第13話「一緒にやろうよ」
「何度も言うけどさ。今どき低難易度のルートなんて、冒険者に受けないってば」
「そんなことはないぞ。ほら、このグラフを見るがいい。ルート1からルート3の比率の方が、それ以上よりも――」
「んー……? おい、バルバトス。これグラフちょっと変じゃないか?」
キョーコが私の出した用紙をジッと見つめている。まずい。
「えっ!? い、いや。そんなことはないぞ?」
「だってほら、低難易度と中難易度、高難易度のグラフが並んでいるけど、縦軸の数字がバラバラじゃん。これ、作為的に作られてるとしか思えない」
「あー、ほんとだー。あらら、うっかりうっかり」
チッ。勘のいいヤツめ。そういうのはプレゼン資料を作る時の鉄板テクニックだっての。
「別に低難易度のルートを閉鎖しろ、って言ってるわけじゃないんだって。閉鎖中の中難易度ルート、特にルート6。あれを開放しろって言ってるだけなの」
「あ、バルバトスさま。お煎餅取ってもらっていいですか? ありがとうございます! お茶のおかわりは、いかがですか?」
うむ、いただこう。しかし、アルエル。お前も少しは議論に参加したらどうだ? お煎餅ばっかり食ってると、晩ごはん食べられなくなるぞ。
ダンジョン2階にある会議室『叡智の魔』。最近ではあまり使われなくなった一室に、私とアルエル、キョーコの3人が集まっていた。ちなみに「魔」と「間」をかけてある部分に、私のセンスの良さが光っていることに気づいて欲しい。
会議のテーマは「ダンジョン再建のために、今すべきことは何か?」。別にここ『鮮血のダンジョン』が、今にも潰れそうだ、というわけではないのだが、キョーコが部屋の正面に掲げられている黒板にそれを書いた際には、反論することはできなかった。
確かにEoWなど外資系ダンジョンの進出は脅威だ。はっきりとした情報ではないが、近隣では別の外資系ダンジョンが土地を買収しているという噂もある。もしそれが現実のものとなれば、うちのような老舗ダンジョンはひとたまりもないだろう。
キョーコはその対策として「中難易度のルートの開放」を要求している。ちなみにキョーコの言っているように、ルート6以降は現在閉鎖中だ。理由は簡単。設備が壊れているからだ。私としては、それよりも先に開放中の低難易度のルートの拡充が先だ、と思っている。要は目的は同じだが、その手段で揉めているというわけだ。
「おい、バルバトス! 聞いてんのか?」
キョーコの言葉にハッと我に返る。「もちろん、聞いているとも」と返事をする。キョーコはいかにしてこのダンジョンを再び活気あふれるものにするのかを熱弁していた。
そう言えば。
昔はそんなふうに思っていたことがあったな。いつの頃だったか。忘れていた記憶が、ふわっと脳内で再生される。
「りょーちゃん」
「なんだい?」
「りょーちゃんは、おおきくなったら、だんじょんをやるの?」
「そうだよ。すっごいやつ作るんだ」
「わー。たのしそうだね」
「□△※♪ちゃんも、一緒にやろうよ」
「うん! やるっ!」
「約束だよ」
「やくそくだねっ」
あれれ~。こんな甘酸っぱいできごと、あったっけなぁ……。凄く小さいころ……だったような気がするのだが、相手の顔も名前も思い出せない。考えれば考えるほど、現実のできごとだったのか、もしかしたら夢の中のことだったのか、分からなくなってくる。
ちなみに「りょーちゃん」というのは私のことだ。私の本当の名前は「フキヤ・リョータ」。バルバトスは、なんと言うか……アルエルに言わせれば「芸名」というらしいのだが、ここはかっこよくダンジョンネームと言っておこう。
アルエルは一族から放逐されたのが幼少期、ということもあり、ファミリーネームが分からなかったので「フキヤ・アルエル」ということになっている。いや、違う。子供ではない。兄妹、という言葉が一番しっくりくるのかもしれない。
これらの名前は、アルエル以外のクルーたちにも教えてはいない。モンスターの中には真名を教えると危険な者もいる……というのが建前だが、ほら、リョータってちょっと軽い感じじゃないか? 「我こそは魔王リョータ」って。そりゃないよ、ってなるじゃない? そういうわけで、これは秘密になっているわけだ。
それにしても、どうしてキョーコはこんなにも、このダンジョンにこだわっているのだろう? キョーコと初めて会ったときにもそのことを聞いた気がするが、なんだかんだで曖昧になったままになっている。
しかしよくよく考えると、それは変な話だと思う。EoWのような大きな、成長しているダンジョンならまだ話は分かる。このような時代遅れの古臭いダンジョンの再建を、しかも「当面無給で」という破格の条件で受ける理由はなんだ?
実は昨日、部屋を引き渡したあと、もう一度そのことを聞いてみた。
「そんなのどうでもいいだろ? 別に変な思惑があって、とかじゃないから」
「良くない。クルーのことを把握しておくのも、魔王の努め。さぁ言ってみろ」
「あー……。それはだな。まぁ……なんだ。そう、金。金だよ。ここを再建して、冒険者で溢れるダンジョンにすれば、あたしの給料だってドカーンってあがるだろ?」
「……金?」
そんな話を信じられるほどお人好しでもない。どう考えても嘘だろう。黙っていると、キョーコはふぅっとため息をついてこう言った。
「……よく分かんないんだけどさ。なんか、ここを再建したい、って。そう思ったとしか言いようがないんだよ」
「なんだ、それは」
「だから、あたしにもよく分からないって言っているじゃないか」
「もっと具体的に言えないのか?」
「それは……。今はちょっと」
そう言われると、とても困る。少しだけ悲しそうな顔にもなっている。またそれかよ! ズルいぞ! とは言え、こうなるともう追求できなくなってしまう。まぁ、私たちはまだ出会って数日。いずれ、そういう話ができる日も来るだろう。じっと待つ、それも大人、魔王の役割というものだ。
会議は「中難易度のルートを開放すべし」というキョーコと「低難易度のルートの充実が先」という私の意見が衝突していた。両者一歩も譲らず、議論は堂々巡り。私が中難易度のルートを後回しにしようというのには理由がある。
お金がかかるからだ。
中難易度のルートには、ただ単にレベルの高い、強いモンスターを配置すればいいというわけではない。狡猾で複雑なトラップ。冒険者をあっと言われせるようなギミックも必要だろう。そういうのを設置する場合、高度な魔導器が必要になる。そして、それらは総じて高いのだ。
無い袖は振れぬ。私がそう言い切ると、キョーコは少し考えてこう言った。
「それじゃ、資金対策から始めようか」
いや、それができたら苦労しないのだが。冒険者が減る、入ダン料が減る、設備に投資できない、冒険者が減る、というループにはまっているからこそ、困っているわけで。
しかしキョーコには秘策があるのか「任せておけ」と笑っている。アルエルは煎餅を食べ続けている。私は頭を抱えていた。
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