第18話「そんなヤツ、もう放っといて仕事に戻ろうぜ」

「バルバトスさま。まだ怒ってます?」

「別に」

「怒ってるじゃないですか」

「怒ってませーん。別に何とも思ってませーん」

「怒ってるぅ」


 そう、私は怒っている。アルエルのヤツ。みんなに「キョーコちゃんは人間なんだよー」って勝手にバラしておいて、それを私に言わないんだもん。って言うかさ。あの4人組の処遇を話しているときに、そのこと言ってくれてば、あんな苦労はしなかったんじゃないの?


 そのことを言うと「だって、前半はお茶菓子に夢中だったし、後半は面白そうだったし」って、そんなの理由になるかー! それにそもそも、猫耳としっぽを持ってきたりしてたじゃないか。結局「面白そう」ってだけでしょうが。


 そういう訳で、私は怒っている。アルエルは、さっきから何度か謝っているが、うーん、なんか違う気がするんだよな……。普通さ。魔王に謝るときって「大変申し訳ございませんでした!」とか「お許しください、魔王さま」とかそう言うんじゃないの?


 「ごめんなさいってばー」って、それ謝ってるの? 本当に悪いと思ってるの?


 私がいつまでも怒っている理由が分かってもらえたと思う。だがまぁしかし。いつまでもプリプリしているのも大人げないというもの。ここはそろそろ許してやるべきかもしれぬ。大人の寛容さ。そういうものを見せてやる、それも大切なことだ。皆、魔王の背中を見て育つのだから。


「いつまでも、子供みたいにプリプリしてるんじゃないよ」


 絶妙のタイミングでキョーコが横槍を入れてくる。今、そうしようと思ってたところなの! 何で、そのタイミングでそんなこと言うかな? あー、もうなんか、やる気なくした。許してやろうと思ってたけど、もうやーめた。


「そんなヤツ、もう放っといて仕事に戻ろうぜ」


 キョーコがアルエルの手を取って『最後の審判』から出ていこうとする。あぁ、ちょっと待って。この展開は、何だか辛い。ちょっとチャンスが欲しい。きっかけ。そう、きっかけが欲しい。


 しかしキョーコはアルエルを連れて、扉の前に立つ。私が作ってやった『扉開閉カード(魔力封入済)』を掲げて扉を開いた。アルエルは歩きながら、何度も私の方を振り返っている。ちょっと泣きそうな顔になっていた。


 悪いことしちゃったかな……。


 でもさ! 結局私だけ知らなかったというのは事実じゃない? クルーのみんなも「人間が増えすぎると確かにちょっと嫌だけど、まぁキョーコちゃんや、この4人組程度ならいいんじゃない?」とか言ってたし。それ、私聞いてなかったし。


 まぁ、なんだかんだ言ったが、結局のところ一番頭にきているのはそこ。仲間はずれ感。まぁね。薄月さんなんかも「バルバトスさまは、当然知ってらっしゃっていて、それでもあえて遊んでいらっしゃるのかな、と」と若干失礼なことを言ってたけど、それについては仕方ないのかな、と思う。他のクルーたちについても同様だ。


 でもさ。アルエルは駄目でしょ。もう10年以上の付き合いだよ? 前にも言ったけど、家族同然だよ? それなのになんで私だけに黙ってたの? 4人組の顔にペンキ塗ってたとき、なんで言ってくれなかったの? 私ひとりだけバカみたいじゃないか……。


 なんだよ、もぅ……。


 あぁ、気分がモヤモヤする。こういうときは……DIYだ! D・I・Y! そうだ、展望台の椅子でも直そう。いっそ作り直したっていい。無心で好きなことに打ち込めば、きっと気分だって晴れ渡るさ。そう、この爽やかな春の青空のように!


 倉庫に行き、荷物を手に屋上へ行く。


 扉を開けると、そこは春の嵐が吹き荒れていた。雲が立ち込め、風が容赦なく吹き付ける。寒い……。今度にしようかな……いいや、駄目だっ! 初心貫徹。こういうのは、中途半端にするのが一番いけない。さー、まずはのこぎりで木を切り揃えて……。


 と思ってやってみたのだが、やはり寒い! 手がかじかんで、のこぎりがちゃんと持てない。くっそー、負けないぞー! 私はやるときはやる男、バルバトス。これしきのこと、何でもないわ! 魔王を舐めんなよ。おぉぉぉりゃぁぁぁ!


「っつ!」


 のこぎりの歯が滑って、木を支えていた手を切ってしまった。ポタポタと赤い血が地面に落ちる。何やってるんだろうな……私。道具を一旦展望台の隅に寄せて『復活の泉医務室』へと向かう。


 『復活の泉』の前で薄月さんと会う。「あらあら、どうなさいました?」すみません、ちょっと手を切ってしまって。薄月さんは「それじゃ、私が手当して差し上げますね」と救急箱を出してくれた。


 包帯を巻いてくれながら、薄月さんは「余計なことかもしれませんが」と話し始めた。


「アルエルちゃんのこと、あまり怒ってあげないで下さいね」

「むぅ……それは……そうなんですが」

「彼女、悪気がなかったんだと思うんですよ? うっかりってやつね」

「でも、それなら私にも話してくれたって」

「みんなの前で言った後、凄く後悔していたのよ。『またやっちゃったー』とか『バルバトスさまに怒られる~』とか」

「失敗は誰にでもあります。まぁアルエルはちょっと多すぎますが……。それでも、素直に言ってくれれば、そんなことには――」

「誰にでもね。言いにくい人っているじゃない?」


 う~ん? 言いにくい人? 怖い人? 


 どういうことだろう……。考えていると、薄月さんは「あらあら」とクスクス笑っている。「ま、もう一度、ちゃんとアルエルちゃんとお話してみたらいかがですか?」


 それはごもっとも。確かに、私も大人げなかった。キョーコに邪魔されたとは言え、あそこはちゃんと謝るべきだったかもしれないし、少なくとも話し合うことくらいは必要だったのだろう。


「ありがとうございます。薄月さん」


 話しながら巻かれていたせいか、大量の包帯でまんまるになっている指先を見ながら礼を言う。薄月さんも「お二人の凍りついた関係が、溶けるといいですね」と雪女らしからぬ表現で微笑んでいた。


 さて、じゃ早速アルエルを探そうか。そう思って『復活の泉』を出たとき、廊下の向こうからボンがカシャカシャ音を立てながら走ってきた。


「タイヘン、タイヘン! アルエルガ……」

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