第17話「ナニシテルノー?」

「ぼくたち、バルバトスさんとキョーコさんの元で修行したいんです!」


 起き上がった彼らは口々にそう言い出した。どういうことだ? もしかして、頭打ったところ、まだ治ってない? アルエル、薬草をもっと擦り込んでみて。


「本当は強くなりたかったんです……。でも、修行は辛いし……。簡単に気持ちよくさせてくれるダンジョンがあったから、つい楽な方に逃げていたんです。でも、バルバトスさんに言われて気づきました! ぼくら、本当に強くなりたいんです!」


 一応、治ってたみたい。彼らが言うには「真の勇者になりたい」とのこと。うーん、それってダンジョンで学べることなんだろうか……。


「バルバトスさんとキョーコさんの強さに惚れ込みましたっ」


 いや、キョーコはともかく、私は何にもしてないけどね。あー『我こそはバルバトス』のくだりがカッコよかったの? それはどうもありがとう。あれ、台本あるんだけどね。いる?


 とりあえず彼らの言い分は理解した。しかし、どうすべきか。嬉しいことに、彼らも「お給料は要りません! ご飯さえあれば住み込みで働きます!」と言ってくれている。最近、人件費が節約できて、なによりだとは思う。


 ただ、彼らもまた人間だ。キョーコに引き続き、それも一気に4人も人間が増えることになるとは……。キョーコは「キャットウーマン」として、クルーの間ではモンスターだと言うことになっている。こいつらの場合は……。


 あ、いや、アルエル。耳としっぽはもういいから。ってか、まだ在庫あったの? それ。こらこら、いいって言ってるでしょうが。勝手に付けない。キャット剣士? そのまんまじゃん。もうちょっとひねろうよ。


 彼らの名前は、背の高い順にそれぞれ「ラスティン」「コーウェル」「ヒュー」「ニコラ」というらしい。


 一番体格もよく、剣士らしいミノタウロス体型のラスティンが「大丈夫です! モンスターたちには力で認めさせますから」と言っている。お前もその系統か。ただ、誰かさんとは違って、まだ無理だと思うぞ。


 椅子に腰掛ける際にもトラップに気を使う慎重……と言うか臆病なコーウェルは逆に「どうかなぁ……。耳としっぽだけじゃ、心配だなぁ」と震えている。あぁ、耳としっぽは気にいってくれたのね。彼はスケルトン体型だな。メチャクチャ細いし。


 さっきからアルエルとお茶菓子の取り合いをしているオーク体型のヒュー。彼は「なんとかなるんじゃないかなぁ」と、モグモグしながら言っている。どうやらアルエルとは気が合いそうな感じ。


 最後のニコラは、ちっちゃい。痩せてるしゴブリン体型だな。しきりに私がDIYで作った椅子を観察している。「へぇぇ、釘を使わず木組みだけで作っているんですね。凄いっ!」うん。そこに気づいてくれたのは嬉しいんだけど、今はそんな話じゃないからね。


 とりあえず4人から耳としっぽを回収し、どうしたものかと考える。彼らの望みは「強くなること」。とは言え、ただ単に稽古をつけてやるだけ、というわけにはいかぬ。働かざるもの食うべからず。しっかり労働はしてもらわなければ。


 となると、やはり何らかの形でモンスターに偽装するしかない。あー、こらこら、アルエル? 「出番ですね!」じゃない。耳としっぽはもういいから。え? 「背中につける羽もあるんですけど」だって? あー……羽……かぁ……。って「2つしかないんですけどね、テヘッ」って駄目じゃん! なんで、そんなに中途半端なの!? あ、いや、いい。追加注文はしなくていい。


「顔を緑色に塗ってやれば、モンスターっぽくなるんじゃない?」


 おぉキョーコよ、そのアイディアは良いかもしれないぞ。一部、ゴブリンっぽいのもいるしな。


「俺は赤の方がいいな」

「だ、大丈夫ですかね? お肌、荒れたりしませんか?」

「まー何でもいいよー。お菓子おいしー」

「なるほど。この筋交で座面にかかる圧力を分散している、というわけですね」


 ……君たちやる気あんの? って言うか、本当に性格バラバラだな。よくそれでパーティ組んでいたよね。え? 「同じ性格よりも、違っていた方が、よりピッタリ合うこともあるんです。パズルと同じです」だって? なんだよ、上手いこと言うじゃないか。


 しかし、緑で塗ることは決定。これは魔王命令です。確か倉庫にペンキが残っていたような……。


「赤希望」

「ペ、ペンキですって!? お肌がガビガビになっちゃいますよ?」

「まー何でもいいよー。お菓子おかわりー」

「なるほど。緑色の椅子。アウトドア感が出ていいですね」


 あー、君たちの意見はもう聞いていないから。おっ、アルエル。ペンキ持って来てくれたのか。珍しく気が効きまくっているじゃないか。「面白そう」だって? あぁ、それで行動が早かったのね。


 缶を開けると、ドロっとした液体が見えた。ハケで混ぜてみる。うん、まだ使えそうだ。よし、早速塗っていくか。ラスティン、赤じゃないからって、そんなに不満そうな顔をするんじゃない。コーウェル暴れるな。おい、キョーコ。ちょっと押さえてろ。ヒュー、お前顔テカテカで、ペンキが乗らないぞ。ちょっと顔洗ってこい。よし、ニコラ。お前一番似合いそうだよな。


「ナニシテルノー?」


 あぁ、ボンか。ちょっとな、新人の人間が入ったから、モンスターに見えるようにペンキで塗ってるんだよ。


「あらあら。大変そう」


 あ、薄月さん。ちょっとペンキ臭いですよね。すみません。後でちゃんと換気しておきますから。


「バルバトス。そこ塗り残しがあるぞ」


 リッチのランドルフさん。あ、ほんとだ。ありがとうございます。こういうのはキチンとやらないと駄目ですよねー。


 ……って、あれ?


 振り返ると、そこにはクルーたちが集まってきていた。「また新人か?」「キョーコちゃんほどは強くなさそう」「剣士か、鍛えがいがありそうだ」など、口々に話し合っている。


 うーん……? この状況……マズくない?


「あー。いやいや、人間じゃない。人間じゃないよ。彼らは……そう『レッサーゴブリン』。レアキャラですよー。ええ、人間なんかじゃないですとも」


 軽くパニックになり、訳の分からないごまかし方をする。


「何を言っとるんじゃ、バルバトス。彼らは人間に相違なかろう」


 そんな私を、ランドルフさんがたしなめた。あぁ……終わりだ。折角、モンスターらしくしようとしていたのに。いや、それどころではない。私がごまかそうとしていたこと、それもバレてしまった。キョーコのこともバレるかもしれない。ことによると、これは私とクルーの信頼関係の問題に発展してしまう恐れがある。


 こういうときは……。


 謝るしかない! それも全力でだっ!


「すみません、皆さん! 彼らは確かに人間です。今回の件は、私が全面的に悪かったです。本当にすみませんでした!」


 そう言って深々と頭を下げる。室内はシーンと静まり返った。許してくれるだろうか……? 私の誠意が通じただろうか? 彼らをどうしたらいいのだろうか? あ、キョーコのことも言っておかなくちゃ……。


 そんなとりとめもないことを考えていると、ランドルフさんが「何のことじゃ? バルバトス」と口を開く。


「いえ、何のことと言うか……。キョーコに引き続き――あ、彼女も人間なのですが――この4人も人間じゃないように見せかけて、皆さんを欺こうとして」

「は? 何を言っとる。彼らは人間だと、さっきから言っとるだろうが。それにキョーコだって人間じゃろう。何を失礼なことを言っとるんじゃ、お前は」


 いや「は?」って聞きたいのは私の方なのだが……?


「キョーコチャン、ニンゲン。オイラ、ニンゲンノトモダチ、ハジメテ」

「まぁ、力だけで言えば、人間離れしているがの」

「ランドルフのおじーちゃん。そんなこと言っちゃ駄目ですよ。キョーコちゃんだって女の子なんですよ。傷つきますよ」

「まー、あたしは構わないけどな」

「あらあら。キョーコさんたら」

「キョーコ、また腕相撲で勝負しろ」

「あ、ズルい。俺も俺も」

「おう。かかってこい。そこの4人組もやるか?」


 あれれ~? 君たちなんで、キョーコが人間だって知ってるの? キャットウーマンっていう設定、どこ行ったの? ねぇ、アルエル。なんで、忍び足で逃げてるの? お前かっ!


「バルバトスさまが、お部屋を作られていたとき。アルエルちゃんがね、みんなに『キョーコちゃんは本当は人間なんだよ。人間なのに、すっごく強くてびっくりだよね』って」


 薄月さん、それ、もうちょっと早く教えてくれてれば良かったかと思うのですが。

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