第19話「いや、断然私の方が悪いね」

 廊下を必死で走り、階段を駆け下りる。息を切らしながら、やっと『最後の審判』へたどり着く。息が……息が苦しい……。やっぱ、ちょっと運動不足だな。少し、運動とかした方がいいのかもしれない……。


 部屋には何匹かのクルーたちがいた。最近設置した「魔導モニター」の前に集まっている。真ん中にはキョーコが険しい顔で、腕組みして立っていた。


「ちょ、ちょっと? どうなってんの?」


 キョーコの肩を掴んで振り向かせようとする……が、石のように動かない。ぐぉぉぉぉ! 意地になって両手で振り向かせる。「なんだよ?」


 なんだよ、じゃないよ。どうなってるの? モニターを見ると、アルエルがダンジョンの一角に立っているのが見える。ルート5……? アルエルの前には冒険者が6人。剣士2人に、魔法使い、僧侶、弓使いに吟遊詩人バードだと……。


 うん、バランスの取れたいい組み合わせ……って言ってる場合じゃない! どうなってんの、これ? ねぇ、何でアルエルが冒険者の相手してるのよ!? 何で止めないの!?


「アルエルがどうしてもやるって言うから」


 言うから、じゃないでしょ! 止めてよ。踵を返し、通路へと向かう。


「どこに行くんだい?」

「決まっている。アルエルのところだ」

「魔王のあんたが? ルート5の、しかも途中に出現するっていうの?」


 うるさいっ! 声には出さず、心の中で叫ぶ。


「アルエルがやるって言っているんだから、ちゃんと見てやればいいじゃないか」

「お前だって知ってるだろ……。アルエルは、剣術、槍術、弓術、魔法。どれをとってもまともに使えない。ダメっ子なんだ」

「だからって、いつまでもルートに出さないってわけにもいかないだろ。過保護過ぎるんじゃないか? 例え倒されたとしても蘇生はできるん――」

「うるさいっ!」


 今度は口に出してしまう。キョーコが驚いた顔をしていた。ちょっとだけ後悔するが、しかし……。お前たちは知らないのだ。確かにアルエルも蘇生してやることはできる。だが、それはアルエルの……。


「悪かった」


 そう言い残し『最後の審判』を後にする。再び走る。息が切れるが、構わず走る。従業員通路を抜け、扉を開け、通路を曲がり、また扉を開ける。


 ダンジョン特有の冷たい空気が身体を覆う。ゆっくりと周囲を確認する。アルエルはそこにいた。しかし、身体中傷だらけになって、片膝を着いている。肩で息をしている状態だ。


「アルエルっ!」


 思わず叫んだ。アルエルは一瞬驚いた顔をして、その後ちょっとだけ笑った。そして地面に倒れ込んだ。手にしていた剣が地面に落ち、カランと音をたてる。


 私は両手でアルエルを抱き上げる。よかった。まだ死んではいない。身体中傷だらけだが、致命傷はないようだ。と言うか、これ……。その傷を見て私は察した。アルエルは武器も魔法もヘッポコだ。剣術はボン相手で0勝43敗。魔法だって、初級のファイアーボールすらまともに放つことができない。


 当然、冒険者たちもそれはすぐに分かったはずだ。なのに、一気に倒さず、まるでなぶるように……。アルエルを通路に連れていく。いつの間にかキョーコがいる。追いかけてくれていたのか。「あたしがやる」と言っている。いや……。


 キョーコにアルエルを任せ、扉を閉める。「バルバトス」キョーコは何が言いたげだったが「治療してやってくれ」とだけ返事をした。扉が完全に閉まった。


 さて……。ゆっくりと振り返る。冒険者たちは、薄ら笑いを浮かべている。弱いものをいたぶるのは楽しかったか? そうか、それはよかった。


 では、今度は君たちの番、と言うわけだな。




 その後のことはよく覚えていない。気がついたら、左手で吟遊詩人の胸ぐらを掴んでいた。彼の顔は真っ赤に染まっている。私の右手からも、同じように赤い液体が滴り落ちていた。


「バルバトスっ! もう止めろ! もう、とっくにしん……」


 キョーコの声で我に返った。辺りを見回すと、他の5人の冒険者も同じように動かなくなっていた。一気に力が抜け、その場に座り込む。


『ダンジョンでの負傷は自己責任です』


 この言葉は、決して飾りではない。


 冒険者たちは、即刻王都の教会へ連れて行かれ、無事蘇生したそうだ。ただ、相当ショックを受けているらしく、もうダンジョンには行きたくないと口々に言っているそうだ。


 ダンジョン内での死亡事故は、以前では当たり前だったが、最近では珍しい。よって、我がダンジョンは『ダンジョン協会』の査察を受けることになった。ありのままを素直に話した私に対し、協会の会長は「まぁ、元々ダンジョンってのはそういう場所だから」と慰めてくれた。当然、お咎めもなし。


 しかし、今回の件は少なからず王都でも話題になった。評判的には相当落ちるだろうな、と覚悟していたが、ダンジョン協会の広報活動もあり「ちょっと怖いけど、正統派のダンジョン」としての地位は確立したようだ。初心者向け、という部分ではどうなるかまだ分からないが、ちょっとだけホッとした。


 あれから1週間。アルエルはいまだ『復活の泉』にいる。外傷は薬草で簡単に治ったが、思っていた以上に身体へのダメージはあったらしい。それでも順調に回復しており、薄月さんによると、もう起き上がれるほどにはなっているそうだ。


 「そうだ」と言うのは、私があれ以来、アルエルと会っていないからだ。心配じゃないのかって? むしろ逆だ。心配すぎて、彼女に会うことができないでいた。


 とは言え、このままではいけないとも思っている。玉座『闇の依代』からゆっくりと立ち上がる。通路を抜け、2階へ。『復活の泉』の前に立った。扉をノックすると「どうぞ~」という懐かしい声が聞こえてきた。


「あっ、バルバトスさまっ!!」


 部屋に入ると、アルエルがベッドに半身を起こして座っていた。開いている窓から入ってくる柔らかい風がレースのカーテンをやさしく揺らしている。その光景に、思わず目を見張った。動揺を隠すように、アルエルの元へと歩いていった。


 アルエルの手にはプリンのお皿。それ、美味いだろ? バルバトス特製プリン・デ・ス・モードだぞ。そう言った瞬間、アルエルがベッドを飛び出し、私の胸に飛び込んできて驚く。


 あー、折角のプリンが床に落ちちゃったじゃないの……。


 アルエルは私の胸に顔を埋め泣き出した。


「バルバトスさまぁ~……ごめんなさい~」


 おー、よしよし。って、鼻水! 鼻水垂れてる。こらっ! 私のローブで拭くんじゃないっ! これは魔王家に伝わる由緒正しきローブであって、今やこの1着しか残ってないんだぞ。


 アルエルは泣きじゃくっている。私はそっと頭を撫でてやる。


「いや、私の方こそすまなかった。ちょっと意地になってしまったようだ」

「いえっ、悪いのは私なんです。私の方なんです」

「いやいや、私の方が悪い」

「いいえ! 私です!」

「いや、断然私の方が悪いね」

「ずるいですぅ。私なのに~」


「お前ら何やってんだ」


 慌てて振り向くと、そこにはいつの間にかキョーコ。「医務室でいちゃつくんじゃないよ」医務室ではない。『回復の泉』! 何度言ったら分かるの。「あー、はいはい」って、お前都合悪くなると、いつもそれだな。


「キョーコちゃんは、毎日私の看病をしてくれたんですよ」

「そう……なのか?」知ってるが、敢えてとぼける。

「まー、責任の一端はあたしにもあったわけだし……」

「じゃ、今回の件はキョーコのせい、ってことで」

「は? 何でそうなるのよ!」

「まーまー、みんな悪かったってことで」


 うむ、そのウヤムヤにする感じでいこう。しかし……ひとつだけ気になることがあった。アルエルに問いかける。


「なぜ、お前はあそこに行ったんだ?」

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