軽くなった。色々あったが、終わりよければすべてよし、だ。アルエルに「ちゃんと寝てるんだぞ」と言って、部屋を出た。


 キョーコと並んで歩いていると「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と彼女が言う。まぁ、そうだろうな。

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